第3話(2)山の中での問答

文字数 1,501文字

「おい、十市(といち)!」

 ある山の中で、白い法衣に身を包んだ大柄な男が、寝そべって川の流れを見つめている痩身の男に声をかける。

「うん? なんだ、法慶(ほうけい)さまか……ふあ~あ……」

 十市と呼ばれた男は大柄な男を一瞥すると、欠伸をしながら、川に視線を戻す。

「無視するな!」

 法慶と呼ばれた男が怒る。十市が応える。

「無視はしとらんでしょう……」

「無視したようなものじゃ!」

「視無いと書いて無視……ちゃんとそっちを視ましたよ」

「ぐっ、屁理屈を……」

「屁理屈は坊さんの方が得意でしょうに」

 十市はくくっと笑う。

「むう……まあ、そんなことはどうでも良い!」

「どうでも良いんですか。それじゃあ、お休みなさい……ぐう……」

 十市が寝息を立て始める。法慶が声を上げる。

「寝るな!」

「……なんですか?」

 十市が面倒臭そうに視線を法慶に向ける。

「こっちを向け!」

「向いているじゃないですか」

「ちゃんと体ごとだ!」

「はいはい……これで良いですか?」

 十市が体の向きを変えるが寝そべったままである。

「体を起こせ!」

「え~」

「え~じゃない!」

「しょうがないなあ……」

「しょうがなくない!」

 十市が法慶の方を向いて、胡坐をかいた姿勢になる。

「これでよろしいんでしょう?」

「……まあいいだろう」

「それじゃ……」

 十市がまた寝そべろうとする。

「だから寝るな!」

「うるさいな~なんですか……」

「うるさいとはなんだ!」

「だってうるさいんですもん」

「お前のせいだ!」

「えっ、俺のせいですか?」

「他にいないだろうが!」

「それはすみませんでした……」

 十市が頭を下げる。

「いや、分かれば良いのだが……」

「それじゃ……」

「だから寝るなというに!」

 法慶が声を荒げる。

「もう~なんなんですか……」

「聞きたいことがある!」

「さっさとそれを聞けば良いでしょうに……」

「御曹司はどこだ?」

「え?」

「どこにもいらっしゃらないぞ!」

「いや、それは……」

 十市が口ごもる。

「知っているのか⁉」

「知っているというかなんというか……」

 十市が顎をさする。

「どこだ⁉ どこにいる⁉」

「この近くに古い小さい無人のお堂がありまして……」

 十市が指を差す。

「そうか!」

 法慶は頷き、十市が指を差した先に向かおうとする。

「ちょ、ちょ、ちょい待ち!」

 十市が法慶の服を思い切り引っ張る。

「な、なんだ⁉」

「く、空気を読みなさいって!」

「空気を読む?」

「そうです」

「空気は吸うものであろう」

「マジか……」

 十市が天を仰ぐ。

「なんだというのだ⁉」

「だから、御曹司は今あっちにいるんですよ」

「ああ、そのお堂にいるのだろう?」

 法慶が向かおうとする。十市が慌てる。

「待った、待った!」

「なんだ?」

「分からない人だな~」

「なに?」

「今、御曹司にはあの娘がついています……」

「ああ、あやつがついておるのか、それならば幾分安心だな」

「そうですよ」

「では……」

「だから何で行こうとするんですか⁉」

 十市が法慶の肩を掴む。

「む⁉」

「む⁉じゃないですよ! 良いですか? 小さいお堂、無人、若い男と女、何も起こらないはずもなく……」

「?」

 法慶が首を傾げる。

「いや、なんで分からないんですか⁉」

「さっぱりだ……」

「とにかく邪魔をしないことです!」

「邪魔? なんのだ?」

「も~わざと言ってんのかな、この筋肉坊主は……?」

「拙僧はどうすれば良いのだ?」

「ここで待っていれば戻ってきますから!」

「戻ってきたよ~」

 若い着物姿の女の子が十市たちに声をかける。

「ああ、ほら、戻ってきた……って、(にぎやか)⁉ 御曹司は⁉」

「え? 知らないけど……」

 賑と呼ばれた女の子は首を傾げる。

「マ、マズい! 御曹司が行方不明だ!」

 十市が慌てる。
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