#4

エピソード文字数 1,553文字

 
「とりあえず、綾子さんと会う手はずになったから、お願いね」
 翡翠にそう言われて、晶良は電話を切った。
 綾子はこのためにわざわざ東京に来るのだという。新幹線の停車駅で会うほうがいいだろうという配慮から、翡翠があらかじめ品川に場所を決めてあった。
 品川のカフェで待ち合わせして、そこで詳しい話を聞くことにした。すでに相手とは連絡を取り合っているらしいので、当日に詳しく話を聞くだけだ。
「神隠し……」
 再び、その言葉をつぶやいた。
 神隠しとは生きた人間が何らかの原因で、幽り世【かくりよ】や妖し世【あやしよ】に連れ去られる現象を指す。
 連れ去る存在は魑魅魍魎から神霊まで様々だ。
 今回の神隠しがいったいどんな存在によって起こされた現象なのか、現地に行かねばわからない。しかし、その前に手に入るだけの情報を準備しておく必要があった。
 でなければ現地でその不可解な存在に足をすくわれてしまう恐れもあるからだ。
 晶良はソファに深く座り、足を組んで、考え込むように顎に手をやった。



 綾子は時間通りにカフェに現れた。かわいらしい印象の女性で、ショートヘアの栗色の髪が肩に当たって揺れている。
 フェミニンな白いブラウスに、淡い若葉色の膝丈のフレアスカートを着ている。
 ホテルには寄らず、そのまま待ち合わせ場所に来たらしく、キャリーバッグを引いてきた。
 先にカフェに着いていた晶良は、紅茶を飲みながら待っていたが、彼女の姿を見つけるとすぐに立ち上がった。それに気付いた綾子が晶良のほうへ歩み寄り頭を下げる。
「こんにちは、初めまして。高木綾子です」
 姿同様に可愛い声をしている。
「よくわたしだとわかりましたね」
 どこか面白そうな口調で綾子が言った。
「初めまして、一宮晶良です」
 にこやかな綾子に対して、晶良はどこか慎重な態度で彼女に座るように促すと、自分も椅子に腰掛ける。
 晶良はぶしつけなほど、彼女を眺めてから聞こえないようにため息をついた。
 そんな彼の様子を見て、綾子はニコニコとしているが不思議そうにしている。
「どうかしましたか?」
 これは言っておいたほうがいいと判断した晶良は、どんな客にもまず最初にしていることを見せた。
 晶良には綾子が翡翠に話したこと以上の何かを隠していると思った。その根拠を彼女自身が身にまとっている。
「まず最初に言っておきます。僕は人には見えないものを見ることが出来ます。例えば、あなたにまとわりついているこれ」
 そう言って手を伸ばし、綾子の肩を掴んで離した。
 いきなり肩を掴まれて、綾子は目を大きくして驚いたけれど、晶良の手の上にうごめく黒い塊を見て、思わず悲鳴を漏らす。
「ひっ」
 ガタンと椅子を押しのけて、綾子は数歩テーブルから離れた。
「な、なに……?」
 かわいらしい声が恐怖に震えていた。
 晶良は手の上のものを差し伸べる。
 その黒い塊はまるで黒いスライムのようで、ドロドロに蕩けた粘つく何かのようだ。生きているのか、蠕動し、うごめいているが、晶良の手と密着している部分は収斂して縮まっていく。指の間から漏れ出る粘体は床に着く前に蒸発するかのように霧になって消えていった。
「これは泥蛆【でいそ】です。人の欲を食う小鬼よりもたちが悪い。人の精気そのもの、湧き出す悪心を餌にしている黄泉の世界の存在です。さぁ、椅子に座って。もうあなたから切り離しましたから安全です」
 それでも信じられないという顔つきで、綾子は晶良の手の上の泥蛆を見つめている。
「これが取り憑いていると言うことは、あなたに何か尋常でないことが起きたと言うことですが、何か心当たりはありますか?」
 綾子の青ざめた顔が、一瞬引きつったように見えた。
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登場人物紹介

一宮 晶良(いちのみや あきら)

美貌の、残念な拝み屋。姉からの依頼で行方不明の高木俊一を探しに、岐阜の白山郷を訪れる。

岐(くなぐ)姉弟の営む民宿に滞在し、村に伝わる神隠しの伝説を調査することになり……

常に腹が減っている。

岐 幸姫(くなぐ ゆき)

岐家の長女。ししゃの家と言う屋号を持つ民宿を営んでいる。

24歳くらい。儚げな美人。

弟の久那(ひさな)ととても仲がいい。

岐 久那(くなぐ ひさな)

高校二年。幸姫の弟で、姉に似て美少年。

晶良にとてもなついている。

高木 俊一(たかぎ しゅんいち)

行方不明の男。もともと白山郷の出身。

高木 綾子(たかぎ あやこ)

俊一の妻。夫を探しに晶良とともに白山郷を訪れる。

清水 辰彦(しみず たつひこ)

白山村役場の課長。


浅野 怜治(あさの れいじ)

村立白山小学校の教師で郷土史家。

高木 俊夫(たかぎ としお)

俊一の父。大阪にある会社の代表取締役。白山郷の出身。

佐藤 良信(さとう りょうしん)

栄泉寺の住職。白山郷の言い伝えや歴史に詳しい。

水野 八重(みずの やえ)

村の最年長の老婆。村の言い伝えに詳しい。

田口 光恵(たぐち みつえ)

八重の孫。

堀 聡子(ほり さとこ)

八重のひ孫。

一宮 翡翠(いちのみや ひすい)

晶良の姉。晶良に今回の調査を依頼した。

諏訪 陽向(すわ ひなた)

晶良の友人の妹。大学一年生。

一言主神の巫女。晶良のマネージャー。

泥蛆(でいそ)

人の悪心、嫉妬、殺意、憎悪や、人に取り憑いた子鬼を食らうために、人間に取り憑き、精気を吸ってさらに悪い状態へ持って行く存在。

黄泉から来た。

小鬼(こおに)

人の欲に取り憑く。人間の欲を食べる小物。どこにでもいる。大抵の人間に憑いている。

瓜子姫(うりこひめ)

白山郷の伝承

あまのじゃく

白山郷の伝承

双体道祖神(そうたいどうそしん)

塞ノ神。村の境界にあり、厄災から守る。


白山郷では子宝の神様として祀られている。

白山郷

岐阜県の山間にある小さな村。世界遺産に登録されている。

合掌造りの家屋が有名。

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