オレと、オレらの春から初夏(後編)

文字数 8,067文字

 オレは衝撃と大声で目が醒めた。
 滉太が運転席の健亮に何か大声で言っていた。
 オレは隣の祐希を見たが、祐希はフロントガラスの向こうを凝視しながら固まっていた。
「どうした?」
「人にぶつかったっぽい」
「まじで?」
 頷く祐希。
「とりあえずハザードランプつけて寄せて停めよう」

 車から降りると、車道側から歩道に跨って電動アシスト付自転車と老人が転がっていた。
 老人は右足を自転車の下敷きにしながら、目を閉じ口を開けたままだった。

「お前ら警察と救急にそれぞれ電話してくれる?」
「オレと健亮は呼吸確認とかするから」

 オレは言われた通り110番通報し、事故か事件か尋ねられたので事故だと答えた。
 その他にも今いる場所やいくつか尋ねられた質問に答えた。
 電話を切ると祐希も119番に電話をしていた。
 暫くすると遠くから救急車のサイレンが聞こえてきて、いつの間にか到着していた自転車の警官が健亮と滉太と話をしていた。
 老人が病院へ搬送されて行き、その後警官が増え、健亮は更に後から来たパトカーの後部座席で話をしているようだった。
 一人の警官がオレたちの方へ来て、全員の話を聞く必要があるからほかの車両に乗るように言われた。

 光が丘警察署ではそれぞれ話を聞かれた。
 オレは後部座席で眠っていたこと、大声で起きたこと、路肩に止めてからの行動、遡ってラーメン屋に行ったこと、朝から卒業ドライブに出たことを話した。
 正直なところ、オレは何を話すと友人の為になるのかならないのか全くわからなかった。
 なので偽りのないところを答えた。

 聴取が終わり警察署のロビーに行くと母が待っていた。
 母はオレの自転車で来ていて、帰りは自転車を押しながら二人で歩いて帰った。
 家までの間、何も聞かれなかったし、何も言わなかった。
 家には父がいるので何か聞かれるかと思ったが、母はまず父と二人で話すといい、オレは自室に戻った。
 重要な要件の際に母は父と話をした上で、オレを交えて話をするようにしていた。

 結局その後の春休みの間、オレは複数回警察署へ出向いて聴取に応じた。
 ほかの三人からは連絡はなく、オレからも何も連絡しなかった。
 言葉にはしなくても、我々の心を占めていたのは健亮の処遇だったと思う。
 オレは聴取で健亮がかなり慎重になりながら運転していたことを何度も話した。
 それからの春休みは殆ど外出をしなかった。
 無気力なオレがやっていたことといえばネットサーフィンぐらいで、掲示板サイトで大学の授業や教授やサークルの噂を眺めていた。
 そしてサークルからの連想であの日の祐希との会話を思い出してはまた気力を失い、ベッドに横になるのだった。

 3月の3週目の終わりに母に2泊の旅行に行こうと言われた。
 警察のほうは大丈夫かと尋ねると、確認してあるとのことだった。
 大学入学をもう間もなく控えて無気力になっている息子に気を使ったのだろう。

 母の選んだ行き先は秩父だった。
 母方の祖父が秩父の出身でオレも毎年1回以上は訪れている。
 地図上で見るとそれほど離れていないものの、車で向かうとスムーズに行って3時間前後の場所である。
 練馬の関越道の入り口から高速道路に乗り、川越の先で圏央道に入り一つ目の出口から県道で秩父へ向かう。
 圏央道を下りてすぐはまだ郊外という感じだが、20分も走るとどんどん田舎な雰囲気になってくる。
 途中から西武鉄道と並走する県道に入り、谷川沿いをひたすら上流へ進む。
 横手を過ぎ、正丸を越え、芦ヶ久保まで来ると母はいつも道の駅で休憩をした。
 併設されたそば屋に入ることもあったし、ちょっとした飲み物や甘いものだけ口に入れることもあった。
 正確な距離は知らないが、この芦ヶ久保がいつも行路の半分の休憩地点なのであった。

 芦ヶ久保から更に30分も谷川沿いを進めばもうかなり山間である。
 その頃には武甲山が見えてくる。
 サンドワークのように山肌を人工的に削られた武甲山はおもちゃのようでありお菓子のようであった。
 子供心に武甲山はモンブランに少し似てると思ったものだ。
 武甲山を過ぎて少し行けば羊山のふもとまで来る。
 ここまで来たらもう秩父市街という感じだ。
 老舗の蕎麦屋の前の踏切を渡ると秩父神社の目の前の交差点であり、その並びには秩父夜祭についての文化施設がある。
 開館した頃に祖父とも一緒に来たことがあるが、内容もかなり充実した施設で、祖父も嬉しそうだった。
 秩父駅の前には広めの駐車場と道の駅のような施設がある。
 ここは帰りに立ち寄ることがあり、祖父はわさび漬けを好んで買っていた。
 駅前から一直線に下っていく道の先にはハープ橋があり、これもなかなか立派な橋である。
 橋をわたると直ぐに小高い山を上るルートになっていて、山の上には広い公園がある。
 たまにこの公園の駐車場にあるトイレに寄ることもあったが、立派な野外ステージが見えたりプールがあったりとこちらもなかなか立派な公園である。
 この公園を過ぎるといよいよ見るべきものはなく、しばらく県道を進むと小鹿野町に着く。
 この小鹿野町の一つ先にあるのが祖父の故郷であり我々の目的地の両神村である。
 村に入って少ししたら県道から左に入ると、建築の経緯は知らないが、中国文化資料館のようなものがあり、その隣りに我々がたまに泊まる温泉施設がある。

 オレと母はその温泉宿で2日ほど何をするでもなく過ごした。
 昼に近くの道の駅で蕎麦を食べたりしたぐらいで、神社にも山にも川にも行かなかった。
 母は例の件については何も話さなかったし、オレも何か相談したいわけでもなかった。
 宿で二日目の夕食を食べているときも、同じ高校から同じ大学に進学する友達はいるのかと聞かれたくらいだった。
 実際に数人いるが、特に一緒に行動することを楽しみにしている友人はいなかったので、適当な返事をしていた。

 夕食を終え、ひとりで宿の部屋に戻ってスマホをいじっていると、母が缶ビールを数本買って戻ってきた。
 そしてそのうちの1本を寄越すと母は着替えながら言った。
「私と父さんの子供だから十中八九お酒は飲めると思うけど、大学でいきなり失敗したら悲惨だから少し練習しておきなさい」
「そういうもんかな」
「私は少し散歩してからお風呂に入りなおしてくるから眠くなったら先に寝ちゃいなさい」
「夕飯でも飲んでたんだから温泉は危ないんじゃないの」
「あんたは自分の心配をしてなさい」

 スポーティな格好に厚手のウインドブレーカーを羽織ると母は出掛けて行った。
 暫く考えた後、実際は初めてではない500ml缶を開け、オレは三口ほど続けてビールを飲んだ。
 特別うまいとも思わないが、苦いとも飲み難いとも思わない。
 オレはスマホのカメラロールから祐希や滉太や健亮の写っている写真を何枚か見た。
 3か月前、4か月前と遡っていくにつれ次第に高揚した気分になってきた。
 決して飲み慣れているわけではない為、その高揚がアルコールによる酔いとは思い至らなかったが、オレはどんどん写真を過去に遡った。
 高揚が次第に心地良い暖かみに変わり、いつしかオレは寝入っていた。

 その夜、嫌な夢を見た。
 オレは滉太と二人で祐希の家にいた。
 なぜか祐希の部屋ではなく我々はリビングにいて大きな画面のテレビでゲームをやっていた。
 オープンキッチンから嫌な気配を感じつつ、オレはそちらを見ることができない。
 滉太は全く気づいていないらしく、夢の中のオレはその違和感にも滉太の無頓着さについても声に出して訴えることができない。
 ただ視界の端で揺れている違和感を感じつつ、ただ耐えるしかないのだ。
 何の拍子だったか急に滉太が立ち上がりキッチンへ歩いていく。
 オレも抗えず滉太に続きキッチンまでいき、滉太の後ろから中を覗き込む。

 いやな汗をかきながら目を覚ますと、宿の部屋だった。
 窓枠からこぼれる外の明かりの感じから朝の5時か6時くらいだろうか。
 母親は布団で寝ているらしい。
 かなりの尿意を覚え、オレは部屋の備え付けトイレではなく、共用廊下にあるトイレに行った。
 トイレは名前も知らないが昔学校かどこかで嗅いだことがある気のする古い洗剤の臭いがした。
 オレは小便を済ますと、早朝から開いている温泉へ行くことにした。
 浴場の入り口には2組のスリッパしかなかった。
 宿着を脱ぎ、洗い場へ入ってまずは使い捨て歯ブラシセットで歯を磨いた。
 そして簡単に髪と体を洗うと、オレは一番大きな浴槽に歩いていった。
 長方形の広い浴槽の二つの隅にそれぞれ老人が湯に浸かっていた。
 ひとりは祖父と同じくらいの年寄りに見える、もうひとりは何故か壁の方を向いていて斜め後ろの角度からで白髪頭のほかはよくわからない。
 湯の熱さで悪夢の感触を現実から剥がしつつ、オレは何となく東京の実家の部屋でビールを飲む自分を想像をしていた。

 あの事故以来、四人のうちの誰とも会わずに大学の上半期を終えてしまった。
 毎日ではないにせよ毎週数回は昼食を共にする友達も数人できた。
 何回か誘われて飲みにも行った。
 結局サークルにはまだ入っておらず、新歓飲みにはいくつか参加して、気が向いたらいつでも入会OKだったので保留したきりになっている。
 バイトもせず学校と家の往復を繰り返しているうちに葉桜が過ぎ、梅雨が過ぎ、初夏になってしまった。

 上半期のテストやら提出物をあらかた片付けた7月の半ば、滉太から着信があった。
 時刻は23時を過ぎており、オレはぼーっとネットサーフィンをしていた。
 着信中の表示には現実感がなく、オレはしばらく画面を見つめていた。
 数十秒くらい経ったか、ようやくオレは電話に出た。
「もしもし、久しぶり」
「寝てた?」
「いや、ぼーっとしてた」
 オレは半分本当のことを言った。
「さっき祐希が救急車で運ばれた」
「え、なんで?」
「オレもこれから光が丘病院行くからお前も来い」
「分かった」

 親には特に声をかけずに家を出て自転車で病院へ向かった。
 滉太の声に緊急的な焦りのトーンは感じなかった。
 どちらかというと滉太や祐希やもしかしたら健亮にも会えると思って若干気持ちが上向いた。
 初夏の夜はじっとり湿気を帯びていて、日中の強烈な太陽光の暑さの余韻も残っておらず、自転車でスピードを出すと風が半袖の腕に気持ちよかった。

 病院についてロビーに行くと滉太と健亮がいた。
 例の事件で健亮と亡くなった老人側の家族が示談の方向で進んでいることは警察からも母親からも聞いていた。
 あの老人が認知症だったこと、電動アシスト付自転車で二車線道路を逆走の形で我々の乗った車の前へ出てきたこと。
 幸いだったのは近辺のコンビニ等の店外防犯カメラに怪しい走行をしていた老人が映っていたこと。
 そして実際の接触シーンが映ったドライブレコーダー映像が後続車から提供されたこと。
 尤も事件の細かい経緯や顛末についてちゃんと知って理解したのは社会人になったずっと後になってのことだが。

「今うちの親父と祐希のお母さんが医者と話してる」
「オレも今来たとこ」
「で、祐希はどうなったの?」
 まわりにはオレたち三人以外には誰もおらず、電灯が殆ど落とされた暗い廊下の遠くに看護師らしき影が動くのが見えるだけだったが、滉太は声のトーンを落とした。
「祐希、家で死のうとしたんだよ」
「え、、」
 オレは突如首に嫌な硬直を感じて声が出せなくなった。
「全然意味わかんねーんだけど」
「祐希のお母さんが仕事から帰ったらそういうことになってて、すごいテンパりながらオレに電話して来て、それで親父と一緒に祐希の家に行った」
「でもどうなって生きてたの?」
「オープンキッチンの柱に結んでた紐が緩んだっぽかった」
「マジかよ、祐希ぃ」
 変な声を出して健亮がロビーに並べてある長いソファに座り込んだ。
「やっぱり事故のせいだったのかな」
「いや、祐希がなんで事故でこうなるんだよ、全く理由が分かんないだろ」
 オレは首の違和感と戦いながらスマホのカメラロールに入っている祐希の写真を頭の中でずっとスクロールしていた。

 祐希は3週間ほど入院した。
 理由が理由なので最初の1週間は面会できなかったが、祐希のお母さんから会いに来てほしいと連絡があり、すぐにお見舞いに行った。
 何があったとか理由はなんだとかそう言った話は全くしなかった。
 学校はどうだったとか夏休みはどうするのかとかそんな話をしたと思う。
 祐希が退院してからはオレは以前のように頻繁に一緒に過ごした。
 それからとにかく時間があったのでオレは教習所に通い始めた。
 例の件があってからは両親から免許について何と言われるか様子見していたが、夏休みの頭に母から暇なら免許でも取りに行けと言われた。
 だいたい午前中から教習所へ行き、午後は祐希とどちらかの家に行くか出掛けるかしていた。
 とは言え、特に出掛ける先の当てもないのでオレたちは専らどちらかの自室で映画を観たりゲームをしていた。
 たぶん祐希のお母さんもオレが来訪していることが安心材料だったのだろう。
 祐希のお父さんにも久しぶりに会った。
 大学の後輩になったオレに昔の大学の思い出なんかを話してくれた。

 どうやら祐希はあの病院へ搬送された日あたりまでは普通の新生活を送っていたらしい。
 たまに連絡を取り合う友人もいるようだったし、映像研究サークルにも一応在籍しているそうだ。
 専門学校の短い夏休みが終わると自然と祐希とも会う機会は週に2回くらいに落ち着いていった。
 オレはとりあえず9月中にバイトでも始めて、夏休み明けに保留してたサークルに再度連絡してみようかと考えていた。

 翌年の7月末、オレと祐希は二人であの両神村の宿に2泊の旅行をした。
 この頃には祐希も免許をとっており、二人で交代しながら運転をした。
 祐希にとっては初めての行路なので各道の駅に寄ったり、秩父のワイナリーで親へのお土産を調達したり、3時間毎に違う蕎麦屋で胡桃(くるみ)蕎麦を食べ比べたりした。
 オレも祐希も酒は飲めるタイプだったので、宿の部屋にはビールや缶酎ハイなどを持ち込んでいた。
 夕食を終えて部屋で上半期の近況を語っていると、窓ガラスの外に誰かが打ち上げた手持ちの花火が見えた。
「龍勢まつりは昼間に花火上げるんだってね」
「そうそう、あの花でもやってた」
「明日帰りに寄りたいとこある?」
「秩父駅前の地場産センターでわさび漬け買う」
「オレ武甲政宗を母さん達に買って帰りたいんだけど」
「おけ、武甲酒造も駅からすぐのとこだよ。親以外にお土産買っていく女子とかはいないのかね?」
「サークルのメンバーには何かご当地お菓子で良いかな」
「そう言えばあの女子大に行った・・」
 急に黙った祐希の方を見ると、祐希の顔から血の気が引いていた。
 オレは首の後ろにいやな硬直を感じる。
 おそらくほんの数秒だったはずだが、肩は揺れてはいるが固まっていた祐希が立ち上がり、部屋のドアへ向かう。
「ちょっとトイレ行ってくる、すぐ戻るよ」
 オレはオレで落ち着こうと手元の缶を持ち上げたが中身は空だった。
 ビール缶を部屋の洗面台で(ゆす)ぎ、小型冷蔵庫からレモンサワーの缶を取り出して2口ほど飲んだ。

 しばらくすると祐希が戻ってきて、同じく冷蔵庫から新しい缶を取り出し開栓して長く1口飲んだ。
「オレが入院してから1年だね」
「そう言えば、もう1年か」
「あの時は心配かけてごめん」
「謝られる様なことはなかったじゃん」
「そうは言っても迷惑かけたと思ってるんだよ」
「そうでもなかったよ」
「何があったかも全然訊かなかったね」
「こっちから訊くものじゃないと思って」
「まぁ訊き辛いよね」
「オレはさっき地雷踏んだ?」
 祐希は手に持った銀色の缶をもう1口飲んだ。
「オレ、去年のGW前に××にlineしたんだ。一応約束してたし」
 オレは頷きながらレモンサワーを飲んだ。
「それにオレが入ったサークルって映像作品制作はするけど、携わる人は学外から誰が参加してもOKなんだよ。極端なとこだと主演を彼女にやらせる頭おかしい人もいるらしいけど、モブとか裏方とか、まぁ一種のインカレサークルなのかな」
「うん」
「それで××もそういうの興味あるっていうから、たまに一緒に見学して、それから映画見に行ったらするようになったんだ、確か6月くらいだったかな」
 オレは頷く。
 祐希は手に持った缶を飲み干すと座卓の上に置いた。
 新しい缶を取りにいき、オレの分も取り出すと、戻ってきてオレに渡した。
「あの日の3日前に二人で映画を観に行ってさ。飯田橋にある名画座に。そっちのキャンパスからも近いとこだよ」
 オレは受け取ったレモンサワーの缶を開けたが、前の缶を飲み干していないことに気づいて2本を座卓に並べた。
「そこの名画座は基本2本立てなんだけど、その日は先に洋画のファンタジー、もうひとつが邦画だった」



 _____

「今日の2個目の方、すごく刺さったなぁ」
「井上ひさしって親父の部屋に文庫が転がってたモッキンポット師しか読んだことなかったな」
「それどんな話?」
「神父さんとイタズラ学生のコメディかな、うちの親父が上智の理工出身なんだ」
「それで神父さんね」
「うちのおじいちゃんはね、広島出身なの。戦争の時は10才で、もう東京に来て55年、練馬の土支田に家建てて45年って言ってたかな」
「そうだったんだ、結構うちから近いね」
「そうでしょ。先月貸してくれた漫画、こうの史代の広島の話、祐希君なんでおじいちゃんのこと知らないはずなのにってびっくりしちゃった」
「本当に知らなかったよ」
「なんか祐希君すごいってなっちゃった、なんで私に刺さるもの分かるんだろうって」
「外さなくて良かった」
「さっきの映画で原田芳雄がお父さん役だったでしょ、本当にうちのおじいちゃんってあんな感じの話し方だったのよ」


「祐希君、ちょっと手繋がない?私このまま登った先の神楽坂駅から東西線で帰るから、そこまで」
「えっと、うん、オレは牛込神楽坂から大江戸線だな」
「ちょっと照れる?」
「多少は」
「私も。祐希君って映画の木下さんに話し方似てるかもね」
「あんな暗めかな」
「暗くないって笑、落ち着いてるって意味」
「そっか」
「あれ、やだ」
「えっ?ごめん、どうしたの?」
「ごめんね、ちょっとおじいちゃんのことどんどん思い出しちゃったからかな・・・・」


「あのね、おじいちゃん、3月に死んじゃったの」
「え、そうだったの」
「交通事故でね、でももう3年前くらいからボケちゃってたし、身体は元気だったから一人で出歩いちゃったりしてたから、仕方なかったのかも」
「そう、か」
「でもおじいちゃんお酒大好きだったから一度は一緒に飲んであげたかったかな。駅着いちゃったね、今日もありがとう、またどこか行こうね」


 _____


「それからもうかなり混乱しちゃってさ、もう二度と、絶対に会えないって思ったよ」
「でも祐希悪いわけじゃない」
「今ならオレも少しは冷静になれるけど、あの時は本当にもう消えてしまいたかったんだよ」
 オレは目の前の2つの空き缶と祐希を交互に見た。
「急にオレとの連絡が途絶えてびっくりしただろうな。もしかしたらあの後に色々噂が伝わってるかも知れないけど」

 祐希は手に持った缶を飲み干した。
 オレは冷蔵庫まで行き、中を確認した。
 もうビールが3本しか残ってなかった。
 両手にビールを持ってオレは祐希の方を振り返り、ビールでいいかジェスチャーで訊いた。
 頷いた祐希にビールを渡し、オレは窓際まで行き窓を開けた。
 いつの間にか日付が変わり、真っ暗な窓の外から、8月の秩父の気持ちの良い夜風が、湿気混じりにオレたちの部屋に入ってきた。
 お互いに缶を開け、オレたちはビールを飲んだ。

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