第4話 みんなの輪から外れて……~マルチ~
文字数 1,948文字
「おい、加藤。ちょっと今日時間あるか?」
とある日、話し掛けて来たのは勝野である。新営業部長になってからというものの、何か覇気が感じられない、少々影が薄くなってしまった勝野ではあるが、一種独特のオーラは未だに衰えを知らない。
「は、はい」
「じゃ、これから俺について来い。面白い話しを聞かせてやる」
といい、会社から少々離れた喫茶店に向かった。その道中、今の会社の体制の不平不満で意気投合しながら、久しぶりに楽しい会話の一時を楽しんでいた。
「さて……お前を呼んだのは、ちょっと仕事の事についてなんだがな」
喫茶店につき、勝野の第一声はかなり真剣な表情であり、思わず加藤も少々緊張気味に構えた。
「今の体制じゃ食べていけないから、サイドビジネスを始めたんだよ」
ここまでは加藤の想定内の話であった。というのも、ここ最近勝野は全くといっていい程契約をあげていないにも関わらず、毎晩忙しそうに外出を繰り返していたからである。何かサイドビジネスでもしているのでは? というのは想像するに難しくなかった。が、次の言葉は加藤を酷く動揺させる内容であった。
「で、よ。その内容なんだがよ。冬虫夏草なんだよ。漢方薬の一種な」
「は? 漢方薬売ってるんですか?」
「バカ、普通に売ってもオイシクないだろが! 一言でいえば、マルチだよ、マ・ル・チ!」
「え……マ、マルチですか……」
「実は、よ。ここ数ヶ月の間でうちの営業所のうち2/3の人がコレやるようになったんだよ。で、システムがいいからよぉ、お前にも紹介してやろうかと思ってな」
「……は?」
マルチ。
説明するまでもないであろう。ねずみ請といえば分かりやすいであろうか。もうお忘れになっている読者の方も多いであろうが、加藤は学生時代マルチに手を出し、知り合いという知り合いを潰していた。その経験よりマルチという言葉自体にアレルギーを感じる程、嫌悪感をもっている事は言うまでもない。当然、その事は勝野も知っている事なので、一瞬耳を疑った。
「勝野リーダー、俺が学生時代にマルチやってたっていう話、しましたよね? だから第一基盤が存在しない、と。当然、マルチを……俺が心底嫌ってるって……御存じですよね……」
「おぉ、知ってるぞ。だからこそ、お前にシステムが良いか悪いか見てもらおうと思ってるんだよ。マルチ嫌いのお前が太鼓判押せば、まず成功するだろうからよ。取りあえず、今日集まりがあるから、お前も来いよ」
何か上手く言い込められたような気もしたが、しぶしぶ加藤はその日の集まりに参加する事に同意した。
夜、居酒屋にて。
そこに集まったメンバーを見て、加藤は一瞬営業所の飲み会と勘違いした。それ程までに、見慣れた職員ばかりが集まっていたからである。 加藤は、皆に取り囲まれるかのような場所に座らされ、飲み会が始まった。
「で、加藤君。ここに来てるっていう事は、ヤルって事だよね」
「……え?」
「大丈夫、みんなやってるから。今の体制嫌いでしょ? だったらみんな同志だよ。バーっと稼げるようになったら、ババって辞めちゃお、会社」
居酒屋は……集まりとは名ばかりの、マルチ勧誘場と化していた。 過去の苦い経験より、頑に参加を拒否しだして1時間。まわりの空気が一変した。
「……加藤はもうちょい話の分かる奴だと思ったのによ……」
「あ~あ、こんないい話を無下に断わるなんて、バカだなぁ」
「……だから加藤君はダメなんだよ。みんなに嫌われるんだよ」
「友達や知人がいないの、性格に問題あるからじゃないの?」
「お前は人として大事なモノが欠けている、欠陥人間なんだよ!」
「あんたはもう会社辞めた方がいいんじゃない? 合わないでしょ」
etc…
加藤がマルチに参加しないと分かると、とたんにみんなからの罵声が集中砲火した。 よくぞここまで悪口言えるなぁ、と思える程の暴言の砲弾が、適格に加藤の心に着弾し続ける。
(この人達……周りが見えていないんだろうな……このような仕打ち、自分がされたらどう思うなんて考えれない……んだろうな……)
いつしか加藤はテレビ画面に映る風景を見る様な感覚で、心に厚いバリアを張りながら、状況を見守っていた。
2時間後、家路に向かう加藤はみんなに対して抱いていた信用・信頼が全て崩壊していた。
……あれ程慕っていた勝野においても。
「なんで……マルチなんだよ……保険で稼ぐ方が早いだろが……アホが……!」
誰もいない夜道。悪酔いも重なって、加藤は絞り出すような声で叫んでいた、何度も、何度も……何度も。
翌日から、加藤は孤立した。誰からも相手されず、話されず、無視されて……最悪の環境での孤独な営業人生が……始まった。
……皮肉にもこの孤立化が、加藤を化物レベルの営業マンへと変貌させる事となる。
とある日、話し掛けて来たのは勝野である。新営業部長になってからというものの、何か覇気が感じられない、少々影が薄くなってしまった勝野ではあるが、一種独特のオーラは未だに衰えを知らない。
「は、はい」
「じゃ、これから俺について来い。面白い話しを聞かせてやる」
といい、会社から少々離れた喫茶店に向かった。その道中、今の会社の体制の不平不満で意気投合しながら、久しぶりに楽しい会話の一時を楽しんでいた。
「さて……お前を呼んだのは、ちょっと仕事の事についてなんだがな」
喫茶店につき、勝野の第一声はかなり真剣な表情であり、思わず加藤も少々緊張気味に構えた。
「今の体制じゃ食べていけないから、サイドビジネスを始めたんだよ」
ここまでは加藤の想定内の話であった。というのも、ここ最近勝野は全くといっていい程契約をあげていないにも関わらず、毎晩忙しそうに外出を繰り返していたからである。何かサイドビジネスでもしているのでは? というのは想像するに難しくなかった。が、次の言葉は加藤を酷く動揺させる内容であった。
「で、よ。その内容なんだがよ。冬虫夏草なんだよ。漢方薬の一種な」
「は? 漢方薬売ってるんですか?」
「バカ、普通に売ってもオイシクないだろが! 一言でいえば、マルチだよ、マ・ル・チ!」
「え……マ、マルチですか……」
「実は、よ。ここ数ヶ月の間でうちの営業所のうち2/3の人がコレやるようになったんだよ。で、システムがいいからよぉ、お前にも紹介してやろうかと思ってな」
「……は?」
マルチ。
説明するまでもないであろう。ねずみ請といえば分かりやすいであろうか。もうお忘れになっている読者の方も多いであろうが、加藤は学生時代マルチに手を出し、知り合いという知り合いを潰していた。その経験よりマルチという言葉自体にアレルギーを感じる程、嫌悪感をもっている事は言うまでもない。当然、その事は勝野も知っている事なので、一瞬耳を疑った。
「勝野リーダー、俺が学生時代にマルチやってたっていう話、しましたよね? だから第一基盤が存在しない、と。当然、マルチを……俺が心底嫌ってるって……御存じですよね……」
「おぉ、知ってるぞ。だからこそ、お前にシステムが良いか悪いか見てもらおうと思ってるんだよ。マルチ嫌いのお前が太鼓判押せば、まず成功するだろうからよ。取りあえず、今日集まりがあるから、お前も来いよ」
何か上手く言い込められたような気もしたが、しぶしぶ加藤はその日の集まりに参加する事に同意した。
夜、居酒屋にて。
そこに集まったメンバーを見て、加藤は一瞬営業所の飲み会と勘違いした。それ程までに、見慣れた職員ばかりが集まっていたからである。 加藤は、皆に取り囲まれるかのような場所に座らされ、飲み会が始まった。
「で、加藤君。ここに来てるっていう事は、ヤルって事だよね」
「……え?」
「大丈夫、みんなやってるから。今の体制嫌いでしょ? だったらみんな同志だよ。バーっと稼げるようになったら、ババって辞めちゃお、会社」
居酒屋は……集まりとは名ばかりの、マルチ勧誘場と化していた。 過去の苦い経験より、頑に参加を拒否しだして1時間。まわりの空気が一変した。
「……加藤はもうちょい話の分かる奴だと思ったのによ……」
「あ~あ、こんないい話を無下に断わるなんて、バカだなぁ」
「……だから加藤君はダメなんだよ。みんなに嫌われるんだよ」
「友達や知人がいないの、性格に問題あるからじゃないの?」
「お前は人として大事なモノが欠けている、欠陥人間なんだよ!」
「あんたはもう会社辞めた方がいいんじゃない? 合わないでしょ」
etc…
加藤がマルチに参加しないと分かると、とたんにみんなからの罵声が集中砲火した。 よくぞここまで悪口言えるなぁ、と思える程の暴言の砲弾が、適格に加藤の心に着弾し続ける。
(この人達……周りが見えていないんだろうな……このような仕打ち、自分がされたらどう思うなんて考えれない……んだろうな……)
いつしか加藤はテレビ画面に映る風景を見る様な感覚で、心に厚いバリアを張りながら、状況を見守っていた。
2時間後、家路に向かう加藤はみんなに対して抱いていた信用・信頼が全て崩壊していた。
……あれ程慕っていた勝野においても。
「なんで……マルチなんだよ……保険で稼ぐ方が早いだろが……アホが……!」
誰もいない夜道。悪酔いも重なって、加藤は絞り出すような声で叫んでいた、何度も、何度も……何度も。
翌日から、加藤は孤立した。誰からも相手されず、話されず、無視されて……最悪の環境での孤独な営業人生が……始まった。
……皮肉にもこの孤立化が、加藤を化物レベルの営業マンへと変貌させる事となる。