私の娘

文字数 1,496文字

 私は、成人期をバブル時代真っ只中で過ごした。

 同級生が新卒の初任給で高級外車を乗り回したり、クラブパーティで金を湯水のように一晩で溶かすようなそんな彼らを横目に、私は閉鎖的な工場で慎ましく働いていた。

 金や遊びに目が眩んでいる世の中の人たちは不真面目であった。

 反面、真面目に朝晩、汗水垂らしながら女工として働く自分自身を誇りに思っていた。
 
 私の取り柄は、たった一つ、「真面目」なことだった。

「真面目」であることは、私の存在意義であった。

 だから、それを捻じ曲げることは、存在意義を無くすと同義だった。

 ほどなくして、私は職場恋愛をし、結婚して専業主婦になり、女の子を妊娠した。

 私の娘は、全身の体毛が白く、肌は常に薄桃色がかっていた上に、瞳は外国人のように紺碧色だった。

 そして弱視だった。

 私の娘は障害者だったのだ。

 だからこそ私は、「変わっている」娘を世間に馴染ませ、溶け込ませることで必死だったし、自分だけの手で尽くせる限りの手を打った。

 夫は私が娘を妊娠している間にこの世を去ったから、私は女手一つで娘を育てあげた。

 見た目の障害に、目の障害、そして元来、主張をしない大人しい性格。

 私の見えないところで、あの子はきっと沢山苦労しただろう。

 けれどあの子はすべて自力で乗り越えた。

 高校では、女の子同士のいざこざに悩んだりしたみたいだけどあの子は、凛とした態度で切り抜けた。

 私の娘は、私と同じくとても真面目な子に育った。

 1日も休まず学校へ行き、私の頭では行けない大学へ進んだ。

 娘は弁護士になった。

 私は、是非とも、弁護士バッジを付けた娘と写真を撮りたくて、写真館へ向かい、母娘ツーショット写真を撮影した。

 愛しい自慢の娘。

 私の娘は、「恋に似てる」と書いて「レニ」と呼ぶ。

 皮膚の色素がないせいか、いつも紅い頬をしているレニは、まさしく恋をしているみたいだから。

 真面目なレニは、司法試験に受かったその翌日、ベリーショートヘアにした。

「これから、頭を下げる機会が増えるだろうから」

 真面目な娘は、弁護士としての覚悟と責任に燃えていた。

 私の胸まで熱くなった。

 娘にはいろいろ苦労させたと思う。

 障害者のハンデを乗り越えて欲しくて、子どもの頃は厳しく育てたし何度も娘の涙を見てきた。

 けれどこれだけは言える。

 私の子育ては、間違っていなかった。

 常にパーフェクトに、愛情を注ぎ続けた。

 司法修習と同時に自立したレニは、やはり弁護士だからか忙しいらしく、メッセージを送っても既読スルーがほとんどだ。

 自筆の文字なら、どうかしら。

 私は、携帯よりも手紙の世代なのだ。

 手紙なら、返事をくれるかもしれない。

 母親の文字を見れば、私との楽しかった日々を思い出してくれるはず・・。

 そうね。

 たまには、手紙ってのもいいかもしれない。

 私は、衣装ケースからレターセットを取り出した。

「白田 似知子様」

 私に宛てられたの手紙の山が、輪ゴムで留められている。

 レニからではない。

 学生時代は仲良くしていた子からだ。

 返事を一切していないのにもかかわらず、彼女は手紙で一方的に近況を知らせてくる。

 なんでも、いまは大家をやっているらしい。

 私は乱暴に衣装ケースを閉めた。

 私は、十数年前から愛用しているボールペンを手に取る。

「白田 恋似様」

 恋似へ

 ようやく残暑が消えつつありますね。
 お仕事は、どうですか。
 リーニュの返事が一向にないので、心配しています。
 弁護士、大変な仕事だと思うけれど、私は恋似を本当に誇りに思います。パート仲間にもちゃっかり恋似のことを自慢しているんですよ。

 

 

 

 
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