文字数 1,404文字

 KはSとはあるサークルで知り合った。SはKとは同学年だがKより二歳年上だった。Sはサークルにもあまり姿を見せず、ほとんど幽霊部員といってもよかった。Kと特に親しかったというわけでもないのだが、どういう経緯か、KはSからアルバイトの口を紹介されて、同じ店で二人で働くことになった。
 Sは、一見俳優のような整った顔立ちをしていたが、いつも他人をバカにしているような所がどこかにあった。真面目な顔つきをしていても、どうしてもその歪んだ唇の辺りに嘲りの色合いが浮かんでしまう。そしてSは、その年頃の学生にはよくあることだが、自意識過剰気味の、理屈っぽい性格の男だった。攻撃的で、他人をすぐに嘲弄する性格のために、Sはサークル内でも孤立していた。
 そのSが、Kに対してはなぜか態度が柔らかだった。Kの人にものおじしない性格を、良い方向に誤解したのかもしれない。Kが相手だと自己防衛のガードが取れて、Sは屈託なくよく喋った。KはあまりSの話の内容には興味を持てなかったが、話を聞くのは好きだった。Kはいつも聞き役だった。たまにKが感想や反論めいたことを言っても、Sはまったく相手にしなかったし、Kの方でも別に苦にもならなかった。そうやって現実離れしたことを長々と話せるSの能力をKは尊敬していたし、Sがただ一方的に話す相手として自分を利用しているのだとしても、好きにすればいいと考えていた。
 その日、Sは何の前触れもなく、アルバイト先に髪を金色に染めて現れたのだった。仕事のあと、SとKはそろって店長に呼び出された。店長はSに、髪の色を戻すこと、それができなければシフトには入れられないことを告げた。Sは理路整然と反論したが、店長は頑として譲らなかった。Sは、それじゃあ今日限りでやめますと言い捨てて、Kと一緒に店を出た。
 歩きながら、Sは店長のことを嘲弄し始めた。Kは黙って聞いていた。Kとしては、Sには考え直して自分と一緒にアルバイトを続けてほしかったのだ。だが、Sが髪の色のことを話し始めたとき、Kはとうとう黙っていられなくなって、めずらしくSに反論した。店は客相手の商売なのだから、髪の色を不快に感じる客が多いのであればそれを禁止するのは仕方がない。君は店長や客がこうすべき、こう考えるべきということを語るが、そんな「べき論」では商売は成り立たない。店長や客を説得し、啓蒙するなどということを考えるのは非現実的である。するとSの方でもさまざまな理屈を並べ出した。実に執拗な議論だった。いつも理屈をこね慣れているだけあって、意外な切り口から攻めてくるその手腕にはKも感心させられたが、それでも納得はしなかった。筋が通っているかどうかは関係なかったのだ。KはSの能力を尊敬はしてたが、仮にも現実世界で起きる問題については、Sの権威を認めてはいなかった。Sは抽象的な議論は得意かもしれないが、現実を知らない。Sは現実の壁といったものにぶち当たったことがない。一方で、自分はSのような抽象の世界ではなく、現実を、現実のことだけを日々考えて生きているのだ。いくらSの議論が巧みだとしても、この現実という一点においては、自分は折れるわけにはいかないのだ。
 駅前でKはSと別れた。ほぼ喧嘩別れという形で、最後まで険悪な雰囲気のままだった。それっきりSはバイトにも、サークルにも来なくなった。Kは一人でそのバイトに通い続けた。
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