I Fought The Law

文字数 9,808文字

〜金が欲しかったんだ、だから法律と俺は戦った〜 


 
 あんたが何でその事を知ってるのか知らないけど、こんな犯罪者の昔話が聞きたいってくらい退屈してんなら話してやるよ。

 そうだ、あの日は夏の無茶苦茶に暑い日だった。よく覚えてるよ。
 俺は十五か十六だった。仲間のルディと二人で、俺がガキん時に入れられてた施設に盗みに入ったんだ。
 筋書は決まってた、施設の裏口から入って、施設長のジジイの部屋から金をいただく。裏口の錠前は常にロックされてんだけど、あそこの錠前は他んとこよりサイズが小さいから、バールでもありゃ簡単にこじ開けて中に入れるんだ。
 
 俺はガキの時も玄関から入るより、そんな風にしてあえて危険な方法でくだらない毎日を刺激的にしてたんだよ。子どもの頃に身につけた作法と技術は、大人になっても身体に染み込んでるってわけだ。生きるための知恵ってやつさ。

 中に入るとすぐ炊事場が有る。毎日そこで、親に捨てられたガキ共に食わせるための水っぽい豆のスープが煮られてた。懐かしい匂いがしたが、それどころじゃない。さっさと金を手に入れて、おいとましようとルディに言った。
 俺はルディを見張りに立たせた。中の構造は当然OBの俺が熟知してる。炊事場の先は、あの忌々しい懲罰室が有る。反対側には廊下が伸びていて、脇に施設長のジジイの部屋がある。つまり、この位置からなら誰がやって来てもルディが見張っている限りすぐ分かるってわけだ。
 そんで、俺は早速、ジジイが居ない事を確認して部屋に忍び込んだ。この施設で金が有るとすれば、一部の職員が寝泊まりしてる寄宿棟かジジイの部屋だ。
 
 当然、寄宿棟は常に人が居る可能性があるし、金を盗み出せばたちまち騒ぎになるだろう。だが、ジジイの部屋に置いてある金庫は荒らした所で数日はバレやしない。なぜって、あのジジイ、儲け過ぎて金庫の金には手をつける必要がないんだ。要は贅をつくしたインテリアなのさ。
 それに、金庫の番号を知ってる者がジジイ以外にいるって、誰が思う?つまり、番号式金庫だから大丈夫だっていう、連中の油断が俺に金をお恵み下さるのさ。まったく、ありがたいお話だ。連中が気づく前に金を使っちまえば、証拠なんて何も残らないだろう。
 断言しても良いが、俺はこの施設に放り込まれて良かったと思えるのは、実にこの一点だけだ。あの頃から俺はこのジジイの金をいつか盗んでやろうと観察してたからな。これに関しちゃ、本当に神に感謝してるよ。他の厳重な施設だったら?到底こんなマネはできなかったろう。

 俺は金庫から10ドルほど抜き取って、引き上げた。あまり多くギると、いくら能天気な連中が相手でも大騒ぎになる。
 ルディと金を山分けして、俺は酒場に飲みに行く事にした。ルディは愛しいカミさんが家で待ってるからって、さっさと帰っちまいやがった。ちなみに、カミさんには、ルディは港で荷下ろしの仕事をしている事になってる。コソ泥のくせに、女にはつまらねえ見栄を張るのさ。
 
 酒場で朝まで飲んだ。そんで、帰る前に脇の路地裏で小便をしようと思って入っていった。すると、そこに女が寝てんだよ。一目で浮浪者だと分かる、ボロキレを身に付けた女だ。このくそ暑い夏だってのにブルブル震えて、しきりに咳き込んでやがるんだ。おまけに血まで吐いてた。
 その女ときたら、俺が目の前に立っても、まるで反応せず、ただ一点を見つめて震えてばかりいるんだ。とっくに絶望してるって感じだった。

 よく見ると、そいつがジルだったんだ。ジルってのはあの忌まわしい施設に俺がぶち込まれた日、その同じ日にぶち込まれた、俺より年下の女の子だった。
 そう、最初っから一緒だったんだよ。当然、すぐに親しくなった。部屋も同じで、まだ小さかったジルは誰よりも俺を頼って、いつも後をついてくるんだ。まるで生まれたばかりのひよこが、最初に見た者を親だと思うみたいにさ。たまたま同じ日にぶち込まれたってだけでな。いや、子どもってのはそういうモンなのかもしれないな。

 とにかく、俺の妹みたいなやつ。俺はずいぶん長いこと施設に居たが、ジルは先にどこかの家へ貰われて行った。小さい女の子は、貰い手には不自由しない。ただ、そこで幸福になれるかどうか話は別だがね。幼児趣味の富豪とか、買春屋に売られるか、そんな噂は実際、マジなんだ。ほら、寄付金ってあるだろ?連中にとってあれは、言わばガキを購入するための代金なんだよ。あんな施設、国家公認の人身売買仲介業者みたいなもんだ。全てがそうってわけじゃないけど、少なくともあそこの連中はそうした事をやってた。
 で、俺みたいな知能テストで底辺の成績を叩き出す優等生には容赦ない罵倒とムチをご馳走してくれる。俺は散々、ここのジジイとババア共にコケにされたのを覚えている。字が書けねえからと飯を取り上げられ、顔が卑屈だからと殴られ、挙げ句の果てに他のガキにこう言うんだ『あのような者にだけはなってはいけませんよ』まったく、聖職者というやつらはどうしてああも涼しい顔して残酷なやり口を思い付けるのか、俺には分からないね。

 ジルは最後まで俺から離れるのを嫌がって泣いてた。俺はその時、まだ何も知らないガキだったから、ジルにこんな事を言った。
『お前はここから出ていく方が幸福なんだよ。なあに、俺もすぐ出て行くさ。きっと会いにいくから、元気に待っているんだぜ』
 ジルは俺のこの言葉を聞くと、泣くのをやめて『分かった!きっとだよ』と言ったんだ。そんで、手を振って別れた。
 思えばこの時もだ。無知な俺があいつを騙したのは。もちろん騙すつもりなんて、これっぽっちも無かったんだ。本当なんだ。

 話を戻すが、そのジルが半裸同然で血を吐いてんだよ。
 俺はたまげて、ジル!ジルじゃねえか?とかけよった。
 ああ、もちろんジルだった。間違えるわけがねえ。ジルの方も俺をしっかりと覚えてて、うそだ!ああ、何て事!なんて、泣き出すんだ。前歯の抜けた、ニキビだらけのひでえ顔だった。どうしてあんなに変わっちまってたのに、あいつだって分かったのかは、俺にも分からねえ。

 聞けば、ジルは施設を出てから、さっき話したような人生を送ってたらしいんだ。概ね、さっき言ったような流れさ。その、なんていうか、貰われた先はやはり幼女趣味の変態で、そいつにいいように扱われたり。それが嫌で逃げ出したらしいんだが、そんなガキが食ってくっつったら買春やストリップで稼ぐか、盗みをやるしかないんだよ、実際。十二や十三のガキを誰が雇うってのさ?仕事なんざ逆さにしたって見つからないこのご時世で。
 んで、ワルの仲間と寄り集まって暮らしてたものの、股から膿が出たり歯が抜け落ちたりする変な病気になっちまって、その仲間からも気味悪がられて弾き出された、稼ぎがねえから当然飯も食えずに、とうとう本職の浮浪者になっちまったという。
 おまけに、俺はその存在さえ知らなかったわけだが、流行病というやつにかかっちまってるそうだ。

 俺はジルを家に連れて帰る事にした。最初、すぐにウンと言わなかった。なぜかと思ったが、それは今なら分かる。ジルは俺に面倒をかけたくなかったんだ。俺はそんな簡単な事さえ気づかないバカだったって事を前提にしといてくれ。

 しばらく俺の家で休ませ、飯を食わせたりしたんだが、ジルの具合はちっとも良くならなかった。当たり前だが、流行病は自然には治らない。それどころか、ほっとけば間違い無く死ぬ。
 なんてったって、国が隔離病院だの衛生隊員の派遣だの、穏やかじゃ無い政策を取ってるぐらいだったから。なぜそれが穏やかじゃないのかって?まぁ、聞きなよ。

 ジルはこう言った。
 あたいと一瞬にいると病気が移る。そしたらあんたまで連れていかれる。そんなのイヤなのよ。ってね。
 俺はこう言った。何を言ってるんだ、病気なら医者へ行けば良いじゃねぇか。と。

 そしたら、この病気は偉い人か、相当のお金持ってる人じゃないと治してくれない。あたいみたいな浮浪者は、さっさと隔離病院に他の感染者達とまとめて死ぬまで閉じ込められちまう。知ってるんだ。だからああして、隠れていたんじゃないか。どうせ死ぬなら、あたい、誰もいないとこで一人で死にたい。こう言うんだ。

 俺は正直なとこ、そん時はこいつバカなんじゃないかって思ったよ。
 だって、そりゃ確かに今はこうして無茶苦茶な熱と喀血でうなされてるけどさ、それでお前、死ぬわけねえじゃねえかってね。ヤバい病気だなんて思いもしなかった。
 俺にはジジイから盗んだ金がまだいくらかあったから、ジルを医者に診せてやろうと決めた。
 
 翌朝、軽い気持ちで医者んとこに乗り込んで行った。ジルには黙ってた、驚かしてやろうと思ったんだ。
 そんで、聞いてた病気の名前や、症状とか、ジルがどんなやつかとか、それをそのまま伝えたんだ。
 するとあのヤブ医者は、少し外で待っててくれなんて言って、その隙にコソコソと奥の電話機で例の隔離病院の人間に密告しやがったんだ。
 同時に、ポリまで寄越しやがった。運の悪い事に、先の盗みやその他もろもろのつまらない悪事をチクられてて、金を没収された上に牢屋に入れられちまった。俺のあらゆるツキが無くなった瞬間と言っていい。
 おまけに、ポリ公の野郎、牢屋に俺を蹴り込んでから信じられない事を言いやがった。

 その隔離病院の連中は明日の昼には俺の家にやってくる、と。
 ちょっと待ってくれ、明日の昼だって?それじゃジルはどうなるんだって俺は聞いた。

 冷血非道のポリ公は、平然と言い放った。当然、隔離病院に入れられるだろう。薄汚い浮浪者の女だ、野良犬を処分場に放り込むのと同じだ。とね。
 俺は金を工面して治療費を払うから、隔離病院にだけは連れて行かないでくれと悲願した。血のつながりはないが、ジルは施設で俺だけを信じていた妹のようなやつなんだ、そんな薬臭い処刑場に閉じ込めるわけにはいかない、俺は裁かれて当然だが、どうか少しだけ時間をくれないかと。
 しかしポリ公は不気味な笑みを浮かべるだけで、うんともすんとも言いやがらなかった。

 俺はこの時ほどポリ公が恐ろしいと思った事はなかった。
 俺のような悪党が相手ならともかく、病気で生きるか死ぬかの人間、それも子どもみたいな女を、こうもウジ虫同然に扱ってみせる神経が恐ろしかった。
 しかし、あーだこーだポリに訴える手間が省けたと思うしかない。いずれにせよ、こいつには何を言っても無駄だったんだから。なにせ、俺は一刻も早くここを抜け出し、ありとあらゆる手段で金を掻き集めなきゃならなかった。
 なぜって?ジルが言ってたじゃないか。相当の金がありゃ診て貰えるってね。急いで隣の町まで行けば、向こうの連中はこの村の事情をまだ知らないはず。身なりさえ整えて金を積めば、医者は分け隔てなく診てくれるだろうって寸法さ。
 その時は空前のアイデア、神が叡智を授けてくれたかと思ったよ。

 俺はとにかくポリ公を欺いて脱走しなきゃならなかった。どうするか、少ねえ知恵をぶん回して考えたさ。
 そして、我ながらと思う策をひらめいた。俺も例の病気になっちまった事にすれば良い。咳き込み、あえて舌を噛んで血を吐くフリをし、そしたらポリの野郎だって、俺をここから出したくてたまらなくなる。なぜって、潔癖至上主義の公務員様の事だから、人を虫けら以下にする病が我が身に降りかかる事を最も恐れてるはずだ。
 さすがに家には返してはくれないだろうが、少なくともこの牢屋から出して、どこか別の密室へ閉じ込めようとするだろうと俺はふんだ。一瞬でもここから出られれば、うすら鈍いポリをぶちのめして逃げるなんざ容易い。

 俺は早速、シバイを打った。バカな観客さんは、想像以上に小せえ肝っ玉してたよ。大慌てでさ、一人でてんてこまいだった。
 俺はこう言ったんだ。
 分かった、正直に全て話す。そうさ、俺は散々悪事を働いてきた。何を言っても信じてもらえないのもわかる。もう終わりにする、誓うよ。最後ぐらい人に迷惑をかけないように死にたいしな。どういう意味かって?保安官、あなたは今すぐ手と喉を消毒してくれ。そこにエタノールがあるだろう。ここまで言えば何が言いたいか分かるね?俺は、感染者と一緒に住んでるんだぜ?黙っていて悪かったが、このまま俺がここに居ては、あんたも間違いなく感染する。どこか俺を密閉できる場所に連れていってくれ。俺は人殺しになりたくない、分かってくれますね。

 我ながら、男優賞並みの、迫真の名演技だった。臆病者のポリ公は、俺の仕掛けにまんまとハマりやがった。ヒイと悲鳴を上げるや否やエタノールを浴び、タイで呼吸器を覆うと、俺を牢屋から出しちまったんだ。考えられねえだろう。サツが脱獄の手引きをしたんだ。この自他とも認める劣等の口車に乗ってな。重罪さ。実刑はこの俺の手で喰らわせてやった。便所の前に置いてあった銀の燭台、そいつで野郎の足りねえオツムに喝を入れてやったのさ。人を人とも思わない思考を叩き潰してやろうというんだ。
 やっこさん、不意を突かれたからか、一撃でのびちまいやがった。こんな軟弱で威張りくさるしか能のない卑劣漢が村の治安を請け負っているようじゃ、危なっかしくておちおち買い物にも行けねえなと思った。

 脱走に成功した俺は死ぬ者狂いで走り、家に戻った。
 とにかく一度ジルに会わずにはいられなかった。ジルの顔を見たかった。しかし、全てを打ち明ける事はできなかった。俺は嘘つきで、卑怯者だった。
 
 俺が帰ると、ジルは相変わらずヒューヒューと苦しそうに呼吸をしていたが、それでも自分で身体を起こして笑ってくれた。すぐに二人で隣町まで行きたい所だったが、俺はこう言った。
 今日の夜、隣町に行こう。金のアテがついたんだ。あと、医者に行って来たら、ドクターが言うにはこの田舎の設備じゃあ、ちと荷が重いらしい。心配はいらない、お前は治るんだよ。だから大きい病院に行けと勧められたんだ。少し待っててくれ、金と馬車の支度をしてすぐ戻ってくるからな。

 ジルはそれを聞いて元気が出たらしく、ほんとかい?ありがとう、ありがとう!と何度も言ってた。
 当たり前だがジルは死ぬのが怖かったんだ。助かると思って元気が出たんだろうな。
 いいかい、大人しく待ってろ。そして、誰が来てもドアを開けるな。ああ、その、ほら、人に移しちゃまずいだろう?それに、女を連れ込んでるなんて知れたら、ひやかされちまうしな。俺は鍵をかけて持っていくから、俺以外の者が来ても決して開けるなよ。居ないフリをしろ、いいな。とにかく眠って、出発に備えておくんだ。
 ジルは、うんうんと頷き、早く帰ってきてね、待ってるよ。と言った。
 俺は、任せとけって、大丈夫すぐだと言ってから、ジルは感染してしまうから止してと言ったけど、頬にキスをして、抱きしめてやった。
 ジルは悲しいのか嬉しいのか分からない不思議な顔をして、涙流して、ありがとうね、あんたは本当に…あたいの…。って言ったんだ。

 そして俺は村をかけずり回った。
 とにかく、俺は金の有る無し、交流の浅い深い問わず、とにかくあらゆる知り合いに事情を話し、頭を下げて回った。金を貸してくれとね。
 今思えば、どれぐらいの額があれば良かったのかも分かってなかった。とにかく、1セントでも多く掻き集めて行きゃあ何とかなると思ってたんだ。愚かな事この上ないがね。そもそも、金がありゃ本当に診てもらえたのかも定かじゃないってのに。
 
 これまで頭なんて下げた事の無い俺がだよ。不思議はもんでさ、あれほど他人に頭を下げたり、何かを悲願するって事を嫌悪してたのに、あの時はいくらでも下げられたんだよ。
 マジで頭なんざいくらでも下げてやるさって感じだよ。それでどうにかなるんなら、俺の誇りとか、名誉とか、地位とか、そんなもん元から無いんだけどさ、全部売っぱらっちまえば良いって思った。
 
 でもね、実際、頭なんか下げたってビタ一文にもなりゃしないんだ。
 俺は本当に甘かったというか、世間ってものを知らな過ぎた。ごろつきの俺でも、本気で頭を下げ、すがれば、人は助けてくれると信じてたんだ。まったく信心深い男だったよ。
 ところが、連中、俺が地面に頭を擦り付けたって、ヘラヘラ笑ってやがるんだ。こうしている間にもジルは、血を吐いて苦しんでるってのに。
 まあ、連中にしてみりゃそんな事は関係ないんだって、冷静な頭の今なら理解できる。
 得体の知れない病気を持った浮浪者の女なんざ、くたばりかけの野良犬と何が違うってんだ。ええ?

 最後、ルディのやつんとこに行ったら、何て言ったと思う?
『そんな女は、死んだ方が世の中ためだぜ。関わるな』なんて真面目な顔で言いやがった。
 てめえが言えた柄か?てめえだって嘘吐きのコソ泥じゃねえか。腐ったドブ底を貼り付けたような顔の嫁とちちくり合うしか能のないくせに。誰のおかげでそうしてシャツを着てサンドイッチをパクついていられるんだ?

 俺は、殺してやろうかと思った。
 でもその時の俺は、普段の瓜頭じゃなくなってた。一瞬にしてそれがどれだけ恐ろしい結末に繋がるか計算できたんだ。
 そう、俺がこの場でやつに暴力を振るえば、奥でふんぞり返ってるルディの嫁が悲鳴を上げ、瞬く間にポリ公を呼び寄せるだろう。
 そんな事になれば、誰がジルを隣町に連れていく?誰があいつの治療費を掻き集める?本当に、俺はその一点にかけちゃマジだった。
 俺はルディの家を出て、施設のジジイんとこに行った。二度とツラを見たくない野郎だったが、神父の詐欺師もダメ、その他もダメとくれば、最後そこしかなかった。
 限りなくゼロに近いが、可能性があるとすればあそこだけだった。だって、一応、ジジイは俺やジルの親父だったわけだからな。これは本当にクソみたいな建前だが。
 俺は藁にも縋るってやつで、やつに一抹でも良心が、あと親心?っていうものがある方に賭けたんだ。

 言うまでもないが、野郎もジルに一銭も出しゃしなかった。
 その代わりにあのジジイ、俺が現れたってだけでポリ公を呼びやがった。信心深い自分を、悪党が脅かすのです、なんてのたまってた。
 信心深いだって?人売り業で私腹を肥やす貴様が?生簀の中で、水で薄めた豆スープでガキを飼育し、劣等には徹底的な差別を加える貴様が?頭の先からつま先まで根っからの『あきんど』でしかない貴様が?
  
 俺は打ちのめされてた。刻一刻と時間は過ぎていくし、こうしている間にも家に誰か来てやしないかとか、ポリ公が目を覚まして総出で俺を捜索してやいないかとか、焦る材料はいくらでもあった。
 
 もうちまちま金を集めることは不可能だと思い知った。
 告白するけど、俺はジルを助けたいって事にかけちゃ嘘偽り一つもないんだが、一つだけ隠してた事があった。それは、俺がジルを殺した事になるのが怖かったんだ。一人静かに死のうと思ってたあいつが、隔離病院送りになるキッカケを作ったのは俺だからな。
 これに関しちゃ俺も、ルディや冷酷なポリ公や施設のジジイや神父の野郎と同じ。偽善者だ。

 俺はとうとう、強盗をやる覚悟を決めた。
 今んなって思うけどさ、ああいう時って、実際とんでもない力が引き出されるんだよ。命懸けっていうやつさ。
 いくら俺がロクデナシだからって、普通そこまでやろうって思わないはずだ。でも、ジルが死んじまうって思うと、なんかこう、とんでもなくヤバい物に火が点いちまったような感覚になったんだよ。なぜなんだろうな、あいつとはただ施設で一緒で、共に暮らしてたのも、たった数年だってのに。わけわかんなかった。理屈抜きで、まるであいつが俺の一部になったみたいに感じられたんだよ。それが無くなるって、それこそ体の大部分が吹き飛んじまうんじゃないかって感じさ。
 それに比べたら、仮に永久に牢獄に入れられたとしても、大したこっちゃないって。

 ただ、これは本当に、掛け値なしで悍ましい事実なんだが、命なんて一つ懸けた所で何の威力もないって事を俺はあの時に思い知ったんだよ。

 俺はまずピストルを調達しなきゃならなかった。ナイフなら有ったが、サツはみなピストルを持ってる。撃ち殺されちまったら終わりだ。その点、こちらもピストルを握ってりゃ、やつらもそう簡単にハジくわけにはいかない。撃ち合いになりゃ、一人二人と死ぬわけだからな。一瞬で脳天をぶち抜く凄腕でもなし、流石の鬼共もピストルを見たら大人しくしやがるだろうという算段だ。

 俺は鉄砲店に入って、店主にナイフを突きつけた。
 何を言ったかは覚えちゃいない、必死だったんだ。すると、店主は案外素直に、それこそ拍子抜けするぐらいあっさり俺にピストルをよこした。俺はしめたと思って、店を飛び出した。
 そしたらさ、道の向こうのほうで、ポリ公連中がより集まって明らかに誰かを探しているのが見えた。むろん、探してるのは俺だ。ポリ所でおねんねしてたあの野郎が目を覚まし、事態に気づいて仲間を呼び寄せたらしい。
 大慌てで物陰に隠れた。連中、こっちの方へやってくる。俺は腹をくくって、こうなったら連中とやってやろうと思った。

 自殺に等しい行動だけどさ、もうそれしか方法は無いと思ったんだ。連中を脅して、金を用意させ、それを持って走り出しちまえばどうにかなる、いや、どうにかしてみせる。それぐらい切羽詰まった極限の状態だったんだ。
 ところが、ピストルを抜き、カチリと激鉄を起こした時、信じられない事に気がついた。
 そうさ、玉が入ってなかったんだよ。そりゃあ鉄砲屋もすんなりお貸し下さるわけだ、お笑いだろ。

 結局、俺はそのまま放り込まれた。一週間!一週間だぜ。
 俺は、あれほど長い一週間を知らない。本当に、生地獄と呼ぶのが生ぬるいぐらいの苦痛だった。一秒一秒の時計の音が、まさにジルを地獄に送る歯車になってるんだからな。俺は何もできず、手も足もでず、バカなポリ公の横っ面を眺めて、泣く事しかできなかった。
 俺を信じて待っていたジルは、どんな気持ちでひとでなし潔癖至上主義のクソ犬共に連れて行かれたんだろうと。

 一週間が経ち、俺は外に出された。
 俺は力を振り絞って家に走った。もしかしたら、まだジルが待ってるかもしれないと思ってね。そいつは、どう転んでも、絶対にあり得ない事なのにな。またご丁寧にも没収された鍵は、そのまま玄関の鍵穴に突き刺さってた。そいつは俺に最高のショックをプレゼントしてくれた。それを見た時、俺は息が止まって死んじまいそうになったんだ。
 だって、この鍵がカチャンと鳴った時、ジルは、きっとこれ以上ない喜びの顔をしたと思うんだ。天使がやってきた!って感じの、あの抜け落ちて前歯のねぇ歯茎をニカッとひん剥いてよ。俺が金を持って、馬車の段取りをして、帰って来たと思ったに違いないんだよ。
 ところがだ、やってきたのは何だ?ガーゼみたいな不気味な布で身を包んだ、化け物みたいな連中さ。エタノールの臭いをぷんぷんさせた、例の隔離病院の連中なんだぜ。怖かっただろうな。俺なら気が触れちまうよ。連中のこったから、どうせレディの扱いも知りやしねえ。どうせ浮浪者の病気持ちなんざ、狂犬同然の扱いだったろうさ。ジルの言葉に何一つ耳をかさず、大層な紳士的振る舞いを見せてくれた事だろうよ。
 畜生、あの時、俺が、この僅かな脳みそをほんの少し水増しして知恵を回すって事さえできてりゃ。

 俺は部屋で泣いた。本当に、あんなに泣いたのはあれっきりだ。何もかもぶち壊しにしてしまったって事を、俺はその時にようやっと理解したんだ。
 

 この話はこれで終わりだ。
 分かったろう、俺は盗人で、人殺し、それもたった一人の妹をこの手で殺した。最悪の犯罪者なんだ。
 何も美しいお話なんかじゃない。ただそれだけの話だ。どうだ、退屈しのぎになったかい?俺はもう行くよ。もう堪能しただろ、こんな時代錯誤のくだらねえお話は。





〜あの子はどこかへ行っちまった。俺は法律と戦って、法律が俺に勝ったんだ〜

I Fought The Law / The Clash
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