むじなの化粧

文字数 790文字

 あるとき、赤狭指の山にメスのむじなが住んでおった。このむじなは人を化かすのが得意で、時折人をだまくらかしてからかっていたそうじゃ。

 ある日、このむじなが男に化けて家にあがりこむと、その男の女房が化粧をしておった。男に化けたむじなが見ていると、みるみるうちに芋くさい女房の顔が艶やかになり、あっという間に美しい女にかわってしもうたんじゃ。

「人間にも、上手に化けるのがおるんだなあ」

むじなは驚いた。そして、このままでは人を化かしているむじなが、反対に人に化かされてしまうかもしれないと危機感を募らせたのじゃ。そこで、むじなはすきを見てその女房の化粧箱から白粉やお歯黒、紅などをちょいと拝借してその家を抜け出したそうじゃ。


 自分の巣に帰ったむじなは、先ほどの見よう見真似で顔に粉や紅を塗りたくった。そして、したり顔で出かけたそうじゃ。しかし、化粧をしたむじなを一瞥した仲間のむじなたちの様子がおかしい。皆にやにや笑っている。耐えきれず吹き出すものもいる。
 だが、それでもこのむじなは、諦めようとはしなかった。

「このまま、人間の化け方を習得しなければ、むじな界の名折れだ」

そういう思いで、来る日も来る日も顔に化粧を塗りたくってがんばっておった。


 そんなある日、このむじなの縄張りに猟師たちが入り込んできたんじゃ。例のむじなも、猟師の一人に見つかって一目散に逃げ出した。

「それっ、あの顔に目印がついてるむじなを追えっ!」

化粧を目印がわりにされたむじなは、猟師たちに散々追い回された。


 命からがら追い回されて、へとへとに疲れきったむじなは、ようやくたどり着いた沼で急いで顔を洗った。そのおかげで何とか猟師たちから逃げ延びたそうじゃ。

「人間の化け方はようわからん。もう真似するのはやめだ」


 むじなはそう呟いて、それから顔に化粧をするのを一切やめたそうじゃ。

(民話採取元:赤狭指郡 江藤 エイ)
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