『 街の外れの高い壁 』 (1)

文字数 5,968文字

     ◆


 角棒が、一閃する。

 それを鉄パイプでうけとめ、まわし蹴りをくらわし。
 つづくジャックナイフの腹にヒジをたたきこみつつ、すばやく移動する。

 ………ばりん!

 にぶい、不吉な響き。
 彼が瞬時に避けたガラス壜が、だれかの頭蓋に砕け散る。

 悲鳴。
 あらい息づかい。

 五寸釘のはえたバットのいきおいを手首の強さでひねり帰して三人を巻き添えにする。
(…キリがねぇな)
 呼吸ひとつ乱さずにあたまのすみで毒づく。

 すでに彼らの通過してきたあとには十数人かが倒れ伏しているはずで、さらに何倍かはいる人海戦術に、しかし、負けてやる気は毛頭ない。
 とはいえ、雑魚ばかり、目的もなく量をたいらげたところで、深夜の乱闘に面白みのあるはずもなかった。

 歓楽街のはずれで起こった争いは、俊足の彼の素早い移動に釣られて、ひとけの絶えた町はずれの工場群をぬけ。
 街灯すらない郊外の国有未利用地へと、じりじり近づいていく。

 遠くのわずかな照り返しのなかで、しかし彼の姿だけははっきりと紛れることさえなく、追いすがる者の眼前に浮かびあがっていた。

 夜目にもハーフと知れる東洋離れした白さ。
 凄惨なかがやきをはなつ両眼も、髪も、色調が淡い。

 長身。
 すきなく鍛えあげて細身にすらみせる筋肉。

 …無法者として、どこのグループにも属さず。
 勝手きままな、あまりにも傍若無人のふるまいに。
 ついにはK市の総番をして、配下すべてを投入しての騒乱に発展させた…

 その、彼が昼のあいだ(気の向いた時だけだが)身につけているのは、
 いまだ中学生、十四歳の制服ではある。

 進学やら戸籍上の問題やらそのほかで、覚えもない " 生まれ故郷 " へ引き戻されたのが、一年あまり前。

 育ちは、ニューヨーク。チャイナタウンも場末のあたりである。


     ◆


 製材工場をはしりぬけ、いまでは産量の激減した貴重な杉の良材…O市の主要な地場産業のひとつ…の山をかたはしからけり崩す。
 一本三メートルはある尖って堅い質量である。
 追手の、ひるんだスキに、さっさと三十六計をきめこんだ。

 総番とサシの勝負というならまだしも、その他おおぜいのカスどもを相手に、勝ち負けごときにこだわるほどのくだらないプライドの持ち合わせなどはない。
 生き馬の眼もぬく世界首都のはえぬきだ。
 つまりは、銃のあつかいも知らない田舎者をあいてに、まじめに勝負をつけようという侠気すら、縁のない性格なのだ。

 とはいえ敵にまわした人数のあまりの多さに、脚力にものをいわせての逃亡にも、方向を選ぶだけのゆとりは、なかった。
「……………糞っ!!
 もともとが市境の怪しい歓楽街のはずれで、始められた騒動だった。
 それでも東側、市営グランドの保護林のあたりへと抜けていられれば、姿の隠しようは、いくらでもあったのだろうが…

 企図とは逆に追い落とされてゆくのはO市の南西辺。

 土管や製材の山がまばらに忘れられている荒れ果てた国有地をぬければ、どこぞの重工の研究施設があるばかり、という、彼がこれまで足を踏みいれたことのない地帯であった。

「逃がすなっ!」
「車ァまわしてこい。ライトだっ」

 兵隊どもを叱咤する幹部連の声が、背後の、しかしまだ油断はできない距離の暗がりから響く。
 飛び道具すらかわしてのける彼の俊足の、人の耳にはおそらく聴こえないであろう微かな足音。

 それに応じてあたり一面の初夏の虫鳴きがぴたりと止まる。
 また、背なのうしろでぅわぁと湧きあがる。

 月のない、星だけの夜。

 満点の、ひとを圧する量感でせまる銀河。

 ただそれだけが群生する闇と光球の天蓋は、摩天楼、不夜城をほこるN.Y.とはあまりにも違う。
 その深くて濃密な闇の大気に、けれど、不自由はしなかった。
 カンを頼りと、夜目もかなり利くほうである。

 ほぼ全力疾走に近い速度で、起伏のはげしい荒地を駆け抜けていく。
 密生する野草の、夜露のしずくが大粒に足を濡らし、洗いざらしのジーンズが湿気を吸いこんで、幾分か重くなる。

 荒野を無尽にサーチライトが切り裂いてバイクや改造車がめくらめっぽうの索敵をはじめていた。

 ………今日こそは。

 というつもりなのだろう。
 実際この一年というもの彼はあまりにも好き勝手をやりすぎた。
 県下を仕切る古手の ” 組 ” の、もともとの本拠地だけあって、K市には裏街道の人間が多い。
 そんなにやりたい放題がしたいなら、いっそのことおまえが頂点に立てばどうだと、年上の友人たちから言われないわけではなかったが…

 覇権になど興味はないのだ。

 NYにおいては、某有名華僑系マフィアの総元締めからの…養子に来ないかという誘いですら、はなで嘲笑いつづけた彼である。
 今更なにがおかしくて、狭い日本のうらぶれた地方の小都市で、番なぞ張れるというのか。

 組織の、一部となること。

 我が身の一部として、組織を扱うこと。

 群れを率いるためには、どれだけの義務と責任を負わねばならないものか。
 ひとりの老爺の盛衰をまのあたりにして育ってきた彼は、本能で知っている。


     ◆


「…いたぞ、あそこだ!」

 ちぃぃっ!

 歯がみする。

 ひときわ強烈なライトが彼の影をながながと地面に縫い止めていた。

 十数台の単車やシャコタンが殺到する。
 最初のナナハンの乗り手をパイプでなぎ倒し、とりあえず足を確保すると、彼はふたたび南辺ふかくを目指してスピードを上げた。

 正面からぶつかって、勝ってしまってもまずいのだ。
 ワナをしかけるなら、K重工。

 こんな僻地にわざわざ造った ” 研究施設 ” なら。
 産業スパイやテロをおそれた警備員の一団くらい、傭っているだろう。

 ……噛み合わさせて、やろうじゃないか……

 邪魔になるパイプは捨てた。

 荒地から研究所への、塀をとりまく道の段差を利用して、バイクは高く跳ね上がる。
 それを蹴って、彼は前方へ。
 四メートルはある灰色のバリケード。
 その上の有刺鉄線すれすれに。

 かすめた一瞬、ただ服が避けるのとは異質なショックが襲った。

「!?」

 激しく焦げる、臭い。
 …が、からだをまるめた彼はすぐに着地。

 ころがって、伏せる。

 間髪を入れず、乗り捨てた単車が、塀に激突。

 爆発炎上。

 背後の天空が紅蓮にそまる。

「…事故っ …た……?」

「まさか。ワザとだ。」

「あいつなら、やるな」

 追手の、気をのまれた声。

 これで諦めて、引くならよし、塀の外側で待ち伏せするもよし…

「ロープを出せ!」

 K市とO市とをつなぐ街道の周辺は、峻険な山岳地帯だ。
 四輪駆動の改造車から、アウトドア必携品のナイロンザイルが、しゅるると。
 みごとに、塀と鉄線のあいだめがけて投げわたされる。

 腕自慢がとりついて、よじのぼる気配。
 …と。
 身も凍る絶叫。

 条網の支柱をつかんだ瞬間、蒼い炎につつまれたそれは。
 バネ仕掛けのようにそりかえり、はねあがり。
 悲鳴と火花の残像をひきずって、待ちうける仲間たちのただ中に落下した。

 恐慌。

 すでに絶息しているだろう、炎をあげて無機的な衝動に転げまわる、
 黒焦げの、モノ。

 受け止めてしまった幾人かが、仲間の絶命を恐れる暇もなく、
 燃え移った火炎を消し停めようと、上衣を投げ捨て悲鳴をあげながら土の上を転がっていく。
 意味のない喚き声。

 …だれが、考えるだろう。

 アメリカでは、ないのだ。

 さいごの戦争から半世紀もかるくこえる年月が過ぎ、治安維持率の異様に高い皇国。

 その、ごくふつうの田舎の町にしかけられた、致死レベルをはるかに超える…
 高圧電流の、鉄柵。

 …………おかしい……………

 おもう間もなく、暗がりにひそむ彼のかたわきから。
 あるとも思えなかった隠し扉が開いて。
 一群が、駆けだして来た。


     ◆


「コントロール! スイッチを入れろ! 探知システムに切り換えるんだっ」

 塀の出口から流れ出していく兵のかたわらで、指揮官とおぼしい男が通信器にどなっている。
「火を消せ! 一班、二班、追尾掃討。
 三班、機密をもらすな。死体は持ち帰れ!」

「…隊長。息のある者はわれわれ主筋(センター)に、検体用にもらい受けたいものだな」

 塀のそとから遠慮もなく響き始めたのは、銃声…
 それも消音拳銃などではない、皆殺しのための軍用掃討銃だと、彼には判る。

 悲鳴。

 凶声。

 かなり離れたところでの、単車のエンジンの爆発音…

「聞いてのとおりだ。とどめはさすな。…以上。」

 すぐに終ります博士、と、隊長と呼ばれた男は傲岸な白衣の人物にふりかえりながら、舌打ちしてひとりごちた。

「クズどもが。ただのチンピラ同士の抗争と、わざわざ場所を開けておいてやれば、図に乗りおって。敷地内への侵入を試みるなど…」

「失態だな、緑衣隊(グリーンズ)。社会からはみ出るような役立たずの能ナシどもなぞ、はなから始末しておけば面倒の無いものを」

「そうは言いましても、」
と隊長は反論する。
「徴兵制が成ったあかつきには、ああいった手合いこそが使いでのあるコマになるもので…。」

「フン。ところで、システムの稼働効率が見たいが」
「では、コントロールへ…」

 ふたりが屋内へと歩み去ったあとも。
 唐突にはじまってしまった阿鼻叫喚の争闘は、なかなか終わらない。

 パニックは起こしていようが、狂徒と化そうが。
 たしかに元々手前の身ひとつ、腕力だけで生きている輩である。

 銃を奪いとっての反撃に出るやつもいるらしい。
 兵士の側からも悲鳴や怒号が上がっていて、それなりに長引きそうだ。

 彼は、すばやく、命令者たちが消えた扉のなかへと、姿を消した。
 先程までとはうってかわった、敵を値踏みする獣の眼をして進む。

(何故だ…?)
 疑問を、ながく持ち続けるのは危険だと知っていた。

 生きのびるためには、切り捨てることだ。
 不必要に考えこんだところで、危険は、なくならない。

 なぜ、この国で。
 国衛隊などではない。あの緑色の制服は、どこの軍隊だと…?

 細心の注意をはらって指令者たちの後を追う。

 このあたりはまだ建物の外縁にすぎないせいか、警備はいたって手薄だ。
 外の騒ぎの影響もあるのだろう。

 廊下の角をうかがったところで、 ” 隊長 ” に敬礼をささげつつ、入れ違いにやって来る兵士の姿を見つけた。

 いちか、ばちかだ。

 壁に身を寄せて間合いをはかる。

 相手の曲がってきしなに跳びかかり、声も出させず、一瞬で、
 ヒジをまきつけて締めおとす。
 認識証のついた上着と帽子をうばい、シャツで縛りあげておいて物陰へ。

(………くそっ。どっちへ行った!?)

 しかしそれなりには手間どってしまった。
 あわてて追ってはみたが、案内役はとうに見えなくなっている。

 目的は、コントロールとやら。
 この建物の、おそらく中心だ。

 秘密基地内に標識地図なぞ張りだされているはずもなく。
 全体像すらわからないでは、ここは完全な迷宮だ。

 カンで、走った。

 急ぐ必要がある。

 もともとの追手が全滅しきらない、今のうちだけがチャンスだろう。
 自分はやつらの仲間じゃないなぞ言ったところで意味はない。

 ここをどうやって、抜け出すか。

 訓練された兵団の強さなら分っているし、スキもある。
 それよりも。

 こわいのは自動制御の迎撃だ。

 だからこそ、コントロールの破壊。
 脱出するには、それしかなかった。


    ◆


 # ソコノ兵士、停マリナサイ #

 とある一角に踏み入れたとたん、壁や床の素材が。
 変わっているのに気づくよりも速く、合成音声の警告を受けていた。

 # ココカラ先ノ一般兵ノ立入ハ禁止サレテイル。
   ぱすわあど及ビ進入目的ト、命令者名ヲこんそおるニ入力シナサイ。
   クリカエス。
   ココカラ先ノ… #

「…うるせぇ!」
 低い声で、彼は罵った。

 気のせくあまり注意をおろそかにした自分のミスだと腹をたてている。

 つぎに侵入者の身に起こるのは、情け容赦もなく機械のみの判断によって自動的に” 排除 ”されるか。
 警報が鳴り響いて、押しよせる兵士のむれに追い回された挙句の、間抜けな死か…

 …なぜ、先ほどのあの緑衣兵から、銃を奪いとって来なかったのか。
 …せめて、武器があれば…

 弱冠十四歳の少年は、この場にそぐわない自嘲の笑みを浮かべる。

(隠しナイフのひとつもない丸腰だとは、田舎(やまと)暮らしですっかり甘くなったじゃないか。え?)


 # ぱすわあどヲ! #


 警告を繰り返しながらも、レーザーの銃口が、カタリと鎌首をもたげ。
 聞きながら冷汗を浮かべて、彼はトンボを切って瞬時に交わして、
 逃げ出すタイミングを…
 見ていた。

 …まにあわない。

 一瞬、さすがの彼も血の気のひくおもいをする。

 そのとき。


『 入力しろ!

 RYONO。

 特別パスワードは

【 RYONO NEEDS YOU, NATSUKI.》

 だ。

 …急げ! 』


 白く、輝いた。

 コンソールの…

 画面の上に、閃く巨大な白文字。


     ◆


 悩む暇もためらう間もなく、反射神経だけでキーボードをたたく。

 爆発するほどの光量でもって彼に行動を(うなが)したのは、パスワードと必要事項を入力しろと要求して点滅していた壁ぎわの端末の。
 画面の上半分を分割してのメッセージだ。

 ひとたび消えたと思うと再度、さらにいくつかの指示をならべ。

『長すぎるハックはばれるから』と、
名乗りもせずに早々にコンタクトを切った。

 画面の下半分では『特殊パスワード了承』のサインに続いて、プログラム読み込み中を示す一連の文字が揺れている。

 すでに狙いを定め終えていたレーザ-銃が。
 静かに無言で首をおとすまで…、
 わずかに数秒ほどだった。



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