第二話 探偵。関係者。証言。

文字数 2,920文字

 丸田寅之助は高名な探偵である。
 首なし死体が次々と晒されていく「地蔵峠殺人事件」を解決して世間の注目を集め、その後も「E邸殺人事件」で密室のトリックを暴き、迷宮入りと思われていた「月影村殺人事件」の犯人を特定したことでマスコミにも数多く取り上げられるようになった。
 その朴訥とした風貌とミスマッチな蝶ネクタイをトレードマークに、今やテレビのコメンテーターとしても活躍している。
 そんな彼がこの洋館を訪れたのは、ほかの客たちと同様に昨日の午後だった。
 以前にたずさわった事件の関係者から宿泊招待券が贈られてきたので、たまには都会の喧騒を離れてリフレッシュしようとやってきていた。
「どうやら私にはのんびりする時間さえ与えてもらえないようだ」
 黒石の遺体を見下ろしながら蝶ネクタイを右手で撫で上げ、ひとりごちる。

 この日は昼食の後、丸田は山頂への散策路を登っていた。
 途中にある見晴台まで来たところで景色を楽しみ、引き返してくると洋館の様子がおかしい。
 彼の姿を見つけた管理人が慌てて駆け寄り、事の次第を伝えると、すぐに状況を確認してから全員を玄関ホールへ集めた。 
 昨晩の夕食時に食堂でみなが顔を合わせたとき、すでに名探偵が滞在していることは明らかになっている。誰も不平を言わずに丸田の指示を待った。
「それでは、一人ずつお話を伺っていきます。気分が良いものではないでしょうが、みなさんは食堂で待機していてください。お話は私の部屋でお聞きします」



 黒石が死んでいるのを発見したのは、この洋館ペンションの管理人だった。

 驚きましたよ。横山さまと一緒に食堂へ戻ったら、そこに黒石さまが倒れていたので。
 目を見開いたまま口から泡を吹いていたので、すぐに亡くなっていると思いました。発見するまでのことですか?
 ハーブ園で夕食に使うローズマリーを収穫して戻ってくると、ちょうど青井さまの奥様が出掛けるところでした。ハーブ園へ行かれると言うことでご案内を頼まれ、一通りご説明して帰ってきたら今度はご主人にお会いしまして。
 奥様を探しているとのことでしたので、ハーブ園へお連れしました。館へ入ろうとしていたところへ横山さまが車で戻られて、一緒に黒石さまを発見した次第です。



 次に呼ばれたのは管理人の妻だった。

 厨房で夕食の仕込みをしていました。主人がハーブ園へ行ってからは一人で作業していました。食堂の隣なので紺野さんが大きな声で話をしていたり、ピアノの音も聞こえていましたけれど、私がそこにいたのを知っている方はいなかったのではないでしょうか。
 ひと段落したので主人の様子を見に行こうとしたときに白川さんと玄関ホールで会いました。昨夜お話した図書室のことを聞かれたので一緒に二階へ上がり、本の説明をしていたところへ主人の大声が聞こえたんです。



 黒石と一緒に来ていた紺野はまだ取り乱していた。

 一体どうなってるんだよ! 警察はまだ来ないのか!? えっ? まだしばらくかかるって、何だよそれ。
 知らねーよ。昨日の酒が残ってたのか、昼から呑んでたら眠くなっちまって部屋に帰って寝てたらこの騒ぎだよ。何であいつが殺されたのか、こっちが聞きたいよ。
 ここはあいつに誘われて来たんだよ。なんか懸賞に当たったらしくって。自分でも何の懸賞だったか覚えてないって言ってたけどな。
 あぁ、昼飯の後に俺と黒石とおっさん――そう、横山っておっさんと三人で食堂に残ってたんだよ。おっさんは呑まなかったけれど、二人で呑んでおっさんの話を聞いていたところへ大学生の彼女が来て。あと爺さんも来たなぁ。それからすぐに眠くなったから部屋に戻ったんだよ。もういいだろ!



 女子大生の白川は、死体を見てからずっと顔色が悪い。

 私は昼食の後、部屋で休んでいました。一時間ほどしてピアノが弾いてみたいと思い食堂へ行くときに、青井さんご夫妻と一緒になりました。奥様は外へ行かれたんですけど、ご主人は一緒に食堂へ行きました。ちょうど紺野さんが出て行くところだったかな。
 黒石さんと横山さんはお話されていたのでひと言お断りしてから、しばらくピアノを弾かせて頂きました。ええ、音大を目指していたんですがちょっと精神的に参ってしまってあきらめたんです。今回は試験休みに自然と触れて気持ちのリフレッシュをしようとここへ来ました。
 横山さんがお酒を買いに行くのを機に食堂を出ました。部屋へ戻る前に管理人の奥様をお見かけしたので、昨夜お聞きした二階の図書室を案内して頂いたんです。
 そこの窓から、青井さんの奥様がお一人で散策されているのが見えました。その後、色々な本を眺めていたら……。



 この日、黒石と長く過ごしていた横山は発見者の一人でもある。

 ええ、昼食の後もずっと話をしていました。ほら、昨日の夕食時に採石場で働いていると話したじゃないですか。爆破作業に興味を持ったみたいで色々と。
 紺野さんが部屋に戻った後も爆薬の威力とか聞かれたりしたんですが、ウイスキーがなくなったので私が街へ買いに行くことになったんです。管理員の奥さんに聞いたら、昨夜飲み過ぎて在庫がなくなったそうで。
 え? そうです、シルバーのワゴンです。あの遊歩道からも見えたんですか。
 それがですね、十分ほど行った所で倒木が道を塞いでいたんですよ。左に曲がってすぐのところだったので危うくぶつかる所でした。
 仕方なく引き返してきて、管理員さんに言って警察に連絡して頂こうと中に入ったら黒石さんが倒れていたんです。せっかく静かな時間を過ごせると思ったのに、こんなことになってしまうなんて。



 残るは青井老夫婦から話を聞くことになる。まずは夫人が呼ばれた。

 主人が仕事を辞めてから、二人でこうして色々な所へ旅行に行くのが楽しみなんです。もう子供もいませんから。お部屋にいたとき、丸田さんが遊歩道を上っていくのが見えましたよ。
 あぁ、私のことでしたね。
 主人は若い女性が弾くピアノが聞きたいと残りましたけど、私はハーブが見たくて管理員さんにご無理を言って案内して頂きました。知らないものもあって、とても楽しかったんですよ。
 その後も一人で見て回っていたら、管理人さんが主人を連れてきてくださって。
それにしても、大変なことになりましたねぇ。怖いわ。



 青井と相対する頃には、丸田の中で犯人は一人に絞られていた。

 あの様子だと薬物による急性中毒でしょう。いえ、この春まで製薬会社の研究機関にいたもので。お気の毒なことです。
 私は白川さんがピアノを弾いてくださるというので、ご一緒に食堂へ行きました。さすが音大を目指していただけのことはあって、上手いもんでしたよ。
 黒石さんをお一人で残して、白川さん、横山さんと一緒に食堂を出たときに管理員さんとお会いしました。妻がハーブ園にいるとのことでしたので、彼に案内してもらい妻と一緒に散策していたら何やら騒ぎになっていたようなので急いで戻って来たんです。

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登場人物紹介

丸田寅之助:数々の難事件を解決し、名探偵と名高い。蝶ネクタイがトレードマーク。

青井夫婦:夫が製薬会社を退職したのを機に、各地を旅行している。

青井夫婦(妻):夫が製薬会社を退職したのを機に、各地を旅行している。

黒石:懸賞に当たり、友人と洋館を訪れた。

紺野:黒石と一緒にこの洋館へ。お酒に目がない。

横山:採石場で働いている。独身。貴重な休みに静かな場所へ旅行を。

白川:女子大生。試験休みを利用し、豊かな自然を求めてやってきた。

管理人夫婦:洋館ペンションの管理だけでなく、食事の世話などを行っている。

管理人夫婦(妻):洋館ペンションの管理だけでなく、食事の世話などを行っている。

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