第12話 『大きな』執事のその後

文字数 3,217文字

「はぁはぁ、そうか今日は始業式だから早く終わるのか。でも顔は見られてないからばれてないと思うけど。」
『大きな』執事は自分の特徴が、顔よりも体型だとは思ってないのだろうか。

時は少し遡る。
希美達から逃げ切った『大きな』執事は、貂彩学園前駅までやってきていた。
しかし、山葵山の手伝いでやってきただけなので、携帯電話もお金もない。
いや、そもそも『大きな』執事は携帯もお金も持ってない。
もちろん給料は出ているが、つまみ食いと酢矢に借りてたお金の返済で初日になくなってしまう。

そして執事の生活は全て家の中で完結してしまうので、生活するうえでお金は必要ない。
さらに『大きな』執事の友達は酢矢を含めてピースサインで事足りる。
携帯電話なんて必要ない。
なので『大きな』執事はスマホもお金も持ってない。
持ってるのはスプーンとフォークだけだ。

「でもどうしよう、お金もないしお腹も空いたなぁ。でもまだ夕飯の時間じゃないし、どこかのスーパーで試食とかやってないかなぁ。」
『大きな』執事は食べ物がないか駅前を徘徊する。
しかしハッピーアワーをやっている店はあるが、試食をやってるお店はなかなか見つからない。

食べ物を探しているうちに、三十路川沿いに出てしまっていた。
こんなところにお店なんかないなぁと思っていると、なにやらとても香ばしいにおいがしてきた。
匂いを辿っていくと、河原でバーベキューをしているのを発見する。
日本では外で食べている人は高確率で食べ物を分けてくれると、小さいころから教えられていた『大きな』執事は、河原を散歩している風を装って近づいていく。

今日は良い天気ですね。
何を焼いてるんですか?
美味しそうですね。
お腹減ったなぁ。

『大きな』執事はどうやって声をかけようか考えながら、じりじりと近寄っていく。
そしてお腹空いたなぁ、と近づきながら独り言のように言おうとした瞬間だった。
河原でバーベキューをしている男の方から、『大きな』執事に語りかけてきたのだ。

「今回はずいぶん遅かったじゃないか。」
まさか相手から話しかけてくるとは思わなかった『大きな』執事は、反射的に内ポケットからスプーンとフォークを取り出す。
そして薄ら笑いを浮かべている男の顔を確認すると、そのまま焼かれていたソーセージをフォークで食した。

「なんだ、雲龍じゃないか。久しぶりだね。」
知り合いだと分かるや否や、正式に食事を始める『大きな』執事。
「相変わらず食べるなぁ。ちゃんと噛んでるか?」
この河原でバーベキューをしている男は雲龍幸太郎。
『大きな』執事がピースサインで数えられる数少ない友達である。

「なんだ、雲龍じゃないか。久しぶりだね。」
この河原でバーベキューをしている男は雲龍幸太郎。
『大きな』執事がピースサインで数えられる数少ない友達である。

「それにしても遅かったじゃないかって、会う約束してたっけ?」
『大きな』執事は用意?されていたソーセージすべて食べ終わると、少し考えるようにそう訊ねる。

「お前この時代にスマホ持ってないだろう?居場所は分からないが、お前は異常に太ってる。」
「太ってるのは関係ないんじゃないか?」
『大きな』執事はお腹をさすりながら文句を言う。

「そんな奴に用事があるときはどうすれば良いか。過去に同じような状況を思い出してくれ。」
そう言われ、『大きな』執事は街中で幾度か雲龍に出会ったことを思い出す。

公園で子供たちに秋刀魚を七輪で焼いている雲龍。
高架下で豚汁の炊き出しをやっていた雲龍。
そして今日河原でバーベキューをしていた雲龍。

「......、まんまと釣られていたということか。おかしいと思ってたんだ。君が子供たちやホームレスの人に優しくしているなんて。」
「勘違いしてほしくないのは、俺は子供が好きだ。炊き出しをしてたのは完全にお前を釣るためだが。」
雲龍はにやりと笑みを浮かべながらそう語る。

「そうなると、僕に何か用があるということかい?」
すると雲龍は、足元のクーラーボックスからステーキ肉を取り出して焼き始めた。
「まぁ久しぶりに会ったんだ。少し食べながら話そうじゃないか。」
目の前で焼かれる肉を見ながら、『大きな』執事は静かにフォークを取り出した。

ステーキや海鮮焼きを食べながら、他愛のない近況報告や世間話をする2人。
「そういえば雲龍は今どういう仕事をしてるんだい?前聞いたときはビスケット屋さんだっけ?」
「バスケットボールはやってたかな?今は貂彩学園ってとこで教師をやってるよ。」
「そうなんだ。天才なんてダサい名前だね。」
「お前の想像できる方のてんさいではない。イタチ科の貂に彩ると書いて貂彩だ。まぁ確かにダサいけどな。」

「そのてんさい学園はどこにあるんだい?」
『大きな』執事は漢字を理解することを放棄してそう訊ねる。
「お前は自分の主の学校も理解していないのか?」

そもそも『大きな』執事は、自分が執事だということをあまり理解していない。
『大きな』執事の一日は、10時に起きてご飯を食べて掃除をしてご飯を食べて散歩してご飯を食べて希美の夕飯の手伝いをしてご飯を食べてテレビを見てご飯を食べて寝て終わる。
仕事と言えば掃除と希美の夕飯の手伝いくらいだ。

なので希美のことを『主』として認識をしていない。
「主って誰のことだい?」
雲龍は髪をかき上げ、深く息を吐く。
「お前が今世話になってる砂糖元家の希美って娘がいるだろう?彼女が通ってる学校が貂彩学園で、俺は今そこに勤めてるってわけだ。」
雲龍は山なりのキャッチボールをあきらめて、ど真ん中にボールを投げた。

しかし、雲龍の言葉のボールを受け取った『大きな』執事は何やら上を向いて考えこんでいる。

雲龍は『大きな』執事の想定外の反応に困惑する。
今の言葉に何か分からない部分があったか?
『大きな』執事は数秒考えた(本当に考えてたのかは不明だが)後、雲龍に衝撃の言葉を返した。

「希美って誰だい?そんな人いたかなぁ?」
「おいおいおい、お前が今お世話してる女の子がいるだろう?その娘の名前は分かってるのか?」
「馬鹿にしないでくれ、そのくらい分かってなきゃ仕事にならないよ。お嬢って名前だよ。最初にそう呼んでくれって言われたんだから。」

「.......。」
ちゃんと仕事だと理解していたのか。。
いやいや、それよりもなんて言った?お嬢?お嬢って名前?
雲龍は何から聞いて良いか分からず、思考停止した。
すると『大きな』執事は、何かを思い出したかのように手を叩いた。

「あ、そう言えば他の人は愛称みたいな感じで望みちゃんって言ってた気がする。たぶん小さい頃からなんでも欲しい欲しいって言ってたからじゃないかな?学校でも愛称で呼ばれてるのかい?」

「そっかー、そうなんだー。」
雲龍は説明を放棄した。
これ以上カロリーを『大きな』執事に奪われないように。

「で、うちのお嬢様が何か悪いことでもしたのかい?ほかの人の給食を食べちゃったとか?」
そういうことするのはお前だけだろうという言葉を飲み込み。雲龍は説明する。

「おそらく知らないだろうけど、お前の上司である砂糖元家の執事長の醤油屋さんは貂彩学園の学園長なんだよ。学園長から直接は言われてないが、希美くんには特に気を遣うように先生の間でなってるんだよ。だからお前から情報を仕入れたいなと思ったわけだが、期待外れだったかもな。」

「そういうことならお安い御用さ。」
『大きな』執事は胸なのか首なのか分からないが平手で叩き、満面の笑みを浮かべた。
「何か有力な情報があるのか?」

雲龍は期待してないとは言いつつも、『大きな』執事の態度に期待する。
「今は毎日の献立しか分からないけど、ご飯を奢ってくれるなら情報を探って来るよ!」
今度は確実に左手でお腹を擦りながら、右手の親指を立てている。

「まぁ、背に腹は代えられないか。ただし情報の質によって食べ物の量が決まるからな。」
ここに『報質食量』の協定が結ばれた。

ーこれは大スクープだー
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