第13話 アレキシソミア ~失体感症~

文字数 2,392文字

 10月末、保険会社は重大月に入っていた。全員大会に第一報、慌ただしく動く営業所の中に加藤の姿はなかった。

──実に入社以来4度目の入院。もう恒例となっていた。

 理由は毎度お馴染み、過度の疲労に脱水症状、及び軽い肺炎症状に何故か足の捻挫まで。医者には無理するな、疲れを感じたら休め、睡眠を良くとれ、というお決まりのお言葉。……この自覚なき謎の症状に加藤は思い悩んでいた。

 通常、ここまでの症状になる前に身体の不調に気付き、対処する筈である。が、加藤自身、倒れる直前まで自身の身体の変調に全く気付けていなかった。──足の捻挫すらも。

(俺、別に無理したつもりないのに……またいきなり倒れて気が付いたらまた病院だよ……意味分からんよ……俺、未知の病かも……いっつもこんな風に倒れて……このままいったら、絶対ヤバイよな……30歳まで生きれないかも……)

 入院して6日目、半ばベッドで強制的に寝かされている中、マイナスな事ばかりが加藤の頭の中をグルグル駆け巡っていた。その時、ドアノックと共にガチャっとドアを開けて入って来た人物が2人。城山支部長と田中であった。

「あ……支部長、すいません、大事な時期にまた倒れてしまって……」

「ま、倒れてしまったものはしょうがないよ。これを機にゆっくり治せ。それにしても、お前、ホントに重大月に縁のないヤツだな。通常月の数字はとんでもないのに。これがお前の宿命なのかもな、ハハハ」

上辺でもこう言ってくれる城山支部長に少し心が軽くなった気がした。

「ま、意外に元気そうだから、安心したよ。……じゃ、田中さん、加藤の事、よろしくね」

「はい、これからは私がしっかり管理しますので♪」

「──?!」

 帰り際、加藤に向かって意味深な笑顔と小さなガッツポーズをする城山支部長。……意味が分からない。……頑張れ? 何を? そもそも何で城山支部長と田中が一緒に? しっかり管理?

 状況がいまいち分からず、困惑しているうちに、田中が話しかけてきた。

「あ、たくみ君。体調どう? 大丈夫?」

「いや、実は、さ──」

 話をしたところで何の解決にもならない事は分かっていたが、暇を持て余していた加藤はそれまでの鬱憤を晴らすかのように饒舌に話しまくった。

「────ってな感じで、いきなり倒れたと思ったら、気が付いたら病院でね。極度の身体の衰弱で生命の危機だから、強制入院させられたんだよね。無理しすぎが原因ってこっ酷く言われたんだけど、俺自身全く無理したつもりもなかったし、身体もすこぶる元気だったのに……意味不明だよ。医者はとにかく無理するな、身体の異変感じたらすぐ休めって。……今回だって無理したつもりも身体の異変もなかったのにそんな事言われてもねぇ……訳分からんよ」

 時間にして15分くらいであろうか、加藤が話し終わり数秒の静寂の後、田中はまるで子供をあやすかのような優しい笑顔を浮かべ、話し始めた。

「それ、アレキシソミアだよ」

「えっと……アレキシサイミアじゃなくって……また新たな単語?」

「日本語で言うと、失体感症ね。アレキシサイミアはたくみ君も知ってる様に感情の気付きが鈍くなる症状。対し、アレキシソミアは身体の感覚が鈍くなる症状の事ね。基本、併発するものだから」

「えっと……要するに俺はアレキシソミアだから、身体の疲れも異変も感じにくくて……積もり積もって倒れたよって事?」

「そだね。たくみ君はもう痛覚も鈍くなるくらい進行してるみたいだから……盲腸とかになっただけで、手遅れになって死んじゃうかもね。他にも──」

「──怖いよ! ま、まぁ……想像以上に俺の身体に起きている事はヤバくて、ちょっとシャレになってないって事は……身をもって理解したよ。そっか……俺の命は後1年あるかないか……かな? もうちょっと生きたかったな……」

「ん? それはないよ。だって、無理しなければいいだけでしょ?」

「い、いや……無理してるって自覚出来ないし……」

「大丈夫♪ 要するに今のたくみ君はガソリンメーターが故障している車に乗っているのと同じって事だから」

「ほぉ……上手い事言うね。いつガス欠になるか分からんよ~、というのと疲れとか認知出来ないよ~、ってのと同じ様なものだね、確かに」

「メーターが壊れているだけで今の所、他に異常ないなら、自己管理すればいいだけだからどうとでもなるよ、きっと」

「……というと?」

「メーターが壊れてても、給油数と距離数で大体の目安分かるよね? リッター10km走る車で10リッター給油したら100km走る計算だから、ちょっと手前で90km超えたら給油のサインだよ、とか」

「……なるほど」

「それと同じ事だよ。毎食の栄養管理、一日の運動量、睡眠時間を管理すればいいだけだし。後は1ヶ月に一度、血液検査で数値みれば異常あるかどうかチェック出来るし、数ヶ月に1回精密検査受ければ手遅れになる前に発見出来るだろうし」

「……おぉ、確かに! 何か希望が湧いてきた。……ありがと、美幸さん!」

 加藤は自分の症状や対処法的確に解説する田中の話に、心のモヤモヤが消え何とも晴れやかな気持ちになっていた。が、次に出てきた田中の言葉に、加藤は再び酷く困惑する事となる。

「どう致しまして。──という事だから、今後は私の家で一緒に住もっか♡」

「──は?」

「だって、うちにこれば全て解決じゃん。私が管理すればいいだけでしょ?」

「い、いや……色々不味いでしょ……妹さん達とか……」

「美子達もたくみ君なら大歓迎って言ってるし、問題ないよ」

「け、けど──」

「結婚したら一緒に住むんだから、それがちょっと早くなるだけでしょ?」

「──?!」

「じゃ、退院予定の5日後、迎えに来るね~♪」

「──?!」

……意味も分からないまま、田中との同居が始まろうとしていた。ちなみに、これは付き合い始めてわずか10日足らずの話である。
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