第2話

文字数 2,439文字

ゾロゾロと、スタート地点に、お笑い担当が集まってくる。
言いようのない不安感に襲われる葵が、隣の奴を見上げた。
ノッポの佐伯は足が速い。
一緒に走る5人の中で、かけっこだけに特化すると葵は一番足が遅い。
だが、足の遅さじゃ山本もいい勝負だ。
それが果たして凶と出るか吉と出るか。

「よーし、みんな聞けよー。ルールは簡単、最初に網をくぐって跳び箱を跳び、平均台を歩く。
そしてあの箱にある服を着て、その先のカードに書いてある指示に従う。
ま、いわゆる借り物かな。うん。
そのまま指示に従ってゴールへ向かい、途中ぶら下がってるパンを口で取ってゴールだ。
いいな!」

い、いいなって……

それって……

「先生!それ障害物借り物パン食い競争になってますけどお~」

「そうだ!異種格闘競争だな、フフフ良い考えだろう!」

エッヘン、先生鼻高々。

ちょっと待ってくれよ、なんか死にそう。
で、でも、網とか平均台とか、俺でも先に行ける可能性アリ?
ちょっとでもイイ服とか選べる予感じゃね?

ため息をつくみんなをよそに、葵がグッとグーを握る。
やがて時間が来てそろって入場し、そしてスタート地点に並んだ。

よーい!

上がるピストルに、ドキドキ心臓が止まりそう。
葵は1番目。
死ぬ気でガンバル! 

パーーーン!

歯を噛みしめダッシュし、やっぱり最後に網に飛び込む。
よし、体の大きな奴はもたもたしてる。

「やりい!」

葵は素早く網から脱出。
跳び箱に向かった。が、葵は跳び箱が跳べない。
ドスンと上に座るたび、「やり直しね」冷たい言葉が飛んでくる。
しかし全員先に行ったと思ったら、その横でなんと山本も引っかかった。

「くそー!」

2人で懸命に争うように飛び、葵が偶然飛び越えた。

「やった!神様ありがとう!」

急いで次の平均台へ。
まったく平衡感覚のない葵は、ヨロヨロしながら渡って行く。
しかしそれをあとから来た山本が、何故か同じ平均台に上ると途中で思い切り葵をけ落とし、先に行ってしまった。
観客から、ドッと笑いがこぼれる。くっそ!くそっ!

「勝負に情けは無用だぜ、悪いな葵」

「あああクソ山本!この野郎、末代まで祟ってやる!」

泣きながら、葵は渡り直し。
その先でみんなは、箱の中に手を突っ込み服を取り出して着込んでいる。

「なにい!」

葵はしかし、その出てきた服に愕然とした。
それは白い服と黒い服。ただの一枚布を切って繋いだ簡単な作りだ。
黒布は袖無し燕尾服らしい物が白ペンで書いてある。

だが、

白はなんと安っぽい生地を簡単に縫い合わせたウエディングドレスのスカートだった! 

ガーーーーン!

なんか、俺はもの凄く嫌な予感がする!
急いで箱に生き、中を覗くとドレスしか残ってないーーー!!
「うわーん、神様のバカ!バカ!」
まわりの笑い声をバックミュージックに、ゴムウエストのドレスを着込みズルズル走る。
ガクブル見つめて散って行くみんなの向こうに、大きなカードが見えた。

『黒い服は花嫁を見つけてくる
白いドレスは花婿を見つけてくる』

な、なにいい!!

お粗末燕尾服着た奴らは、なんとか嫌がる女子を引きずり出しているようだ。

花婿てことは、男か!
思い切りおホモだちの全校生徒にさらし首かよ!
くそ、ミスターやっぱ殺すっ!

戸惑いながらドレスの葵もクラスメイトの前に行ってみた。
だがやっぱり思ったとおり、思い切りみんなは顔を逸らしてシカト。
しかしハッと気がつけば、山本もドレス姿で四苦八苦している。

そうか!もうドレスしかなかったんだ!
くそう、あいつに負けたくない!

「お願いだよ!誰か、俺のダンナになってえ!」

半泣きの葵がドレス姿で叫ぶと、まわりからドッと笑いが起こった。

「オイ、お前が行けよ」「やだよ、恥ずかしいじゃねーか」
「鴇はどこに行ったんだよ」「鴇はトイレって」「なんて間の悪い男だよ」

「頼むよう、誰か……誰か……ああ、山本には負けたくねえ!うわーーん!」

と、その時、横からフッと手を握られた。

「お待たせ葵」

鴇が濡れた手で握ってくる。

「鴇い!どこに行ってたんだよ!バカバカ!」

「あー、トイレ。行こうぜ、山本に負けたくないんだろ」

「うん!」

2人手を携え、ゴールを目指す。
何故か沸き起こる拍手と口笛

が、それだけで終わらなかった。
なぜかパン食い競争で、女の子を抱っこしてはみんなひっくり返ってる。
なんと、そこにもカードが掲げられていたのだ。

『お姫様抱っこで、花嫁がパンを取ること』

なにい!
あのミスター、やっぱり殺す!

「なんだ、まだ誰もゴールしてないじゃん」

ヒョイといきなり鴇が葵を抱っこした。

「それ、早く食え。」
「え?え?う、うん」

そこへ遅れて山本が、柔道部の奴に抱っこされて参戦してきた。
パンは袋のまま、洗濯ばさみではさんである。

負けるか!このクソ山本!勝負の厳しさ見せてやるぜ!
でもなかなかパンが取れない。

「バーカ、袋の端をかむんだよ」

鴇に言われて、端をかむ。

パチン!
やった!取れた!

しかし、山本も同時に取れた。
一気にゴールを競い出す。

「鴇!鴇!ガンバレ!ガンバレ!」
鴇の背中をバンバン叩く。

ゴールのテープに飛び込む寸前、山本を抱いていた柔道部がこけた。

「一番だっ!」

葵を抱いたまま、鴇がテープを切って叫ぶ。

「やったあ!」

思わず葵は鴇の首に腕を回し、ギュッと抱きついてあんパンを放り上げた。
喜びの姿を、写真部が集中して激写する。

「一等賞!やったあ!」

競争で一等を取るなんて、葵は人生初めての経験で大喜び。

「バカねえ、あんたじゃなくて鴇が取ったんでしょ」
「でもあの馬鹿なところが可愛いのよねえ、葵って」

「一等!一等!」

喜ぶ葵はその日有意義な運動会を終わり、そして翌日からはまたいつもの平穏な日々が……
始まるはずだった。
校内に張り出された、運動会の写真。
そしてのちに父兄まで配られた校内新聞を見るまでは。
そこには特別大きく伸ばされ一際目立つ、鴇に抱きつくウエディングドレスの葵の写真。
葵と鴇はその後、校内公認カップルとしてみんなの暖かい視線にさらされ、BL好きの女子のネタにされてしまった。

「ちくしょー!」
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み