オレと、オレらの春から初夏(前編)

文字数 6,825文字

 オレたちはその日も祐希(ゆうき)の家に集まって映画を眺めていた。
 みんなで選んだタイトルの映画というわけではなく、各々漫画を読んだり持ち寄ったゲーム機で遊びつつ、たまたま祐希の家にあったDVDの中からBGM的に選ばれたものだった。
 織田裕二が所轄の刑事役をやっているドラマの劇場版である。
 警察の偉い人が誘拐されてどこかの団地の片隅にあるイナバの物置のようなものの中に閉じ込められていた。

「この団地、ここの団地に似てね?」
「てかめちゃくちゃ似てるわ」
「いや、こんな感じの団地いくらでもあるっしょ」
「あるある」

 祐希の父親は研究系の公務員で長めに家を空ける仕事だった。
 母親は友人とフラワーサロンを開いていて午後から出掛け、遅めの夕飯に間に合うように帰宅するような感じだった。
 つまり半分母子家庭のような生活ペースだったと思う。
 この日も祐希の家に同じ中学の同級生で別々の高校に進んでからもつるんでいる男四人で集まっていた。
 3月の1週目に卒業式を終え、それぞれ進学先も決まっており、とにかく時間を持て余していた。

 いつしか我々の会話は団地の話になっていた。
「そう言えば、北区にめちゃめちゃでかい団地があるらしいぞ。そこは街レベルのでかさで、スーパーもコンビニも郵便局も全部団地の中にあるんだって。だからそこから何十年も出ないで暮らしてるじいさんとかいるらしい」
「でも病気になったらさすがに出るんじゃね?」
「小さいクリニックとかならあるんだろ、お前の団地の下にもクリニックとか歯医者とかあるじゃん」
「でも例えば骨折ったりしたら流石に無理じゃね?」
「でも何十年も骨折らない人はいるからな」
「たしかに、オレも17年間で1回も骨折したことないわ」

 誘拐の映画も終わり、今度はレインボーブリッジを封鎖する方の劇場版を流しているときに滉太(こうた)が言った。

「オレと健亮(けんすけ)は推薦とった後に免許取ってるから、その団地までドライブ出来るんじゃね。さすがに大学生みたいに卒業旅行は行けないけど、オレたちも卒業ドライブしようぜ」
「この春休みマジで暇だからなー、それ行こうぜ、せっかく免許取ったし」
「いや、ドライブは良いとして、団地だけじゃ一瞬で終わるんじゃねえの?」
「巨大な団地だっていうんだからそれなりに見るとこあるでしょ、ちなみに独立しようとしてる噂があるらしい」
「まじ?」
「いやいやあり得ないっしょ、だったら光が丘が独立しろよ」
「てかそもそも団地見るのが目的のドライブ地味すぎじゃね」
「じゃあ団地は一つの目的として、ほかにも何か考えようぜ」
「前にさ、秋ヶ瀬公園の近くでゴーカート乗れるって話なかったっけ?」
「オレは別にゴーカートとかそんなになんだけど」
「オレやってもいいぜ、むかし豊島園でそれっぽいの乗ったのが最後だけど」
「じゃあさ、秋ヶ瀬の辺りなら釣りもできるんだから、釣り組とゴーカート組に分かれようぜ。まずは第一目的の団地を見に行く。それから秋ヶ瀬公園に行って釣り組とゴーカート組でそれぞれ第二目的もOKじゃん!」
「よし、じゃあ明日は廃墟団地めぐりと田舎でのんびり釣り&ゴーカートの旅な!」
「そこは人が住んでるんだから廃墟じゃねえよ、それに秋ヶ瀬公園はここから車で1時間もかからんて」
「とにかく明日は卒業ドライブっつーことで、祐希の家の駐車場に10時集合でいいかな」
「車使っちゃって大丈夫かな?」
「うん、父さん帰ってきた時しか乗らないし」

 翌日我々は10時過ぎに出発した。
 カーナビを見よう見まねで使い、11時半頃には目的地の団地に着く表示になっていた。
 車の運転は健亮と滉太が交代で行っていた。
 祐希とオレは一般入試だったので免許は4月以降の新生活の様子を見てから取りに行くことになるのだろう。
 二人の初心者ドライバーの腕前はかなり頼りない感じの安全運転だった。
 健亮に至っては、交番やパトロール中の自転車に乗った警官が視界に入る度に、「オレ違反してないよな?」と言った。
「してないしてない」
「免許まだだからよく分からん」
「あの警官こっち見てね?」
「嘘でしょ?」

 普段親の運転なんて気にもしないが、友人の初心者運転となると気になるもので、その丁寧さがとても可笑しかった。
 二人の運転と対照的に気になったのがほかの車の運転の荒さだった。
 右左折時のスピードや車間距離等どうにも慎重さの足りない雑な運転が目についた。

 予想に反して、我々はほぼカーナビの案内通りの時刻に目的地についていた。
「ところで車ってどうするの?」
「パーキングに入れなきゃまずいっしょ、今はすぐ捕まるって教習で習った」
「その辺の空きって表示でてるとこに入れよう」

 パーキングに車を停めて早速団地へ入っていった。
 確かに立派な規模の団地で更にその古さが際立っていた。
 敷地内に何棟もある壁は汚れて手摺りの錆びた建物、それらの間にある乱雑に置かれた大量の薄汚れた自転車たち、何とも寂しい児童公園。
 率直に言って団地を見た我々の感想は、こんなものか、だった。
 考えてみればそれぞれ物心ついたころから光が丘周辺で育ったわけなので、この団地は何のことはない日常の一部と殆ど変わらないものだった。
 さらに言えば我々のよく知る光が丘と比べると、かなり廃墟感は漂っていると言えるが、そもそも廃墟に興味のある者はこの四人の中にはいなかった。

「とりあえず健亮のメガ廃墟団地はガセ情報だったな、ギルティー」
「罪が盛られてるだろが」
「一応ここ一帯は隅田川に囲まれてるらしいから土手まで行ってみようぜ」
「でかい川はうちの近くにはないもんな」

 団地の敷地を出て、土手を上ると隅田川が目の前に流れ、向こう岸にお花見をしている人々が小さく見えた。
 我々はそこで飲み物や菓子パンで一息つき、オレはガブリチュウをねじ切って祐希と分けた。
 しばらくの間、何をするわけでもなく座っていたが、祐希はずいぶん花見のほうを見ているようだった。

「花見したいの?」
「いやそういうわけじゃないけど」
「めっちゃ見てるじゃん」
「いや、4月からは学生じゃん。だから花見で酒飲んだりするのかなって」
「サークル入ったらお花見は絶対やるとみた」
「オレは花見とかはどうでもいいけど、女子と飲み会行きたい」
「お前のとこは女子比率1割以下なんだから望み薄だろ」
「インカレとかあるから大丈夫なんだよ」
「まぁ頑張ってアピールしろよな」

 健亮とオレは四年制の私立文系、滉太は私立理系、祐希は映像系の専門学校に進学することになっていた。
 もともと同じ中学校だったので四人とも自転車で15分圏内に住んでおり、滉太と健亮、オレと祐希がそれぞれ同じ都立高校に進学していた。
 高校1年生の後半以降、殆どこの四人の誰かあるいは全員と放課後を過ごしていたはずだ。

 我々はしばらく談笑した後、第二の目的の場所へ向かうことにした。

「そう言えば、小学校の時のサッカーの2個上の先輩が車にごみ残していったことあってさ」
「育ち悪いねーそいつ」
「母さんに見られたくなかったから自分で捨てたけど、本当にあーいう奴ってむかつくんだよね」
「それ誰?オレ入った時もまだいた?」
「池上君」
「あー池君かー、池君って結構無神経なとこあるんだよな。悪気なく整理してある道具とかぐちゃぐちゃにして放置したり」
「自分の家とかに呼びたくねータイプだな」
「大学でも色んな奴いるんだろうな」
「めんどくさい奴と知り合うのめんどくせー」
「気の合う奴もいるでしょ」
「良いとこ取りはできない仕組みなんだよな、ごちゃ混ぜの中から気の合うやつ探すっきゃない」
「マジで出だしだけはミスりたくないよな」

 秋ヶ瀬公園へは2時頃には着いていたと思う。
 健亮と滉太は財布だけ持ちサーキットへ、オレと祐希は四人分のロッドと仕掛け餌セットを持って荒川の土手の方向へ、駐車場で別れた。
 このあたりで釣りをするのは初めてだったが、しばらく歩きながら何となく釣り糸を垂らしやすそうな場所に目処をつけて向かったのだった。

 祐希と二人で歩き出してからは四月以降の話をしていた。
 祐希の学校は東武東上線の和光市から数駅先にキャンパスがあり、家から成増駅まで自転車かバスで行き、そこから電車という通学経路とのことだった。
 オレは丸ノ内線の千代田区にあるキャンパスに通うので通学路は全く逆方向であったが、落ち着いたらまたちょくちょく会えるなと話していた。

「そう言えばさ、卒業式の後はどうだった?」
 我々の高校では卒業式は昼過ぎには終わり、午後は各々部活の後輩や教師や友人同士で自由に時間を過ごし、だいたい夕方からどこかファミレス系の店かカラオケ店でクラス会となっていた。
「9割くらいジョナに集まったよ」
「何か盛り上がった?」
「泣いてる女子がいたくらいかな」
「じゃあこっちも似たようなもんかな」

 我々は良さそうな川縁に場所を定めると荷物をブロックの上に広げて練り餌の準備に取り掛かった。
 釣りといっても我々の中で本格的に道具を揃えているのは健亮とその父親だけで、普段からの装備は簡単なロッドとリールと練り餌か虫餌だった。
 粉末状の餌の素を水で団子にしていく。
 これを程良い大きさに小分けし釣り針のまわりに団子にして水中に重りと一緒に落とすのだ。

 せいぜい東京の中高生の釣りである。
 当時我々は自転車で1時間弱かけて荒川の堤防まで出向き、ハゼやフナやバスを狙ったり、土手で焚き火をしたりしていた。
 荒川の土手は広大な原っぱで、冬場は風向き次第では焚き火が土手の枯れすすきに燃え広がり、肝を冷やすこともあった。
 土手の堤防付近に常時釣りに来ている通称ヘラブナおじさんに放火に近い火遊びについて怒鳴られたりしもたが、そんな小さな事件さえも無邪気に楽しんでいた。
 ときには釣り上げたバスやブルーギルを火にかけて白身を食そうと試みたこともあった。
 まともな調理器具も勿論無く、エラワタなどの処理の知識も持たず、それらの焚き火での調理の試みは悉く失敗に終わったように思う。
 しかし冬の寒い時期に持参したポテトチップスなどを焚き火で炙りながら食べることについては子供心に非常に愉悦を感じたものであった。
 家で食べるそれとは別格なのである。

 またあるときには何処かの畜舎から逃げてきた豚の死骸や生きた鶏を見つけたこともあった。
 恐らくそう遠くない川沿いの上流のどこかに農家でもあったのだろうと思う。
 釣りに飽きて焚き火に興じていた我々は珍しい獲物を見つけるやいなや、石器時代の人類さながら嬉々として土手の茂みの中を駆け回ったものである。

 そろそろ始めようかというところで祐希が言った。
「実は二次会でちょっとあった」
「何が?」
「××と結構話した」
 ××とは祐希のクラスの女子である、別クラスのオレでも名前と顔は一致するが、まぁ可もなく不可もない容姿だったと思う。
 祐希は女子の話をするタイプではなかったので珍しいなと思ったが、俄然興味のある話題だった。
「ジョナの後は行ける人だけで光が丘公園で二次会だったんだけど、買い出し行くやつらとかとバラバラになったときに二人で結構話した」
「へー、それでそれで?」
「△△女子大に行くんだって」
「どこにあるんだっけ?」
「吉祥寺の先」
「××ってどこ住んでるの?」
「中杉通りの真ん中らへん」
 ___

「祐希くんって彼女とかいた?」
「いたらみんな知ってるって」
「そうかな。祐希くんって体育系の雰囲気とかと違ってそういうの表に出さなそうだし内緒にしててもおかしくないかなって」
「そんな風かな」
「私ああいう体育会のノリみたいなの苦手だからさ。祐希くんみたいな雰囲気の方が話しやすいよ」
「そうかな」
「そうだよ。大学行っても女子大だし、サークルとかどうしよ。そういうの考えてる?」
「まぁぼちぼち、何系に興味有るとかあるの?」
「全然分かんない。結構友達次第かも、ひとりでサークル回ったり入会希望出したりとかできる気がしないし」
「誰かと行きたいのは分かる」
「やっぱり共学にしておけばよかったかな。わざわざインカレ選ぶのとか露骨に出会い目的っぽくない?」
「そんなことないんじゃないかな笑」
「とりあえずは友達作らなきゃなー」
「あのさ、お互い新しい友達できたら一緒に出掛けてみる?合コンとかそういうのじゃなくて」
「いいね、祐希くんの友達なら美術館の展示会とか映画とかそういうの詳しい人多そうだよね」
「一応映像系だからたぶん多い気はする」
「じゃあ4月中にはlineしてね」

 オレは祐希にそんな存在がいたことが驚きだったが、祐希が卒業式の夜にそんな青春の瞬間をすごしていたことがなんだか嬉しかった。

「ちなみに祐希はいつから××のこと気になってたの?」
「そうだなー」
「同じクラスっていってもそんな接点あった?」
「そうだなー」
「なんだよ、気づいたら片想い的な?」
「うーん、きっかけのようなものと言うと、そうだなー。秋の修学旅行の往きのバスで席が前後だったんだよな。それで付近の席六人くらいで大貧民やったときかな」
「ふーん」
「いや、もっと前から薄っすら良いなとは思っていたんだけど、バスの中であっちから話しかけてくれて脈あり?みたいに思ったのかも」
「なるほどね、青春しやがって」
「そっちは何かないの?」

 本当はオレにも気になっている女子はいた。
 けれど去年の夏休み明けにサッカー部の男子と付き合い始めたという噂を聞き、この件については一切封印するとともに、一層受験に専心したのだった。
 なので祐希に訊かれたこの時もその封印を守った。

「オレは特には、そっちはとにかく楽しそうじゃん」
「サークルとか決めてる?」
「何か怪しいのに入ってみたいんだよな」
「怪しいのってなんだよ笑」
「カレー研究会とかさ、コーヒー研究サークルとかさ、商店街研究会とか」
「そんなのあるの?」
「いや知らないけどさ、そういう変な切り口を調べる会って楽しそうじゃない?変わったコーヒーとかカレー出すお店を梯子してみたり、何とか銀座みたいな商店街の名物を調べてみたりしてさ」
「面白そうだな」
「大学の新入生歓迎週間ってのが4月の真ん中くらいにあるらしいんだけど、フレッシュマンウィークっていうんだって」
「フレッシュマンね」
「その週は色んなサークルが新入生に奢りで勧誘の飲み会してくれるらしいからいろいろ行ってみようかと思って」

 結局オレと祐希はハゼを1匹も釣らなかった。
 練った餌を水面に投げながら高校の思い出や新生活の展望なんかを話し続けた。
 16時半を過ぎて目視で陽が傾いたことがことが分かるくらいになった頃、滉太から電話があった。
「今そっちはどんな感じ」
「ひと通り乗り終わって終わりにしようかなって感じ、思ったより時間かかったわ。そっちは?」
「こっちも充分釣ったわ、車戻る?」
「そうしよう、20分くらいでいい?」
「オーケー、20分後に駐車場で」

 電話を切ると祐希は片づけを始めていた。
「あいつらもそろそろ車に戻るって、腹減ったな」
「何食べたい?」
「そうだなー、ラーメンとかでも良いし、普通にマックとかでもいいけど」
「でも駐車場ある店じゃないとだよね」
「そういうことだな、せっかくだからチャリじゃ距離的に無理なの店とか行きたいかも」

 オレたちが広い駐車場に入ると反対側から滉太たちが歩いてくるのが見えた。
「よう、ゴーカートは面白かったかよ」
「やっぱさ、地面が近いとめっちゃスピード早く感じるんだよな」
「あとさ一度アクセル緩めるとなかなかスピード上がらなかったり難ったわ」
「お前めっちゃ盛り上がってたな」
「またやりてー」
「オレはもう満足だわ」
「お前ら腹は?」
「めっちゃ減ったわ、何か食べに行こうぜー、オレ予算700円で頼むわ」
「ラーメン食べに行こうぜ」
「何系がいい?」
「つけ麺がいいな」
「じゃあここから家方向のエリアで調べて行こうぜ、駐車場必須だし」
「朝霞か和光市か土支田の方とかであるかな」

 そうしてオレたちは車に乗り込み、目的地のラーメン屋を決めてカーナビにセットした。
 ラーメン屋までの道中はスムーズで、17時半頃には店の駐車場に到着していた。
 駐車場には1台しか停まっておらず、店内は意外に広く四人でボックス席に座った。四人ともつけ麺を頼み、うち二人は大盛を頼んだ。
 オレはつけ麺はラーメンよりボリュームがすごいと知っていたので普通盛りにした。
 朝からの遠出だったのでオレたちはあっという間につけ麺を平らげ、スープ割りも飲んだ。
 滉太が会計を取りまとめ、オレたちは店を出た。
 ラーメン屋を出て車の後部座席に乗り込むと、満腹と車独特の密閉感からか急激に眠気がやってきた。

「そんじゃま帰りますか」
「家までどのくらい?」
「ナビだと20分」
「おうちに着くまでが卒業ドライブだからな」
 そんな会話が靄の中に消えていき、オレは寝入ってしまった。
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