【樹形図】1
文字数 1,219文字
今日も雨が止まない。これで三日目だ。昨夜もずっと降り続いたようで、その雨音の大きさもさることながら、雨垂れの勢いもまるで増水した川の音のように絶え間なく響き続けていた。おかげでなかなか寝付くことが出来ず、眠り自体もひどく浅いものとなってしまったようだった。これで二日連続、安眠出来ていない。
私は昨日の朝のように強く目をこすり、意識的に瞬きをを繰り返す。それでも眠気特有の気怠さから解放されることは無かった。だが、安眠などこのままでは永遠にやって来ないのかもしれない。大袈裟では無く、そう私は思う。
もともと少なからず覚えていた違和感は、じわじわと確実に膨らみ続けて行く。しかし、私にはその正体を突き止めるだけの判断材料も知識も充分な量が無く、加えて、思考をまとめようとすると靄 が頭の中にゆっくりと生じて行く始末だ。せめて行く手を照らす灯台のようなものがあれば、どんなにか良いだろう。
もしかしたら、菓子商店で仕事をしてみれば何かが少しずつでも分かって来るのかもしれない。思えば、私はこの町で数人としか会話をしていない。菓子商店の女店主、もう辞めてしまったという売り子、そして彼だ。
私が朝餉 を取っている間中、彼はいつもの定位置である板間の隅から髪の毛一本程も動かない。閉じられた目蓋も開く気配が無い。まだ眠っているのだろうか。
綺麗な立方体に切られた豆腐の浮く味噌汁を飲みながら、私は今日一日をどう過ごそうか考えていた。菓子商店での仕事について詳しい話を聞きに行こうかとも思っていたのだが、今日の天気は昨日よりも遥かにひどい。
雨音は雹 が降っているのかと思わせる程でもあるし、それに負けじとでも言うかのように風音が鳴り響く。いつかに読んだ、世界の終わりの洪水を思い出させる天候だ。おそらく傘もほとんど意味を為さないだろう。正直、このような日に外出する気にはなれなかった。
私は箸を置き、天井を眺める。何を思案すべきかすら思い悩む私を邪魔するかのように、雨と風は勢いを増して行く。
「済んだか」
急に声を掛けられて私は思わず体を揺らしてしまう。
「起きていたのか」
「とっくにな。それで、食事は済んだのか」
視線の先、板間の隅から彼が問う。未だ、その目は閉じられたままだ。
「ああ。そういえば、お前が何かを食べている所を見たことが無いな。最初に会った頃、此処で食事を取る必要は無いと言っていた気がするが、お前もそうなのか?」
「そうだ。もっと言えば睡眠も必要では無い。生きて行く為の一切が此処では不要だ」
ふっと彼が僅かに浮き上がる。私は彼の言のせいもあるのか、不意にその姿が亡霊のように思えてしまう。まさか、此処にいる者達は皆、生きていない――死んでいるとでも言うのだろうか。
「生きて行こうとせずとも生きて行けるということだ。何を以て生と判じるかは私には分からないが。それより」
彼は、いつものようにふわりふわりと私の元へ近付き、見上げて来る。
私は昨日の朝のように強く目をこすり、意識的に瞬きをを繰り返す。それでも眠気特有の気怠さから解放されることは無かった。だが、安眠などこのままでは永遠にやって来ないのかもしれない。大袈裟では無く、そう私は思う。
もともと少なからず覚えていた違和感は、じわじわと確実に膨らみ続けて行く。しかし、私にはその正体を突き止めるだけの判断材料も知識も充分な量が無く、加えて、思考をまとめようとすると
もしかしたら、菓子商店で仕事をしてみれば何かが少しずつでも分かって来るのかもしれない。思えば、私はこの町で数人としか会話をしていない。菓子商店の女店主、もう辞めてしまったという売り子、そして彼だ。
私が
綺麗な立方体に切られた豆腐の浮く味噌汁を飲みながら、私は今日一日をどう過ごそうか考えていた。菓子商店での仕事について詳しい話を聞きに行こうかとも思っていたのだが、今日の天気は昨日よりも遥かにひどい。
雨音は
私は箸を置き、天井を眺める。何を思案すべきかすら思い悩む私を邪魔するかのように、雨と風は勢いを増して行く。
「済んだか」
急に声を掛けられて私は思わず体を揺らしてしまう。
「起きていたのか」
「とっくにな。それで、食事は済んだのか」
視線の先、板間の隅から彼が問う。未だ、その目は閉じられたままだ。
「ああ。そういえば、お前が何かを食べている所を見たことが無いな。最初に会った頃、此処で食事を取る必要は無いと言っていた気がするが、お前もそうなのか?」
「そうだ。もっと言えば睡眠も必要では無い。生きて行く為の一切が此処では不要だ」
ふっと彼が僅かに浮き上がる。私は彼の言のせいもあるのか、不意にその姿が亡霊のように思えてしまう。まさか、此処にいる者達は皆、生きていない――死んでいるとでも言うのだろうか。
「生きて行こうとせずとも生きて行けるということだ。何を以て生と判じるかは私には分からないが。それより」
彼は、いつものようにふわりふわりと私の元へ近付き、見上げて来る。