第5話 執事のデザート_後編

文字数 3,574文字

「塩見さん、何を試食させてくれるんですか!?」
『大きな』執事は大吾が連絡をして30秒もしない内にものすごい勢いで調理場へとやってきた。
いつもなら何かと理由をつけて遅れて来るのに、食べ物の時だけはスキップして来る。

「やぁ啓介くん。酢矢くんがね、」
『大きい』執事の旧友が手に入れた食材、と言おうとした時大吾はふと思った。
酢矢くんが仕入れたと伝えては警戒するかもしれない。
彼は幾度となくいたずらにひっかかってきている。いたずら引っ掛かりプロのアフロ芸人でもない限りそう何度もひっかかってはくれないだろう。
ただでさえ自分の後ろに薄ら笑いを隠し切れない、仕掛け人であることを雰囲気が語っている男がいては警戒せざるを得ないだろう。

「ん?酢矢がなんですか?」
「い、いや酢矢くんからね、啓介くんが海老が大好物だと聞いてね。今度の之弥さんの誕生日パーティーの時の料理を考えていてね。その中に海外から仕入れた海老を出そうと思ってるんだ。大振りでひと癖ありそうな感じだから啓介くんに味見して欲しくてさ。」
ねぇ酢矢くん、と大吾はとっさにしては良い設定だろう?という顔で共犯の庭師を振り返る。
そうなんだよと、軽快な庭師は冷めないうちにと『大きい』執事を椅子へと誘導する。

『大きな』執事は悪いね、と用意された椅子に座る。座る前に間があったので、若干警戒している様子である。
そんな若干警戒している『大きな』執事は目の前に出された料理を見た瞬間、警戒していたことを忘れ一筋の涙、いや、よだれが垂れた。
出された作品に、『大きな』執事は驚きを隠せない様子を身体で表現している。
「これエビフライですか?こんな大きいの初めて見たよ!」
『大きな』執事は、人の顔ほどの大きさのエビフライらしきものの、尻尾らしき部分を手に取り自分の顔に並べる。
『大きな』執事の顔と並べても見劣りしないほどの大きさのエビフライらしきものは、『大きな』執事が感じていた謀の空気を見事に吹き飛ばしてくれた。

熱いうちに食べてよと促された『大きな』執事は自前のフォークを2本取り出し、中心よりやや上の部分に突き刺す。
大吾は、感触で気づかれないか、形が崩れたりしないかと、心がざわつくのを抑えながら笑顔で見つめていた。
しかし、『大きな』執事はフォークにエビフライらしきものを掲げたまま、何かを確かめるように見つめながら数秒停止している。
大吾の憂いとは裏腹に、成功を確信している軽率な庭師は早く驚いた反応を見たいのか、早く早くと急かす。
嬉しそうに急かしてくる様子に、『大きな』執事は何かを感じながらも食欲に抗うことはできすに、ソースをつけようとしたその時、また動作が止まり大吾の方を向いて、
「あ、味見だから最初はソースとか付けないで素材の味を確かめた方が良いですか?」

「.........、いや、今回はソースをつけて出すことが決まってるから、適量つけてくれるかな?」
大吾はふとおかしな雰囲気を感じていた。あの『大きな』執事が食欲を抑えて試食の目的を気遣うことがあり得るのか?
以前試食を頼んだ時は、こちらの説明も聞かずに食べ始めてしまった彼が、。
いや、彼も成長しているんだ。大吾はそういうことにして、今はこの餌付けが成功に進んでいることを憂いた。

じゃあ遠慮なく、と『大きな』執事はソースとタルタルをたっぷり(彼にとっては適量)つけてガブリとかぶりついた。
2,3回咀嚼して飲み込み、残りの尻尾の部分を蛇のように丸呑みする。
片手で数えられる程しか咀嚼をしない彼には、味付けを濃くすれば何でもいけるんじゃないか?
今までの苦労はなんだったんだ?
大吾は、本物に限りなく近づけようと、気持ち悪さを抑えて下ごしらえや味付け、揚げ方等を試行錯誤してこの試食会に備えた。
この光景を見て、その努力が取り越し苦労だったんじゃないかという思いが押し寄せる。
しかし準備をするに越したことはないのだ、大吾は自分に強くそう言い聞かせ、まずは安堵した。

「うーん、すごく弾力があって噛み応えがありますねぇ。今まで何万と食べてきましたけど、こんな海老は初めてです。塩見さん、これ本当に海老なんですか?」
噛み応えと言う程噛んでないだろうという言葉を抑えると共に、先程まで感じていた安堵感が吹き飛び、言葉に詰まった。
「何言ってんだよ、どっからどう見ても海老だろ!」
軽快な庭師は全く想像だにしなかった反応に腹を立てているのか、強い口調で『大きな』執事の推察を否定した。

この際エビフライに似ているかどうかは問題ではない。『大きな』執事が美味しく感じるかどうかが問題だ。
大吾はおそるおそる尋ねる。もし味が好みでないと、今回の作戦が失敗になってしまう。
『大きな』執事が食べてくれるもので、高たんぱく低カロリーな食材はなかなかないのだ。
調理方法や味付けで何とかしてきたが、最近は食欲が抑えきれなくなってるみたいだ。
希美ちゃんにも迷惑がかかってるし、何とかしないと。

「啓介くん、味の方はどう?美味しかったかい?」
「それは美味しいに決まってますよ。海老と塩見さんの組み合わせで美味しくないはずありません。」
「そうかい、それは良かった。。また作ったら食べてくれるかい?」
「もちろんです。海老ならどんな料理でも美味しいに決まってます。ところで、こんな大きな海老は見たことないので、料理される前の生きてるやつ見たいんですけど。まだありますか?」

「...................」
落とされて上げられてまた落とされる。まるで某テーマパークの恐怖のホテルのように。なんちゃら三世に来るなと何度も制止されても気にせず乗ってしまった気分だ。
万事休すな料理長は、そんなくだらないことを考えてしまうほど思考が停止してしまっている。

「脂元、実はなぁ。そいつの正体はこいつなんッ」
「酢矢くん!」
大吾はこの試食会を台無しにするものを出そうとする軽率な庭師を抑える。
「大吾さん、もういいじゃないですか。ネタばらしして驚く様を見たいじゃないですか。」

ダメだ、この男は楽しくなる方向にしか考えてない。
『大きな』執事は料理長と庭師がこそこそ話しているのを横目に、何か食べ物がないかを探している。
すると『大きな』執事は二人の足元に、何か白い物体が落ちているのを発見する。
『大きな』執事は二人が静かに言い争っているなか、その物体を拾い上げる。

言い争っていた二人はしまったと顔を見合わせる、いや、しまった顔をしているのは料理長のみで庭師は満面の笑みで「見つかっちゃったかぁ。」とわざとらしく頭を掻く。
しかし二人の予想に反して、『大きな』執事は感嘆の声を漏らす。

「これって食用のカブトムシの幼虫ですか?懐かしいなぁ。でも糞抜きはしてるんですか?ふっくらしてる。でも腐葉土の臭いはしないですね。養殖ですか?」
『大きな』執事はまるで専門家であるかのように流暢に語る。

糞抜き?腐葉土?養殖?
庭師に紹介された業者が同じようなことを言っていた。
いや、そんなことよりこの反応は成功なのか?
あの虫嫌いな執事が素手で触ってるし、今にも食べてしまいそうな雰囲気である。
これはエレベーターを降りられたのか?はたまた、また上に昇っただけなのか?
大吾は予期しなかった光景に戸惑いを隠せなかったが、この機会を逃してはならないと悟った。

「そうなんだよ。酢矢くんの知り合いの業者が養殖で育てているものでね。腐葉土の臭いについては詳しいことは分からないけど、特殊な環境で育てているらしいよ。糞抜きもしてくれてて、僕の方で海老の切り身を入れてあるんだ。味付けも敬介くんの好きなエビフライと同じようにしたんだよ。どうだい、また食べてくれるかい?」
必死な料理長は営業マンのごとく、畳み掛けるように言葉を並べる。

「んー、これ食べるならエビフライ食べたいですね。」
「....................」
「そりゃそうだよな。わざわざこんなの食わないよな。」

自分の思い通りの展開にならなかった庭師は味方ではなくなっていた。
大吾は徐々に体が浮いていくのを感じた。
しかしここで諦めたら試合終了だ。
大吾は腹を括り、代案を探る。

「じゃあこれを使ったデザートならどうだい?味付けでどうにか甘くして見せるよ。」
「味付けで甘くなりますかね?飼育環境か餌でどうにかしないと厳しいんじゃないですか?」
「よし、之弥さんに、今回食材を提供してくれた会社を買収してもらって研究開発してもらおう。」

「脂元のためだけに買収なんかしてくれるんですか?」
すっかり興味を失った庭師は、ふてくされたままあきれたように言う。
「もともと敬介くんの体じゅ、体調管理を之弥さんに頼まれて今回の試食会を開いたからね。敬介くんのためと言えばすぐやってくれるよ。」

いったいこの『大きな』執事はなんなんだ。
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