第2話

文字数 2,659文字

「ふんふふーん」

「ふんふんふーん」

「ふふふんふーん」

エニアがご機嫌に鼻歌を歌いながら歩いている。いつもと同じ、白のオフショルダーワンピースに革のベスト。茶色のコーデュロイズボンには、革製のポーチを括り付け、足許はショートブーツのスタイルだ。エニアは鞄のベルトを両手で握り、よいしょと背負い直すと、てっくてっくと歩いていく。

「今日は一段といいお天気だな〜」
エニアは再び鼻歌を歌い始める。すると、どこからか鼻歌に合わせて、柔らかな音の音楽が流れてきた。音は弦を弾くような音で、どうやらエニアの行く先から聞こえているらしい。エニアはたたたっと、音の方へ走って行き、音楽が一番よく聞こえてくる木立の裏に回った。
「ばあっ!」
「ひゃっ⁈」
エニアが勢いを付けて顔を出すと、弦楽器らしき物を膝に乗せていた少女は、驚いて声を上げた。
「あははは!ごめんごめん。びっくりした?」
「………」
少女は突然現れたエニアを、警戒の眼差しでじっとみる。
「…あなた…は、何者ですか?」
少女に恐る恐る聞かれ、エニアはうーんと顎に人差し指を付けて、なんと答えるか考える。
「…旅の人…かなぁ。私はエニア。くるみ術っていうのを使う、くるみ術士だよ」
「くるみ術…?」
少女が首を傾げる。エニアがくるみ術士を名乗ると、みんなこういう反応を返してくる。エニアはくるみ術を知ってもらうために、説明を始める。
「うん。錬成陣が描かれた大きな風呂敷を使って行う、錬金術の一種だよ。うちは代々、くるみ術士の家系なの」
「へえ〜」
少女はエニアの話に少し興味を持ったらしい。警戒心も、先ほどより大分薄れてきていた。
「あ…」
すると、少女は何か思い出したように、突然楽器を服のポケットに仕舞うと、今度は反対側のポケットに手を入れた。
「?」
少女がポケットから取り出したものを、エニアに見せる。
「…これ、…そのくるみ術で、直せる…?」
少女の手に乗っていたのは、木を削って作られたと思しき、汽車の玩具だった。少女の言う通り、後輪の車輪が一つ外れてしまっている。一つだけ車輪が付いたままの芯棒を手に取り、エニアがじっくりと見ていく。
「これ、もう一つの車輪もある?」
少女が はこくんと頷いて、ポケットから小さな木の車輪を取り出した。
「…壊しちゃった時に一回飛んでったけど、一生懸命探した」
エニアは申し訳なさそうにしている少女を見て、あ…と気付く。
「…もしかしてこれ、あなたのものじゃないんじゃない?」
少女は一瞬肩をびくっと震わせ、こく、と小さく頷いた。ぴん、ぴんと弦を弾きながら、途切れ途切れに話し出す。
「…掃除を、してたの。お手伝いしようって。…でも、棚拭いてる時、手が…当たっちゃって…」
そこまで言うと、少女は黙り込んでしまう。しばらく沈黙が続いた。
「………」
「…落としちゃった…か」
エニアが呟くと、少女はこくんと頷いた。そしてもう一度、『…直せる?』と、エニアに不安そうに訊いてきた。エニアは少女を安心させるため、笑顔で答える。
「…任せて!私がすぐに直してあげる!直ったら、一緒に謝りに行こ?」
エニアがそう言うと、少女はこくんと強く頷いた。
「よーしじゃあ直すよ〜」

エニアは太腿のポーチから畳まれた風呂敷を取り出すと、それを丁寧に地面に広げた。
風呂敷に描かれた陣の中心に、壊れた汽車の玩具を置く。
「えーっと…分解…は、しなくていいから…、エレメントの《風》で整えて…」
エニアはブツブツと小声で、手順の確認をしていく。
「…?」
そんなエニアを見ていた少女は、静かに首を傾げた。
「よし」
エニアは決めた順の通り、手を動かしていく。先ずエレメントの端を片結びにし、玩具に被せる。次に形成の端と融合の端同士を玩具を包むように結び、残った分解の端もそのまま玩具を包むように被せた。これで準備は完了だ。

「よーし!それじゃいっくよ〜」

言ってエニアが風呂敷に両手を翳すと、風呂敷の中がふわあ…と眩く光り始めた。
「すごい!光った!」
「ふふふ〜!すごいでしょー?このまましばらく待つね〜」


「あ、光が…」
風呂敷の光をずっと見ていた少女が言う。
エニアは光が完全収まるのを見届けると、両手を下ろした。今回の錬成は、約三分くらいだった。
「ん、完成かな。開けてみよ?」
「うん…!」
エニアが丁寧に風呂敷を開いていく。結んだ端を全て解くと、錬成陣の上に車輪が六つ付いた汽車の玩具が現れた。
「わあ…!」
少女が目をまん丸くして声を上げる。エニアは汽車の修復に、無事成功したようだ。
「…よかった〜…」
エニアがこっそり『ほっ』と一息つく。実は、ちゃんと直せなかったらどうしよう…と、エニアは不安で仕方なかったのだった。
少女に汽車を手渡し、エニアは風呂敷の片付けを始める。
「…ん?」
エニアが袖を引かれた気がして振り返ると、少女と目が合った。少女は袖を引く手と反対の手で持った汽車を、エニアに見せながら微笑む。
「お姉さん、直してくれてありがとう」
少女のその笑顔を見て、エニアは引き受けて良かったな、と嬉しくなった。

「…じゃ、ごめんなさいしに行こうか」
エニアがそう言って立ち上がると、少女は汽車をポケットに仕舞い、こくんと大きく頷いた。

エニアが少女を家に送っていくと、お父さんが慌てて出てきた。どうやら突然いなくなった少女を、少女の両親は心配して探していたらしい。少女はちゃんとお父さんにごめんなさいを言って、直った汽車を渡した。エニアが自分と汽車のことを説明すると、少女のお父さんはエニアにお礼を言って、少女を抱き締め抱き上げた。

「本当にありがとう、エニアさん。娘が世話になりました」
少女を抱いたお父さんに、再度頭を下げられる。エニアは少し戸惑って、手をブンブンと振った。
「いえっ、あの、大したことじゃないので、ほんとに」
「お姉さん、ありがとう!」
エニアは照れくさくて顔を俯けた。
「あの、ほんとに大したことじゃないので。…そ、それじゃあ失礼します…っ!」

そして、お礼など言われ慣れていないエニアは、堪らず二人から全速力で逃げ出したのだった。


− 続く−



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