第1話 解は、ある

文字数 1,080文字

 考えなくてはならないことはたくさんある。

 明日の数学のテストのこと。

 進路調査のこと。

 そしてひっきりなしに鳴る、この小さな箱のこと。

 24時50分。

 どうしてこいつはこんなに元気なのだろう。

 お前なんて、電源を失ったらただのガラクダだぞ。

 いっそのこともう二度と充電などしなければいいのだ。

 それはわかってる。

 わかってはいるけれど。

 わたしは自分の地位を守ることに必死だ。

 そのためには参加しなくてはならない。

 この箱の中の、狭い現実に。

 目下の話題はマルへの仕打ち。

 本当は参加なんてしたくないのだけれど。

 あ、この問題も解なしだ。

 わたしは箱を片手に数学を解く。

 解いて、解いて、解いて、そして、解なし。

 なんだか報われないなあ。

 ブー、ブー。

 初めてこの箱を手に入れた時、わたしは嬉しかった。

 ブー、ブー。

 この音を聞くと心が弾んだ。

 でも今は。

 今は……。


 仕方がない。

 こうするしかないのだ。


 ……本当にそうだろうか?

 わたしは箱を置いて、数学の問題に集中する。

 ブー、ブー。

 ブー、ブー。

 ブー、ブー。

 どうして?

 どうして?

 どうして?

 やっぱりわからない。

 この問題は解なし、なのだ。


 ……本当にそうだろうか?


 わたしは中1の春を思い出す。

 あの日、わたしはお弁当を家に忘れ、ひとり教室の隅で本を読んでいた。

 入学したて、かつ、人に話しかけるのが苦手。

 わたしはぽつんと詰んでいた。

 そこにマルがやって来た。

「これ、食べる?」

 差し出されたおにぎりはとても大きくて、そして、すごく丸かった。

 わたしは思わず吹き出した。

「なにこれ?」

「あ、ひどい」

 マルの頬が膨らんだ。

「うちのお母さん、おにぎり握るのヘタなんだ。でも、とってもおいしいよ」

 わたしはそのおにぎりをひと口齧って声を上げた。

「おいしい」

 マルは嬉しそうに笑った。

「でしょ?」

 あのおにぎりは、ひとりぼっちのわたしを救ってくれた。

 世界を形作ってくれた。


 ……わたしはこれでいいのだろうか?
 
 マルを責めていればみんなと繋がることが出来る。

 本当にそうだろうか?

 繋がりとは、こんな小さな世界が立てる、こんな小さな音のことだろうか。

 
 ……結局こうしている限り、ひとりぼっちだ。

 ずっとずっとひとりぼっちだ。


 わたしはそっと手を伸ばした。

 近くて遠い、世界の電源に。

 くっと力を入れてそれを切る。

 真っ暗な画面に自分が映った。

 とりあえずひとつ、解が出た。


 明日、マルに話しかけよう。


 お母さんにメモを書く。

 お弁当いらない


 いつかまた聞こえてくるのだろうか。

 心弾むあの音が。

ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み