17.『ラーメン行脚・西日本編』

文字数 3,916文字


「なんだかんだ言って、三人でこうして旅行に出かけるのは初めてだな」
 数日後の早朝、三人は佳範の家に集まり、車に乗り込む。
 これから二泊三日のラーメン視察旅行に出かけるのだ。
 もっとも、車での旅行なので北海道と九州は割愛したが……。
 何しろ半世紀にわたろうという親友同士、家族ぐるみの付き合いもあり、合同で家族旅行を楽しんだこともあるのだが、三人だけでと言うのは意外に初めてだったのだ。
 
「さて、どんなラーメンに出会えるかな」
「ああ、楽しみだ」
「それもだが、お前ら二人とこうして出かけられるってのが嬉しくて仕方がないよ」
 秀俊の目じりはいつも以上に下がりっぱなし。
 しかし、それは優作、佳範も同じだった。
「よ~し、出かけるとするか」
「「ああ」」
 車は東名横浜インターをめがけて滑り出した。

 最初に目指すのは和歌山の『丸熊』、車だと休憩込みで八時間になろうという強行軍だが、運転手が三人いればなんと言うことも無い。
 この二年近く、一緒に行動することが多かった三人だが、それはお互いの結びつきをより強固にする方向に働きこそすれ、マンネリや意見のすれ違いは生まなかった。
 それと言うのも三人が同じ方向を向いていたからであり、ひとつの目標、師匠のラーメンを超えるラーメンを作ると言うことに邁進していたから。
 八時間にも及ぶロングドライブの間も、三人はこの旅を楽しんだ。

「いらっしゃいませ!」
 無駄に威勢が良いわけではないが、太く力強い声に迎えられた。
 和歌山代表『丸熊』の暖簾をくぐったのだ。

「あなたが店主の久島さんですか?」
「そうですけど、あなた方は?」
「横浜代表の『中華そばや』です」
「ああ、あなた方が……」

『丸熊』の店主、久島は三十代半ばと言った所か……がっちりした大柄な体に角刈り、顔の周りを黒々とした髯が縁どり、いかにも『熊さん』と呼ばれそうな風貌。

「敵情視察ですか?」
「実はそうなんだ」
「横浜からはるばる……頭が下がります」
「いや、俺達はラーメン修行を始めてそんなに経っていないんで、この機会に勉強しようと思いまして」
「私のラーメンが参考になるかどうかはわかりませんが、ラーメン甲子園で勝負するラーメンをお出ししましょう」
 久島は気持ちの良い笑顔を見せて麺を手にした。

「これは私の知ってる和歌山ラーメンとは違いますね」
 やはり元グルメ誌の編集長だけあって、佳範はすぐに違いに気付いた。
「そうですね、横浜じゃ井出商店さんが有名でしょうから」
 久島の言うとおり、佳範のイメージする和歌山ラーメンはまさに井出商店のもの、新横浜・ラーメン博物館にも出店していたことのある名店なのだ。
「少し乱暴な分類ですが、和歌山ラーメンは大きく分けると二通りあるんです」
 三人の麺をたぐる手が止まった。
「井出商店さんは乳化させた豚骨スープに魚介系スープを合わせていますでしょう?」
「そうですね」
「それももちろんひとつの流れですが、もうひとつの流れがあるんですよ」
「こちらのラーメンはその流れなんですね?」
「ええ」
「もし差し支えなければ聞かせて欲しいんですが」
「細かい所は企業秘密ですが、大まかな所はネットでも紹介されていますからね、構いません」
「それを知らないと言うのは、俺達も勉強不足だな」
「いやぁ、一地方のラーメンですからね……ウチも『丸熊』ですが、『丸』のつく店は、まず豚骨を醤油で煮るんです、そうやって醤油がしみこんだ豚骨を煮出したのがこのスープなんです」
「へえ……先に豚骨に味をつけるんだ」
「そうですね、それが基本で、後は店によって少しづつ違いますが」
「ここでは鶏がらと野菜だね? 魚介も僅かに効かせているか……」
「さすがですね、でもこれ以上は……ね」
「当然だろうね、想像することにしますよ……臭みがほとんどないね、濃厚なのに後味が軽い、その独特の作り方のせいなんでしょうね」
「そう思っていただければ」
「麺は中細の多加水か……スープの濃厚さとマッチしてる、どちらかと言うと腰より喉越し重視か……」
「ええ、その通りです、ただ、麺は店によって幅がありますね、太めのもっちり麺の店もありますし」
「チャーシューがスープに良く馴染んでますね」
「よく気付かれましたね、豚骨を煮た醤油を使うんです」
「なるほど……これは? 見慣れない具材だけど……」
「千代巻って言います、この辺りの蒲鉾屋では普通にあるもので、まあ、名物って言って良いかも知れませんね」
「ナルトと赤白が反転しているんですね、味と食感はナルトよりも蒲鉾寄りか……見た目のアクセントになってるな」
「ええ、和歌山の醤油はかなり色が濃いので、これが入りませんと……」
「確かに……ラーメンの具は彩りも大切ですよね」
「私もそう思います、存じてますよ、桜が舞うラーメン、東京系あっさり醤油に浮かぶと夜桜の趣でしょうねぇ……」


ファイト! ( ゚ロ゚)乂(゚ロ゚ ) ( ゚ロ゚)乂(゚ロ゚ ) ( ゚ロ゚)乂(゚ロ゚ ) イッパ~ツ!


 一行は再び和歌山から名古屋までのロングドライブ、しかしこれはラーメン行脚、休憩込みで四時間のドライブは腹ごなしに丁度良い。
「なあ、佳範、名古屋のラーメンってあまり聞かないが、どんなものなんだ?」 
「そうだな、名古屋と聞くときしめんを思い浮かべちまうよ」
「名古屋じゃ台湾ラーメンが名物なんだ、目的の店も『高雄』という位だからまず間違いなく台湾ラーメンだろうな」
「台湾ラーメンって?」
「台湾の屋台ラーメン、坦仔(ターアー)麺がルーツらしいんだが、名古屋で独特の発展をしたものだよ、坦は担ぐという字を書くんだ、荷売り商い、要するに担いで歩く屋台で売られたものだな、本家の方は醤油ベースのあっさりスープに挽肉、ニラ、香菜、ニンニクが乗るんだが、台湾ラーメンは肉みそを辛く味付けしているんだ」
「坦々麺みたいなものか?」
「そうだな、本来の坦々麺は汁なしで辛い肉みそで食べるんだが、台湾ラーメンは醤油ベース、中細麺のラーメンに辛い肉みそが乗るんだ、激辛ブームってあっただろう?」
「ああ、あった、あった」
「あの頃から知られるようになったな、辛いものは大丈夫か?」
「俺はあまり得意じゃないな」
「へぇ、優作は好きそうに見えるけどな」
「そういう秀俊はどうなんだ?」
「割と平気だな、むしろ好きだよ、佳範は?」
「まあ、普通かな、激辛だけを売りにしたものは食おうと思わないが、辛味も味の一つだからな、ちょっと調べておいたんだが、『高雄』では三段階の辛さを出してるらしい」
「丁度良いじゃないか、三杯頼んでそれぞれ味見してみれば良い」
「そうだな……さあ、着いたぞ」

「いらっしゃい」
「すみません、店主の日高さんは……」
「何か?」
 カウンター越しに顔を出したのは人懐こそうな男、出店して三年以内と言う割には年配だ、と言ってもこちらの三人も六十代、同じ位に見える。
「実は我々は『中華そばや』です」
「ああ、ラーメン甲子園の」
「はい、正直に言いましょう、敵情視察です」
「あははは、正々堂々ですね、私がこの店の主です、ラーメン甲子園にあなた方のような年配が出てくるとは思いませんでしたよ、失礼ですがおいくつで?」
「三人とも六十五になります」
「あはは、同い年ですよ、なんだか嬉しいですね」
「それはこちらも同じですよ」

 日高は名古屋ラーメン発祥の店で台湾人の店主の右腕となって働いていたが、店主の息子さんが一人前になったのをきっかけに独立したのだと言う。
 本来ならその店を継ぐこともできたのだろうが、店主に対する義理堅さ、そして六十代で独立すると言う気概がある、三人はすっかり共感を覚えた。
 そして、話をしながらもその手は淀みない動きでラーメンを作る、熟練の技も見せ付けられた。

「はいおまちどうさま、こちらから甘口、中辛、大辛です」
「頂きます」
 甘口を優作、中辛を佳範、大辛を秀俊がすする。
「中細のストレート麺ですね、醤油ベースのスープに合ってますね」
「なるほど、この具材が溶け出す事を見込んだ、絶妙の味加減ですね」
「スープと具材が一体となるのは他とは全く違いますね」
「お三人がそれぞれ麺、スープ、具を担当してらっしゃるのは知っていましたが、どなたがどの担当かすぐわかりました」
「ははは、おそらくお察しの通りです」
「いかがですかな? 台湾ラーメンは」
「大変に個性的ですね、ラーメンと言うのは、原型は中国でも日本で独自の発展を遂げて来た麺料理ですよね、和食とは言わないまでも最早日本食だ、でも、これは日本で改良を加えられた台湾料理ですね」
「ええ、私が修行した店はラーメン専門店ではなくて台湾料理店、主人も台湾人でしたからね、ウチでもラーメンが主力ですが、台湾料理の皿も出していますよ」
「それはありがたい、我々はこれが夕食なんですよ、お勧めの物があれば」
「そうですね、パイコーとカキ入りオムレツ、オーギョーチなどどうでしょう?」
「お任せします」
「お酒は?」
「台湾でお酒と言うと紹興酒ですか?」
「いや、向うでは高梁酒の方が一般的ですね」
「それはどういった?」
「白酒、透明な蒸留酒ですよ」
「日本で言うと焼酎のような?」
「近いですけど五十八度あります、試してみますか?」
「挑戦してみましょう」

 同い年と言う気安さも有り、日高を含めた四人は意気投合して乾杯した。
 
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