第1話

文字数 2,612文字

 その男は、背後に迫る気配を感じると振り向かずに声を発した。
「時間か」
「時間です」
 男の背後から、やや甲高い声での返事。男は「フウ」と息を吐き、クルリと振り向いて歩き出す。歩く男の視界には四つ足で佇むロボットが居る。そのロボットは男について行きながら、こう述べた。というより、叫んだ。
「フウ、じゃないですよ! わざわざこんな所まで……! 毎回探す私の身にもなってくださいよ、まったく!」
「すまんな」
 男はそう呟いて、ロボットと共に歩いて行く。
 人類が宇宙に飛び出す時代。そんな世界のある日の出来事であった。地球に存在する建造物はひたすら高さを追求し、宇宙に飛び出る軌道エレベーターも建造された。最新技術による便利さは人類に豊かさをもたらし、それと同時に脅威をもたらした。犯罪も進化を続け、それを取り締まる側も進化した。機械や仕組みも進歩を続けていた。ロボット、アンドロイドによる社会問題も発生している。それを取り締まる仕組みも出来つつある。この話はそんな世界のある街で起こる探偵物語の一幕である。
 街にはびこる人と機械の複雑怪奇なエピソード。実際それは多数存在するが、ここでそのようなものが扱われることは無い。あるとしても、もっとずっと先だろう。
 この一人と一体が向かう先は映画館である。劇場を幾つも合わせたシネマコンプレックスである。依頼の内容は失踪した劇場スタッフのロボットを探して欲しいというものだ。先程、この仕事を依頼された男、カケリ・ラッカは夕暮れの高層ビルの屋外スペースで風に打たれていた。相棒のロボット、ムツェルフは時間になっても連絡が無い主人を探して駆け回っていたのだ。私立探偵のカケリ・ラッカは、何故そんなことをしたのだろうか? それは、後々のお楽しみである。そんな機会があったらいいな。
 カケリ・ラッカとムツェルフは依頼主の許にたどり着き、話を聞いていた。
「えーと、あなたのお立場というのは?」
「私はこの劇場で働くロボット達の取りまとめ役です。名前はラサンと言います。人間のスタッフとの間で問題が発生した際には私が呼び出されることになるのです」
「なるほど、それで失踪したゴローヌという名のロボットはどのような仕事をしていたのですか?」
「彼はポップコーンを始めとする軽食を用意する仕事をしていました。それを人間の売り子に手渡すまでを請け負っています」
「はあ、一体どういうことなのか私にはわかりませんな。仕上げて人間の売り子に手渡すとは?」
「やはり、こんな世の中になっても人には人の対応が求められるところがありまして。我々のシネコンも生き残るためには何らかの工夫が必要と判断し、その点を磨いて行こうということになりました」
「ふむむ」
 カケリ・ラッカは頷き、近くに四つ足で立つムツェルフを見る。しっかりと記録していることを確認し、再び話に戻った。
「仕組みとしてはですね……」
 ラサンは劇場を案内しながら説明を続けた。
「あのカウンターの後ろでロボット達は仕事をしています。当劇場では注文があってからフードなどを作り始めます」
「しかし、それでは時間がかかってしまうのでは?」
「差別化です」
「差別化……」
「やはり、これからはロボット、アンドロイド、システムにも個性が求められる時代となるでしょう。その為、非効率と思われるものも当劇場は取り入れることとなりました。しかしながら、配慮はなされています」
「配慮とは?」
「フード、ドリンクの注文があった場合、それをお客様の許までお運びいたします。お席にお着きになられた場合にはお席まで、希望があればその希望にそって我々は動きます」
「えーと、難しい話だ」
「最近はチケットからも様々な情報を受け取れるようになっています。そのチケットの許までお運びする、と言う仕組みです。この点を詳しく話すと明日になってしまうでしょう」
「えー、それではゴローヌの仕事は裏方であったということでしょうか?」
「その通りです」
「失踪の心当たりなどは?」
「それが実は、あるのです」
 ラサンは肩を落としながら話しを続けた。
「ゴローヌはロボットにしては珍しく、人間達と共に劇場の経営について語り合っていました。当然、人間のスタッフには煙たがる方もおられました。しかし、親しみを持つ方もいらっしゃいました。そんな風にゴローヌはこのシネコンでの労働に一生懸命だったのです」
「ふむふむ」
「プポプポ」
 探偵と相棒は記録を続け、話を続ける。
「少し前にフードメニューについての意見を求められました。もちろん人間達に向けてです。しかしゴローヌも意見を出していたのです。それは人間の友人であるユキネと共にです」
 ラサンは劇場を案内しつつ、カケリ・ラッカに各所の紹介をしていった。ある地点にて一人の女性を紹介する。
「彼女がユキネさんです。彼女は我々にとても優しく接してくれます。ゴローヌとも仲が良い」
 女性は一礼し、こう語り始めた。
「私はゴローヌの意見はまともだと思ったんです。しかし、却下されてしまいました」
「うむむ」
「プムム」
 聞き出せた状況はこのようなものだった。

 ゴローヌはこんな意見を持っていた。
 定番メニューであるポップコーンのセットをもう少しお手軽に注文できないか。
 ポップコーンの種類、大きさ。ドリンクの種類、大きさ。それぞれを選べるのは好い事だ。しかし、個性や差別化と言うならば、その点に踏み込むことも必要ではないか。ポップコーンとドリンクに関しては選択肢を少なくし、注文の手軽さを目指すべきではないのか。
 ポップコーンとコーラのセットで『ポプッコラ』というものを作り、それのみにしてみてはどうか。
 ユキネはその意見に衝撃を受け、自分の名前も加えて共同で提出したいと申し出た。しかしながら、若干の調整は必要だと判断し、ユキネはゴローヌと話し合いを続けた。結果として、選択肢は三つになる。
・ポプッコリ
・ポプッコラ
・ポプッコロ
 である。
 これはポップコーンの量の小、中、大である。ドリンクはコーラ一択でサイズ変更は無し。『リ』はリトル。『ラ』はラージ。『ロ』はロングを表す。熱を入れて意見書を作成した二人(?)であった。しかし結果はにべもなく却下であった。ゴローヌはそのことで落ち込んでいたようだ。
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