第四話 石油王と知り合いになっちゃったオレ

文字数 1,788文字

 松葉杖で歩けるようになると売店へ出かけるようにもなった。
 おやつを買って部屋へ戻ろうとすると外国の人っぽい男性と会った。彫りの深い顔立ち。キリッとした目。浅黒い肌に口から顎にかけて伸びた髭。頭にはターバンを被っている。
 その人が持っていたのが同人誌! しかもオレがチェックしている作家さんのだ。
「あー! 的矢(まとや)泥春(でいしゅん)先生の本!」
 つい指を差して声を上げてしまった。
「おー、的矢泥春をご存知でしたか」
 流暢な日本語だ。
「ファンなんです。このあいだの即売会でも新刊を買って!」
「おー、新刊を買えたのですか! ぜひ見せてください。
 私は新刊目当てで日本に来たのですが、前日に倒れてしまって買いに行けなかったのですよ。
 配下の者に買いに行かせたら違うの買ってきてしまって」
「オレの部屋にありますよ。お見せします」
 ターバンの人を自分の病室まで案内した。ターバンの人の近くには黒い背広を着たサングラスの男が二人付いてきていた。ひょっとしてこの人凄いVIPじゃない?
 病室に入って同人誌を見せた。
 ターバンの人とは的矢泥春作品について盛り上がった。
 ターバンの人の正体は、とある国の石油王だった。名前はジャムシード。
 日本のサブカルチャーに興味を持っており、毎年2回日本にも来ているという。
 日本語はアニメや漫画で覚えて、ラノベで漢字を勉強したのだという。
 その日から石油王ジャムシードさんは毎日オレの部屋へ遊びに来た。
 連日、アニメや漫画の話で盛り上がった。たまに言い争いにまで発展することもあったが、お互いに相手のことを尊重しているので険悪なものにはならずに、帰るときには笑っていた。
 学生時代にはこんな友達は居なかったな。こういうのを親友というんだろうな。
 ある日、ジャムシードさんがお供の人を連れて病室に来た。お供の人が持っているのは絨毯を巻いたもの。
「今日は松田さんに見せたいものがあります」
 そう言うとジャムシードさんは絨毯を広げさせた。
 絨毯はペルシャ絨毯だった。ペルシャ絨毯ってかなり高いと聞いていたけど。
 そして絨毯の中心に織り込まれていたのは――
「魔法少女プリティ・カナコ!」
 プリティ・カナコは的矢泥春作品に出てくる女の子キャラクターだ。それが織り込まれた、言わば痛絨毯だ。
 凄い! 無駄に高級な萌グッズだ!
「松田さんなら喜んでくれると思いました」
 ジャムシードさんは嬉しそうだった。
「私の国の者に見せても、誰一人として理解してくれなかったのです。
 松田さん、あなたは私の大切な人です。どうぞ、この絨毯を受け取ってください」
 その後も毎日、ジャムシードさんはプレゼントを持ってきてくれた。

 ジャムシードさんの退院が決まった。
「松田さん、あなたと別れるのはとても辛いです。
 ぜひあなたを私の国に連れて帰りたいです」
 そう言うと、黒服の男にカバンを持ってこさせ、中を開いてオレに見せた。
 出てきたのはいくつものダイヤが散りばめられたネックレス。
「日本円で二千万円したネックレスです。これを受け取ってください」
 高価な物を見せつけられて身体が緊張して動かない。
 そのあいだにジャムシードさんがネックレスをオレにかけてくれた。
「とてもお似合いです」
 髭面でニッコリ微笑む顔を見て胸がキュンとした。
 ヤバイヤバイヤバイ、男のオレが男にときめいてどうするんだ。
 あっ、でも……。こんなにカッコいいなら、男のオレでもきっと惚れるんだろうな……。
 妄想に耽っているとジャムシードさんの顔が目の前にきた。そして……キスを……された。
 頭がパニックになってしまった。
 今、オレ男にキスされたよな。オレのファーストキス。男のオレに男がキスした。いや今のオレは女なので、女のオレに男がキスした? じゃあ問題ないじゃん。大丈夫、大丈夫。
「……か?」
 目の前が真っ白になっているなか、ジャムシードさんが何かを聞いてきたような気がする。
「はい?」
「おー、OKを貰えました!」
「えっ、えっ、今なんて?」
「『結婚してくれますか?』と聞いたら『はい』と答えたじゃないですか。私たち夫婦になるんですよ」
「えぇーーー!」
 こうしてオレは石油王に嫁入りすることになった。
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