第1話
文字数 2,205文字
映画やドラマの影響で、『不倫』や『浮気』に対する倫理観が薄らいでいるように感じられる昨今、身近なところでも不倫がバレて別居するとか、離婚になったとかいう話を聞くことが増えました。
罪悪感を払拭するために、あえて『自由恋愛』なんていう耳障りの良い言葉に置き換える方もいますが、既婚者である以上、独身の立場の人同士が、自由に恋愛するのとは訳が違います。
『民法770条1項1号』に記載されている通り、配偶者に不貞行為があったときは、離婚の訴えを提起することが出来、この場合の『不貞行為』とは、夫婦間の貞操義務に違反する姦通、つまり、配偶者以外の異性との性行為のこと。
ただ、この法律には罰則がありませんので、不倫や浮気自体を取り締まることは出来ず、既婚者が『自由恋愛』を謳歌すること自体は、確かに自由ということになるのでしょうが、『自由』には『責任』が伴いますので、それがバレたときの代償は大きいのも事実。
**********
私の名前は、松武こうめ。この新興住宅地に住み始めて5年の、専業主婦です。
「おはよう、松武さん! ねぇ~、4丁目の佐藤さん、離婚するんだって~。知ってた~?」
朝、ごみ出しで顔を合わせた時、斜め向かいの葛岡さんのおばあちゃんに、そう話しかけられました。
「あ、葛岡さん、おはようございます! いえ、知りませんけど?」
「あそこの奥さん、不倫してたらしくて、おまけに、旦那さんのほうも不倫してたのが分かったらしいのよ~」
「へー、そうなんですか~」
嬉々として話すおばあちゃんに対し、まるで感情の入っていない棒読みで返事をする私。
いつも感心するのは、葛岡さんのおばあちゃんの情報収集。いったいどこから仕入れてくるのか、常にアンテナを張り巡らせ、多くの速報をゲットしては、その広報活動に邁進しているのです。
とにかく、他人様のことに関して、並々ならぬ興味がおありのようで、町内に在住する住人の大半を網羅しているという、御歳に見合わぬCP並みの記憶力。しかも、転入出の更新機能付きというハイスペック。
とはいえ、ここは日々増殖を続ける巨大な新興住宅地。我が家が在籍する町内会は1丁目から5丁目まであり、一つの丁はそれぞれ10班に分かれ、1班は10~15軒で構成されています。
よって『町内』だけでも、ざっと600軒以上のお宅が存在し、住人は約1800名。顔と名前が一致しないどころか、顔も名前も存じ上げない方が大多数なのです。
ですから『佐藤さん』といわれても、町内には同じ苗字のお宅が何軒もありますので、私のような凡人には、交流のある方か、余程インパクトのある方でもない限り、すぐには(あるいはまるっきり)ピンと来ません。
そうした『人』を記憶することに関して、並外れた才能を持っている方というのは時々存在し、私が知る限り、町内にも3名ほどいらっしゃいました。
1人は言わずもがな、葛岡さんのおばあちゃん。
2人目は、石ノ森酒店の大女将さん。とても繁盛している個人経営の酒屋さんなのですが、たった一度でも来店したお客さんの顔なら、何年経ってもすべて覚えているという能力の持ち主。
3人目は、いつも親しくしている百合原さん。彼女は人脈が広く、人望も厚いことから、沢山の方と親しく交流していて、確かな情報網をもっていらっしゃいます。昨年からは民生委員になられたのだとか。
ただ、それぞれが持っている情報の扱い方に関しては、三人三様。
おばあちゃんの情報アンテナは、感度は高いのですが、精度が低いのが難点。誰より早く情報をゲットしても、内容がいい加減だったりする上、その不確かな情報を広めるため、迷惑している方もいらっしゃるようです。
石ノ森酒店の大女将さんの場合、お客さんの情報に関しては、決して口外しないというコンプライアンスの塊。
周囲には、価格の安いフランチャイズの酒屋さんも多数ありますが、石ノ森酒店には圧倒的にリピーター客が多いのも、大女将さんのおかげだといわれております。勿論、我が家もリピーターです。
百合原さんの場合、かなり高精度な情報な上、情報の流出の是非をご自身が判断して下さり、さらに内容によっては、伝達する相手もきちんと選んで下さるので、とても安心出来るのです。
一方で、こうした膨大な人口を抱える新興住宅地では、自分のコミュニティーから少し外れれば、ほとんど知らない方ばかりですから、不用意な噂が一人歩きすることの怖さは、確かにあります。
たとえば、私のことを知らない誰かが、私に関する悪い噂を聞いたとしても、その真偽をわざわざ確認することはなく、その情報だけが、記憶として残ることもあります。
もしそれが、意図的に仕組んだ誰かの悪意だった場合、その判断材料を持たない『善意の第三者』の間に定着してしまったりすれば、その人物の思う壺となり、私の立場は最悪になります。
どうやら、今回の葛岡さんのおばあちゃんの情報も、情報源が不確かなだけに、無用な被害を生み出さないとも限らず、機会があれば、確認してみようと思います。
まあ、不倫や浮気は今に始まったことではなく、昔からそういう方はいらっしゃいました。
ただ、不貞も離婚もよりタブー視されていた時代、その代償は今より大きかったのは事実。そして、そのペナルティーは、男性よりも女性のほうが大きいことも、またしかり。
罪悪感を払拭するために、あえて『自由恋愛』なんていう耳障りの良い言葉に置き換える方もいますが、既婚者である以上、独身の立場の人同士が、自由に恋愛するのとは訳が違います。
『民法770条1項1号』に記載されている通り、配偶者に不貞行為があったときは、離婚の訴えを提起することが出来、この場合の『不貞行為』とは、夫婦間の貞操義務に違反する姦通、つまり、配偶者以外の異性との性行為のこと。
ただ、この法律には罰則がありませんので、不倫や浮気自体を取り締まることは出来ず、既婚者が『自由恋愛』を謳歌すること自体は、確かに自由ということになるのでしょうが、『自由』には『責任』が伴いますので、それがバレたときの代償は大きいのも事実。
**********
私の名前は、松武こうめ。この新興住宅地に住み始めて5年の、専業主婦です。
「おはよう、松武さん! ねぇ~、4丁目の佐藤さん、離婚するんだって~。知ってた~?」
朝、ごみ出しで顔を合わせた時、斜め向かいの葛岡さんのおばあちゃんに、そう話しかけられました。
「あ、葛岡さん、おはようございます! いえ、知りませんけど?」
「あそこの奥さん、不倫してたらしくて、おまけに、旦那さんのほうも不倫してたのが分かったらしいのよ~」
「へー、そうなんですか~」
嬉々として話すおばあちゃんに対し、まるで感情の入っていない棒読みで返事をする私。
いつも感心するのは、葛岡さんのおばあちゃんの情報収集。いったいどこから仕入れてくるのか、常にアンテナを張り巡らせ、多くの速報をゲットしては、その広報活動に邁進しているのです。
とにかく、他人様のことに関して、並々ならぬ興味がおありのようで、町内に在住する住人の大半を網羅しているという、御歳に見合わぬCP並みの記憶力。しかも、転入出の更新機能付きというハイスペック。
とはいえ、ここは日々増殖を続ける巨大な新興住宅地。我が家が在籍する町内会は1丁目から5丁目まであり、一つの丁はそれぞれ10班に分かれ、1班は10~15軒で構成されています。
よって『町内』だけでも、ざっと600軒以上のお宅が存在し、住人は約1800名。顔と名前が一致しないどころか、顔も名前も存じ上げない方が大多数なのです。
ですから『佐藤さん』といわれても、町内には同じ苗字のお宅が何軒もありますので、私のような凡人には、交流のある方か、余程インパクトのある方でもない限り、すぐには(あるいはまるっきり)ピンと来ません。
そうした『人』を記憶することに関して、並外れた才能を持っている方というのは時々存在し、私が知る限り、町内にも3名ほどいらっしゃいました。
1人は言わずもがな、葛岡さんのおばあちゃん。
2人目は、石ノ森酒店の大女将さん。とても繁盛している個人経営の酒屋さんなのですが、たった一度でも来店したお客さんの顔なら、何年経ってもすべて覚えているという能力の持ち主。
3人目は、いつも親しくしている百合原さん。彼女は人脈が広く、人望も厚いことから、沢山の方と親しく交流していて、確かな情報網をもっていらっしゃいます。昨年からは民生委員になられたのだとか。
ただ、それぞれが持っている情報の扱い方に関しては、三人三様。
おばあちゃんの情報アンテナは、感度は高いのですが、精度が低いのが難点。誰より早く情報をゲットしても、内容がいい加減だったりする上、その不確かな情報を広めるため、迷惑している方もいらっしゃるようです。
石ノ森酒店の大女将さんの場合、お客さんの情報に関しては、決して口外しないというコンプライアンスの塊。
周囲には、価格の安いフランチャイズの酒屋さんも多数ありますが、石ノ森酒店には圧倒的にリピーター客が多いのも、大女将さんのおかげだといわれております。勿論、我が家もリピーターです。
百合原さんの場合、かなり高精度な情報な上、情報の流出の是非をご自身が判断して下さり、さらに内容によっては、伝達する相手もきちんと選んで下さるので、とても安心出来るのです。
一方で、こうした膨大な人口を抱える新興住宅地では、自分のコミュニティーから少し外れれば、ほとんど知らない方ばかりですから、不用意な噂が一人歩きすることの怖さは、確かにあります。
たとえば、私のことを知らない誰かが、私に関する悪い噂を聞いたとしても、その真偽をわざわざ確認することはなく、その情報だけが、記憶として残ることもあります。
もしそれが、意図的に仕組んだ誰かの悪意だった場合、その判断材料を持たない『善意の第三者』の間に定着してしまったりすれば、その人物の思う壺となり、私の立場は最悪になります。
どうやら、今回の葛岡さんのおばあちゃんの情報も、情報源が不確かなだけに、無用な被害を生み出さないとも限らず、機会があれば、確認してみようと思います。
まあ、不倫や浮気は今に始まったことではなく、昔からそういう方はいらっしゃいました。
ただ、不貞も離婚もよりタブー視されていた時代、その代償は今より大きかったのは事実。そして、そのペナルティーは、男性よりも女性のほうが大きいことも、またしかり。