第4話 躊躇いつつ開く心と身体

文字数 1,912文字

「俺、今、彼女いません」

 緊張で、声が少し上擦った。

 彼女へと手を伸ばし、そうっと髪を耳に掛けた。そのまま、頬を掌で包んだ。彼女は、物言いたげに緩く口を開き、僕の手に擦り寄るように、首を傾げた。その誘うような眼差しに引き寄せられ、僕は彼女に口付けた。

 『初めまして』と挨拶するように、控えめに唇を啄む。お互いを探り合った。僕は慎重な性格だから、探索のキスは必然的に長くなる。少し冷静さを取り戻した時、元カノに「キスが長すぎる、しつこい」と文句を言われたことを思い出し、しまった、と身体を離したら、ナオさんは、ちょっと名残惜しそうな表情を浮かべている。

「……もっとキスする?」
 遠慮がちに、そう聞いたら、彼女は恥ずかしそうに少し頬を赤らめて頷いた。
「うん」
 僕のシャツの袖を握ってきた。なんだよ、この可愛い仕草。ギャップ萌えか。きゅんきゅんさせるなよ。

 彼女が僕を求めてくれたことに勇気付けられ、少し情熱的に口付けた。上下の唇を順に柔く食み、軽く吸い上げたら、口が緩んだので、舌を差し込んで絡める。彼女は僕の首に腕を回して、応えてくれた。静かな部屋に、キスの音だけが響く。お互いの唇を貪り合うと、次第に体温が上がり、甘い彼女の匂いが強まってきた。

 うっとりした表情と匂いを追いかけて首筋に鼻先を擦り付けたら、彼女が眉を顰めて微かに喘いだ。もっとその声が聴きたくて、唇でその肌を愛撫し、舌を滑らせた。彼女が身体をしならせる。きめが細かくて滑らかな肌だ。骨が細く華奢で、皮膚も薄い。ライブハウスで見かけた時は、ふてぶてしい人かと思っていたが、今日の言動や身体の印象を考えると、たぶん本当はすごく繊細な人だ。キスがうまいけど、僕のリードに合わせてくれる控え目で淑やかな感じが、逆に唆る。

 僕は、彼女の背中に回した手をヴィーナスラインに沿って撫で下ろし、くびれた腰を抱き締めた。ギターやバイオリンのような官能的な曲線を描く身体に、僕の欲情も高まりつつある。そして、腕の中に感じる細さと柔らかさを愛おしく感じる。

 キスを続けながらニットの裾から手を入れ、彼女をびっくりさせないよう、まず掌全体を使って背中を撫で摩る。それから、指先だけで擽るようにゆっくりストロークする。天使の羽根の下に触れた時、彼女は身体をびくっとさせ小さな声をあげた。更に同じ場所を、ギターの弦をつま弾くように、肌を傷つけないよう軽く優しく引っ掻いた。

「どうしよう……、すごく気持ち良い」
 彼女は、小さく震えながら甘い溜め息をつき、困り顔で呟いた。

「気持ち良くなって欲しくてやってるから、そう言ってくれると嬉しい」
 僕は、右手を前に回し、ブラの上から、人差し指と中指で少し強く引っ掻くようにして、胸の頂が持ち上がってくるのを待った。彼女の睫毛と吐息が僅かに震え始める。そこが固くしこったのを確かめてから、中に指を忍び込ませ、直接摘まんだ。更に彼女の呼吸が乱れ、時々抑えた喘ぎ声が混じる。

「ナオさん。抱いて良い?」
 おもむろに僕が問いかけると、腕の中で蕩けた表情を浮かべて喘いでいた彼女が、虚を突かれたように真顔に戻った。ぷっと吹き出した。
「ここまで来て、NOと言う女はいないと思うけど?」
 おかしそうに彼女はくすくす笑い、僕を見上げた。
「もし、ダメって言ったら、どうする?」
 また悪戯っぽい笑顔になった。

「そりゃ勿論、続けますよ。『ほらほら、身体は嫌と言っていないぜ』って押し倒します。……嘘です。そんな甲斐性ないです。『そっか~ダメかぁ~』って諦めて、息子を慰めて、寂しく一人寝ます」
 僕も冗談めかして応えた。

「気が弱いんですよ。もっと色々した後、すっかりその気になってから、『アタシそんなつもりじゃなかった』なんて寸止めされたら、ショックで立ち直れないですもん」
 つい、本音がポロリと零れた。

「でも、酒のせいとか、後で言い訳しなさそう。堂々としてて男らしいね。それに、佑哉くんのキス、私は気持ち良いよ?」
 ナオさんは微笑みながら、僕の前髪を整えるように細い指で梳き、少し掠れた声で僕の耳元に囁いた。

「抱いて」

 彼女の吐息に擽られ、ぶるっと背筋が震える。胸が熱い。年上らしく優しく包み込むかと思えば、可愛らしいおねだりで庇護欲を掻き立てる。僕の愛撫に感じ入って切なげに身体を捩り、潤んだ瞳で見上げて、プライドを擽る。そうやって男心を掻き乱すんですね。あなたは。

 僕は、ナオさんの手を取って立ち上がらせ、ベッドに誘った。

 魅力的な悪女に捕まったのかもしれない。でも、こんなに素を飾らないまま抱き合える女性は初めてだ。こうなったら、二人でどこまで行けるか、見てみたい。
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