浦島太郎

文字数 2,615文字

「ハル、今回のテーマは浦島太郎だ」
「所長、前回の桃太郎はあれでいいんですか?」
「過去は振り返るものではないのだよ」
「思いっきり過去を振り返る仕事してますけど」
「それはそうと、ハルの中にある浦島太郎のイメージを聞かせてくれ」
「そうですね、浦島太郎が亀を助けた見返りに竜宮城で接待を受けて、そこで貰った開けてはいけない玉手箱を開けたためにお爺さんになってしまうというお話ですね」
「力技で一文にまとめた感は否めないが、今回も要点を漏れなくカバーしている点が素晴らしい」
「ありがとうございます」
「だが、これもオリジナルとは異なるんだ」
「そうなんですね、オリジナルはどんなですか?」
「何をオリジナルとするかは難しい、ベースとなったストーリーは日本書紀まで遡るからな」
「そんなに古いんですね」
「大まかに、古代、中世、近代に分類される。詳しく説明すると長くなるので、箇条書きで挙げるとこんな感じだ」

•子供にいじめられている亀を助ける説
•釣りで度々かかる亀を都度逃してやった説
•竜宮城は海底説、もしくは海上説
•亀の正体は乙姫説、そうじゃない説
•帰ったら300年経過説、700年経過説
•玉手箱を開けたらお爺さん説、鶴になる説

「色んな説があるんですね」
「玉手箱は三段重ねという説もある。一段目に鶴の羽、二段目を開けてお爺さんになる。その姿を三段目に入っていた鏡で見たあと鶴の羽根に触れて鶴になる。その姿を亀の姿の乙姫が見に来る。これは英訳もされているから、グローバルな見解と言えそうだ」
「私、それ初めて聞きました」
「ところで、ハルは浦島太郎を読んで何を思う?」
「そうですね、開けてはいけない玉手箱をお礼に渡すというのが謎ですね」
「やっぱりそこだよな。我々はそう言った引っかかる所を徹底的に潰さないといけない」
「あと、水中で息ができるのかとか」
「最もだが、絵的に映えるからその設定は捨てがたい」
「所長はどうですか?」
「そうだな、亀をいじめると言うのは如何(いかが)なものか、PTAから苦情がきそうだしな」
「そういうことを気にする人が桃太郎をあんな風にしないと思うんですけど」
「今回はその心配はない。今、考えがまとまった」

〜 浦島太郎 〜
 むかしむかし、ある村に浦島太郎という心優しい漁師が住んでおりました。浦島太郎は毎日船を出しては釣り糸を垂らします。
 すると、その釣り針に亀がかかります。亀を食べる習慣の無かった浦島太郎は、亀を逃してやります。
「もう釣られるんじゃないよ」
 そう言って亀を海に返しましたが、来る日も来る日も同じ亀がかかります。ある時、亀が浦島太郎に話しかけてきました。
「いつも逃してくれてありがとうございます。お礼に竜宮城にご招待します」亀は甲羅に乗るよう浦島太郎に促します。
 言われるがままに浦島太郎は甲羅を跨ぎます。亀の甲羅は広くて股が裂けそうです。
「それでは出発します」亀はそう言うと海中に潜って行きましたが、浦島太郎の体はうまく沈みません。そこで、亀は浦島太郎の体が浮かばないように足枷をはめました。そのおかげで今度はうまく沈みました。
 水深三十メートルほど潜ったところでしょうか、亀の言葉がテレパシーで伝わってきました。竜宮城は水深百メートルのところにあります。あと二分くらいです。
 浦島太郎はとても呼吸が続かないことに気づき、急浮上するよう亀に念を送りました。
「ガボゴボ」浦島太郎は苦しそうに口から(あぶく)を吐き出しています。一瞬竜宮城とは違う極楽が見えたと思いましたが、なんとか戻ってきました。
 助かったと思ったのも束の間、全身の関節が痛みます、筋肉痛もあります、吐き気もします。それもそのはず、深いところから急浮上したため減圧症にかかったのです。ダイバーなら常識ですが、鎌倉時代に生きる浦島太郎は知る由もありません。
 症状が(おさま)ったところで、亀が提案をします。
「海上にアネックス(別館)があるのでそちらに行きましょうか」
 それ早く言ってよと浦島太郎は思いました。結局自分の船で竜宮城アネックスに向かいます。

 そんなこんなで浦島太郎は竜宮城アネックスに辿り着きました。すると、先ほどの亀は美しい乙姫へとその身を変えました。
 乙姫は浦島太郎を鯛やヒラメの活け造りなどのご馳走でもてなします。目の前で鯛やヒラメが舞い踊ってます。食べていいんだコレと浦島太郎は思いました。食べにくくてしょうがありません。
「乙姫さんは食べないんですか?」浦島太郎は問いかけます。
「私はお腹が空いていませんので」乙姫がやんわりと答えます。
 その身はとても細く、ダイエットしてるのかなと浦島太郎は思いました。
(お前の釣り針のせいで口の中がズタズタになって食べられないんだよ)乙姫は心の中で呟きました。
 もうそろそろ帰るという浦島太郎を乙姫は事あるごとに引き止めて、気づけば三年の時が流れていました。
 家族も友人も心配していると思った浦島太郎はとうとう帰る決意をします。乙姫は手土産に三段重ねの玉手箱をお礼にくれました。
「困った時に開けてください。それまでは開けてはダメですよ」乙姫はそう言いました。

 浦島太郎はひたすら(かい)を漕ぎました。やがて目に映ったものは見知った風景ではありませんでした。それもそのはず、竜宮城アネックスで三年間過ごす間に人間界では七百年の歳月が過ぎていたのです。時は西暦二千年。

 「ここは?」

 何が起きたかわからない浦島太郎は、玉手箱の一段目を開けると、そこには鶴のコスプレ衣装が入っていました。
「これを着たら何とかなるんだろうか?」そんなわけないのに、冷静な判断力を欠いた浦島太郎はその衣装を身に(まと)います。二段目には何が入っているんでしょう。気になった浦島太郎は開けてみます。すると、もうもうと煙が上がって、浦島太郎はお爺さんに変貌してしまいます。しかし、浦島太郎は気づきません。そのまま三段目を開けると、そこには鏡が入っていました。そこに映る足枷をつけて鶴のコスプレをした老人は誰が見ても危ない人です。

 ショックに打ちひしがれているというのに、浦島太郎は海上保安庁に拿捕(だほ)されてしまいました。
 (おか)に着くと、その身は勘吉という名の男に引き渡されました。その男に連れて行かれた建物にある文字を見て浦島太郎は悟りました。
 “葛飾区

有公園前”
 全ては亀の復讐だったのだと。

〜 おしまい 〜

「ハル、こんな感じでどうだろう?」
「色々アウトだと思います」
 
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