『 朝霧の公園風景 』

文字数 1,516文字

     ☆


 沢木兄弟の早朝トレーニングは既に二十年近くも続いてきた日課である。
 その、彼らが、公園に現れる子どもに注意を向けたのは十月も半ばにさしかかろうという頃だった。

 子どもと呼ぶより、もはや少年と言った方が的確かも知れない。
 ひょろりと背ばかりが先に伸びてしまったような体格をして、痩せた体がよくしなう度に、練られた筋肉がくっきりと浮かび上がる。

「結構、続くなあいつ」
「ああ。」
 沢木の双児の年季の入れ方は並ではない。だからこそ言えるのだが、陽も昇りきったような真夏の六時台頃ならばいざ知らず、まだ暗い秋の始めの早朝の三時四時に起きだして来て、毎朝の自主トレを続けられるような者は決して多くはない。
 大抵が三日坊主、良くても一~二週間のうちには雨の日などを契機に挫折してしまうものを…

 少年は、既にひと月と半、ねばり抜いている。

 ある朝、双児の弟・邦彦(クニヒコ)の方がついに無言のまま公園を突っ切り始めるのを見て、民彦(タミヒコ)も苦笑して歩き出した。

「…よう、坊主。随分と頑張るじゃないか」

 近寄って見ると混血(ハーフ)なのだろうか。
 日に焼けてはいるが白い肌に、茶色いバサバサの髪をしている。

 ぎろりと、きつい瞳が2人を拒絶した。

「見かけない顔だよな。おまえのやってるの、それ何だ?
 空手と、太極拳が少しずつ入ってるみたいな動作だが」

「………我流。」

 邦彦の好奇心まんまんの質問を無愛想に()ね除けて、流れ続けるような物騒な攻撃の動きを停めようともしない。

「…あ、ほらそこだ。そこで、腕をこう。逆側にひねるようにするんだよ。
 その方がバランスよく力が入る筈だと思って、気になってたんだ。」

「何?」

 (いぶか)しげに眉をしかめて、少年はようやく向き直った。

「クニヒコは、だいぶん色々な武術を齧ってるんだ。多分正しいと思うよ。」

 追いついて来たタミヒコは穏やかに付け加える。

「………こう… か……?」

 つられたように、少年は幾度か教えられた動作を繰り返し、納得したらしい。
 本職が武術指導者である邦彦が調子に乗って、ああもやって見ろ、これは出来るか? と、はしゃぎ出すのを民彦は傍らで微笑って観ている。

 驚いた事に、国体上位入賞レベルの邦彦ですら何ヶ月もかかって体得したような難しい技を、数度その動きなぞるだけで、少年は呑み込んでしまえるようだった。

「…子どもだから、まだ体が素直なんだな」
 邦彦が、やや悔しさすらにじませて、呆れたように言う。

 だが、その年齢で高等技を実行できるだけの基礎力を、既に身につけているらしい事の方が、中学教師を天職と心得る民彦にはむしろはるかに不思議なのだった。

 いまだ、十二歳だと言う。
 いわゆる帰国子弟のため、米国の学校を六月で(スキップして!)卒業した後、日本の学制が始まる四月まで、隣市である県庁所在地の、公認日本語学級に在籍している…
 らしい。

 肌寒さも厳しくなりつつある十月の東の空が白み始める。

「…おっと。もうこんな時間か」

 時計をのぞき込んで邦彦が慌てる。
 部活の朝練指導に向かわなくてはならない。

「おまえも、そろそろ帰るんだろ。続きはまた明日仕込んでやるよ。
 良かったらぼくらと一緒にやらんか? …あ、そうだ、名前何て言うんだ」

 にやりと…
 生意気に、少年は頬笑んだ。

「杉谷ってんだ。よろしくな」


 朝霧が、白く漂っている。




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