往信

文字数 2,168文字

 櫻のつぼみがふくらみ春を感じる季節となりましたが、いかがお過ごしですか?
こうしてペンを持って、きちんと机に向かって手紙を書くことは私にとって滅多にないことで、途中文章がおかしくなってしまうかもしれないけど、笑って読んで下さい。(万年筆で書いているから黒いシミもあります、ごめんなさい)
 私は地球が滅んでしまう前に、できるだけやっておきたいこと、やりたいことを今しているの。でも、そんな実感、心の中ではまだしっかり持てていないみたい。だってみんな普通に仕事したり、遊んだり、学校行ったり(私たちはもう卒業したけど)平凡に生きているから。やっぱり地球滅亡はただのデマでした、で終わるのかな。そうであってほしいと願って、本来ならメールでいいものを手紙で書くことにしました。
 だけど結局、地球は滅亡するんだよね。
 ユリカは今、何をしているの?私と違ってきっとあなたのことだから、大切な人に「ありがとう」と悔いの残らないように生きているんだろうね。
 私はあの時から今まで、ユリカのことが一番の憧れであり、いつかああいう人になってみたいと願うこともあった。三年のクラス替えで組がバラバラになった時も、ずっと気にしていたの。
 ユリカに初めて会ったのは、中学の入学式だね。高木のタ行だから、ちょうど教卓の前の一番目立つ所に座っていて、何もしていないのにあなたからは、とてつもなく明るいオーラが見えた。私はそれを見た途端、急にユリカのことが気になりだしたの。それで式が始まる前、トイレから出てきたところを捕まえてこう聞いたの。
「何ていう名前?」
そしたら、にっこり笑って名前を言ったの。
「高木ユリカ」
その笑顔の美しさと声のトーンの響きがいつまでも頭の中に残っていたのを今でも覚えてる。そしてこう思ったの。
――この子には負ける
別に勝負をつけたかったんじゃないの。この人に私は勝つことができない、この人より上をいくことができないって一瞬のうちに悟ってしまった。でも、今日まで私たちは親友であり続けることができた。
 私はユリカの友達になれて、毎日が幸せだった。そばにいるだけで、同じように笑い、喜び、学校生活を楽しむことができた。
 だけど、どんどん関係が深まるにつれて、私はしだいに周囲から比較されることが多くなっていった。たとえば、同じ作文でもユリカのほうが文字数が多ければ「さすが高木は神崎とは違う」って先生に褒められて、バレンタインのチョコの数もユリカの方が多くて、お返しが大変と言ったのもあなたの方だった。いつもそんなユリカがうらやましかった。
 中三の夏になると、私たち演劇部は学園祭で演じる劇に向けて稽古が始まった。当然ユリカは主役に抜擢された。だってそうよね。何もかも完璧な人だもの。主役にだって、そう苦労しなくても簡単になれるわよ。ただしそれは、私にとって唯一耐えられなかったの。
 私は幼い頃から劇団に通い詰めで、大好きだったピアノやバレエの時間もしだいに全て演劇に変わった。その頃、私は演じることが好きでもないし、嫌いでもなかった。じゃあなぜそこまでして演劇に身を投じたのか。それは母が女優だったからよ。
 ユリカには話した事が無かったけれど、私の母は「榊原瑠璃子」っていう昔は一世を風靡した女優だったの。確かに演技力はそれなりにあったし、なにしろ美人だったから(残念ながら私は父似な訳で…)ドラマなんかに出ると、それはもう反響が良かったそうよ。私はそんな母を同じ演劇家として尊敬していた。また母は、自分の遺伝子を娘に継がせたかったのか、私に演じ方を熱心に教えてくれた。
 でもね、母も定例演劇会で演じる私とユリカを比較するようになった。ユリカの方が良い役で私の方がイマイチな役。母はそれを見て「私の顔に泥を塗るな」って怒ることが多くなった。私は悔しかった。演劇をしてきた年数は私の方が長いのに、なぜユリカの方がいつも良い役なの?
 この世界は理不尽よね。一部の優れた人が主役の座にいて、その他の人はただの引き立てや役だもの。私はその時、ずっと耐えてきた何かが崩れて、あんな事をしてしまった。
 もうユリカは分かっているよね。私がこの手紙を書いた理由を。私は主役だったユリカを恨んで、本番二か月前に台本を盗んでしまった。私の心の中ではユリカは困って舞台から逃げ出すんじゃないかと思っていたのに、あなたはやりとげた。何事も無かったかのように主役を演じきった。私はその時の姿を見てこう思ったの。
――この子には負けた
私はユリカと自分を比べるのをやめた。
 私は私。ユリカはユリカ。
 そしてようやく気付いたの。私はなんて馬鹿だったんだろうって。完璧な人を完璧で無くすのは難しい。いや、そもそもこの考え方自体がダメだったんだって。
 もう遅いけど、本当にごめんなさい。
 この手紙を書いて私の気が済むだけなのかもしれない。だけど、死ぬ前に絶対に謝らなきゃいけないことだから、勝手にごめん、と謝るよ。
 私は馬鹿な奴ね。そんな私と友達でいてくれたユリカはかけがえのない人だよ。今までありがとう。そしてまた、来世で会いましょう。

                                      神崎渚
 
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