Episode004 推しとの密会

文字数 4,642文字

「姉さん、本当にいいの?」
「うん、向こうも、『今までの作品の中でも特に面白い話の元ネタの人に会えるのは興味から、お願いね。』って言ってたし。」

今日、遂に僕は、念願の推しとの(_姉さんづたリの_)密会が行われることになった。
その所為で、昨日の夜は一睡もできなかった。

(めぐみ)さんは?」
「作品に恵さん出したお詫びで、私の得意料理を時間の許す限り教えるつもりだよ。キミがユメミンとあってる間にするから、メニューは秘密ね。」
「秘密か…。じゃあ、得意料理じゃなくてもいい?」
「どうして?」
「いやー、恵さんが僕の好きなもの作ってくれたら、どんなに美味しいか。」

どの道、恵さんの手作り料理を食べるなら、好きなメニューを食べたいものだ。

「あ、ごめんね。もう作るものが決まってて、既に材料が買ってあるから、ちょっとそれは無理かな。」

正直、残念である。
まあしょうがないか。ここでそんなこと言っても、姉さんに迷惑掛けるだけだし。

「まあ元気出しなって。そんな暗い顔してたら、ユメミンが悲しむよ?」
「う、うん。」

そうだった。
愛想よく接して、今日だけのユメミンとのデートを楽しまないと。

「確か、この辺りだったはず…。あ、いた。」
「え!?どこ!?」
「ちょ、ちょっと、急に大声出さないでよ。」

おっと、ついついテンションが上がってしまった。

「ちなみに、この辺りにいる時は、『裏の顔』をしてるから分かんないよ。」
「え?どういうこと?」

なんか裏の顔って聞くと、悪事が関わってるみたいで、聞こえが悪いな…。
まあ、変装って意味なのは分かるんだけどね。

「ここで降りればいいでしょ。ほら、女の子を待たせる男の子はカッコ悪いよ。」
「うん、行ってきます。」

やがて車が見えなくなった。
僕は、今日という人生最高の日を満喫させていただこう。
あー、違う違う。別に恵さんがどうとか、そういう話じゃなくて、単純に、1人のユメミンファンとしての話だから安心してもらって構わない。

姉さんの見ていた方向から考えて、たぶんこの人かなと思った人に声をかけた。
確かに、ユメミンにも見えなくはない。
もしかして、この人が…。

「あの、あなたがY.I.さんですか?」

姉さんからこう言うように言われていた。
確かに、率直すぎると周りにバレて1日が逃避行になっちゃうし、遠回しすぎると相手に伝わらなくて逆にこまることになる。
流石は姉さん。僕の誇りである。

しかし、全く反応しない。何故かずっと固まっている。
もしかして、言わなきゃいけない言葉が足りなかったり、違ったりしたのかな?
そもそも、この人じゃなかったとか…?

「キミがミソラっちの弟クンかな?」
「は、はい。」

急に喋り出したからビックリした…。
にしても、テレビや雑誌で見たユメミンよりも、間近で見るユメミンの方が格別にかわいい。
メガネをしているだけで、人の印象はこんなにも変わるものなのだろうか。
メガネが普段のかわいさを包み隠していて、でもそこにはまた別のかわいさが存在してる。

「キミもご存じの通り、私はユメミン、じゃなくて、夢見彩華(ゆめみいろは)。」
「あ、姉がお世話になりました。弟の夏樹成往(なつきなりゆき)です…。」

ヤバい。すごいドキドキする。
そうだ、買っておいたこれを渡さないと。
イメージアップを心がければ、少しは僕の緊張もほどけるはず。

「あの、ユメミン様は十分かわいくて、こういう装飾品がなくてもいいのですが、お近づきの印に、これを受け取ってもらえますか…?」
「これって?」
「え、えっと…。ユメミン様にこれを付けてほしくて…。」
「いいの?ありがと。」

ああ、急にお礼を言われると、更にドキドキしてしまう…!

「お褒めのお言葉、誠にありがたく存じます。」
「えっと、緊張してるのは分かるんだけど、もっと素になっていいんだよ?その方が、私もキミを知れていいんだけどなあ…。」
「わ、分かりました…じゃなくて、分かった。」
「うんうん、それだいいんだよ。」

ああ、やっぱりユメミンは天使だ…!恵さんに次ぐ、ね。
それにしても、1人のヲタクを目の前にしてるのに、まるで警戒すらしていないね。
もしかして、ユメミンさんの結構身近なところにヲタクがいるのかもしれない。

「あの、なんでユメミンさんは僕みたいなヲタクを目の前にしてそんな平然としてるんですか?」
「うーん、でも、出会ったばかりの人に警戒心を抱かなかったのは、キミで2人目かな。」
「もしかして、1人目って、姉さん?」
「うん。1年前にまだ私がアイドルデビューしたばっかりの頃だったかな。毎日のレッスンで疲れた私を励ましてくれる物語に出会ったの。」

あれ?その時期って確か…。

「ちょうど姉さんが小説投稿サイトに小説を書き始めたくらいの時期だ。」
「うん。その話、私みたいな境遇の()が、一流のアイドルを目指す物語で、絵もかわいいし、ストーリーが私の好きな感じで。それから私はミソラっちのファンになって。」

確かに、姉さん、初投稿の作品でいきなり幾つか賞をとったって大喜びしてたからなあ。

「それから少し後に、デビューアルバムのイラストを描いてくれる人を探さなきゃいけなくなって、その時に思いついたの。ミソラっちにイラスト描いてもらおうって。」

まあ、姉さんのイラストには、もともと定評があった。小学1年生の時から取り損ねたイラスト関連の賞はないくらいだ。

「それで、コミケまで出向いて、イラスト描いてってお願いしたら、友達になったワケ。その時に初めて人を警戒しなかったの。」

まあ、好きな人を疑う人のは度胸がいる。
それに、何もないのに好きな人を疑うとか、普通の人ならできないしね。

「ユメミンさんが僕を警戒してないことと、どう関係があるの?」

ユメミンと姉さんの出会いの経緯を話し終えたところで、聞きたかったことを聞いた。
きっと、姉さんの弟だから、ってところだろう。

「うーん。言われてみればなんでだろう?あれー?」
「あ、あの、もしかして、何もなくても信用してくれていたんですか…?」

まさかね。さすがにそんなことないとは思うけど…。

「んー、なんだろう。確か、どうしてか信じてみたくなったんだよね。キミを。」
「え?」
「私、どうしたんだろう。ま、いっか。」

ええ・。そんな軽いノリでいいのだろうか。
ユメミンが納得してるなら、いいとするか。

「ねえ、ユメミンさん。まず、あそこの猫カフェにでも…。」
「ナリユキっち、いや、成往くん。できれば、私のことは本名で呼んでくれない?」
「え?」

ストップストップ!さすがにソレはアウトでしょ!
と、心の中で叫んでしまった。
いや、1年で人気アイドルに成り上がったあなたを本名で?

「あの、それは恥ずかしいので、無理です…。」

推しを本名で呼ぶとか、付き合ってるみたいでなんか罪悪感も半端ない。
なにより、恵さんを裏切ったみたいで嫌なのだ。

「呼んでくれないの?」
「うっ…。」

涙目での上目遣いはもはや犯罪レベルでヤバいですよ?
尊すぎて危うく気絶するところだった…。

「分かった。じゃあ、彩華さん。行こう。」
「…うん!」

ああ、推しの笑顔は今日もまぶしい…!



「今日は1日ありがとう。楽しかったよ。」
「うん。ミソラっちにはよろしくね。」

もう夕方がきてしまった…。
これから先にも、会えるだろうか。

そんな時だった。

「おいおい、あそこにいるのは、あの有名なユメミンさんじゃないか!?」
「え!?ウソ!?」

あれ、もしかしてバレた?

「握手!どうか私と握手を!」
「いや、俺と写真を!」

なんかすごい勢いでユメミンヲタクが迫ってきた。
中には有名人と会ったのを自慢するって目的のヤツもいるとは思うけど…。

「おい!隣にいるのは彼氏じゃないか!?」
「マスコミに連絡しろ!それと写真を撮って広めようぜ!」

マズイ!ここで逃げなければ、二股疑惑をかけられてしまう…!
ここばかりは逃げなければ…!

「彩華さん!逃げよう!」
「え!?でもどうやって!?」
「僕の手を握って!」
「わ、分かった!」



「まだこの辺りにいるはずだ!探せ!」

悪いことしてないのに、なぜか逃走犯の気分だ。
姉さんには連絡したけれど、なかなか発見されない。

「ごめん。私が一緒にいたばかりに…!」
「でも、僕がいなかったら、今頃どうなってたのか、想像したくないことになってたと思う。」
「た、確かに。」、

なんだか彩華さんが落ち込んでるように見える。
こういう時は、何か言ってあげるべきか。

「キミを守れてよかったよ。」
「え?」
「だって、彩華さんは困ってたんでしょ?今までのスキャンダルやストーカーに。」
「え?なんで分かったの?」
「若いソロのアイドルはなんかそういうイメージがあるし、追いかけられてる時も、『またか…。』って顔してたから。」

彩華さんって、感情が顔に出やすいタイプみたいだからね。

「これからも僕が守ってあげれればいいんだけどね…。」

僕には恵さんとうい人がいる。
僕はいくら推しと付き合うことが可能になっても、運命の出会いに逆らうつもりはない。

「ねえ、成往くん。」
「ん?どうかした?泣いてるの?」

急に話しかけてきたと思ったら、なぜか声が震えている。
まるで泣いているように。

「成往くんってさ、私のこと、どう思ってるの?」
「え?愛すべき推しであり、一緒にいたい友達かな。」
「そっか。ありがとう…。」

彩華さんは声のトーンをだんだん落としていったと思ったら、急に泣き崩れてしまった。

「ねえ、大丈夫?なんか嫌なことでも思い出しちゃった?」
「ううん…。違うの…。」

顔を見るとその顔は、耳まで赤くそまっていた。

「私ね、キミを最初っから信用してた理由が分かっちゃったの。」
「それって?」

もう、何を言い出すかは予想がついている。
でも、それはあまりにも悲しいものなのだ。

「私ね、キミに出会った時から、キミを好きだったの。」

そうだとは分かってたよ。
そんな悲しい気持ちをむき出しにした彩華さんは、まだ語り続けた。

「今ミソラっちが連載してるあの小説がある以上、キミが既に誰かと付き合ってることは分かってた。でも、この気持ちだけは伝えておきたくて…。」

それを分かっててもなお、僕を好きになり、ちゃんと自分の気持ちを伝えた。
やっぱり、彩華さんはすごいよ。他人の気持ちを優先しつつも、自分の伝えておきたい気持ちは伝える。そんなこと、多くの人ができないことである。

「ねえ、彩華さん。」
「なに?」

これは、キミの選択次第だよ。彩華さん。

「夢か、僕か。この二択から選んで。夢を選ぶなら、僕とは疎遠な生活になる。でも、僕を選ぶなら、アイドルを辞めて、僕らの高校に入ればいい。」
「で、でも、成往くんには、彼女が…。」
「友達としていればいいさ。それに、恵さんも、一緒にいることの許可くらい、出してくれると思うよ。」

そして、数分の沈黙を経て。

「成往くん、あなたとともに、青春を歩んでいいですか…?そして、あなたは、私の彼女ではなく、ボディーガードになってもらえますか?」

結局のところ、『ボディーガード』なんて、いつの時代も、自分の守りたい人とずっと一緒にいる口実なんだよね。まあ、それがいいんだけどね。

「僕でよければ、よろこんで。」
「…!」
「…どうかした?」
「ううん、何でもないよ。ありがと。王子様。」

「いたぞ!捕まえろ!マスコミに売るぞ!」

「ヤバ!逃げよう!」
「うん!」

こうして、僕は生徒会長と推しのアイドルのボディーガードになったのであった。
彩華さんがアイドルを辞めて僕らの学校に入ったのは、それから割とすぐの話になる。

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