第1話

文字数 839文字

 春は、出会いの季節。

 そして、別れの季節。

 あなたと過ごす日々ももう終わり。いよいよ別れの時が来たね。

 思い返せばいろんなことがあったね。

 私がインフルエンザにかかったときは、ずっと看病してくれたね。
 一人でうまく歩けなくなったとき、支えてくれたね。
 あなたの作ってくれたおかゆの味も、忘れないよ。

 でも、あなたは忘れてしまうのでしょう……。

 洗濯物は裏返してから洗濯機に入れることも、私が教えてあげたよね。
 あの頃に比べたら、あなたも家事がだいぶん上手になったね。

 ふたりで過ごしたクリスマス。
 あなたが抜いたコルクが跳ね返って私に直撃したのも、いまとなってはいい思い出です。

 いままでありがとう。

 新しい人のところで幸せになるのよ……!


「マドカさん、いままでありがとうございました。
 ほんとうに記憶を消去しますか?」

 はい……。

 あなたとの思い出が走馬灯のようによみがえる。

 初めからわかっていたのに。
 私の目には涙がにじんだ。

 明日には業者が回収に来るだろう。
 次は、どんな子にしようか。

 以前は試作品レベルでも手が出なかったアンドロイド。それも、テストモニターということで、借りられる時代にまでなった。

 期限が来たら、返さなくちゃいけない。
 見た目や性格はある程度選べても、細かいところはランダム値で、選べない。メーカーとしては、借り続けるのではなくて、気に入った子を見つけて購入してほしいということなのだろうけれど……。

 次の子は、洗濯のしかたもアップデートされているだろうか?
 だったらこの子も私も報われる。
 それこそがモニターレンタルの目的なのだから……。

 * *

 その頃メーカーでは――

「今日もあちこちからいいデータが集まったな」

「これはディープラーニングして開発に使えそうだね」

「やっぱり、似せて作るよりコレが一番だなあ」

「実際に直接とるに限るよね、人間の言動と感情のデータは」

 こうして晴れて、マドカのデータも今後の製品アップデートに活かされることだろう。
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み