詩小説『雨の動物園』3分の母と子の日常。全てのシングルマザーへ~第2話~

エピソード文字数 1,555文字

「亮平、ちょっと、休憩しようか」
 園内を一通り廻ったのを見計らって、子供をベンチに座らせることにした。濡れた冷たいベンチをポケットティッシュで拭き取って、まず私が座り、私の隣に亮平が座る。屋根がないためふたり身体を寄せ合って、私が傘を差した。
「トラが水遊びしてた」
「そうね、トラさんはきっと雨が好きなんだ」
 あれには私もびっくりした。身体をまるめて雨宿りでもしているものだと思っていたから。サバンナあたりのスコールと勘違いでもしているのだろうか。あえて濡れにいく。水溜りへダイブしていた。
 それよりもびっくりしたのは亮平が意外と真面目に動物を見ていたこと。あれだけ行きたい、行きたいとダダをこねていたわりに、注意が散漫しており、じっくりとは動物を見ていないだろうと踏んでいたからだ。
「トラはたまごの匂いがした」
「そうね、トラは猫の仲間だから」
「仲間なの? じゃあ猫はトラを食べないの?」
「そういうことじゃなくて、同じ猫科の生き物で」
「ネコカ?」
 子供というのは言葉の裏側を読み取る能力が備わっていない。『仲間』という言葉が持つ意味をそのまま受け取ってしまう。トラと猫は友達だとでも思ったのだろうが、猫科と言っても理解出来るはずがない。種類の話をしたかったのだが子供でも解るように砕いて説明するのが私は苦手だ。
 それに猫がトラを食べるのではなく、トラが猫を食べてしまうのではないのか。単なる良い間違えなのか、本気で猫があの小さな身体で、トラを負かしてしまうほどの力を兼ね備えていると考えているのか、どちらかは分からない。
 ちなみに『たまご』というのは亮平が拾ってきた捨て猫のことだ。あれだけ家では飼えないと怒ったのだが、亮平は頑固で折れなかった。仕方なく家で面倒を見ることにした。たまごという名前は亮平がつけた。その由来は知らない。
 そんな他愛もない話をしている最中にも、頭の片隅では浩次から来たメールのことを考えている。今から動物園を出て、そのまま実家の母へ亮平を預ける。そうすれば浩次のアパートに行けないことはない。
 浩次は夫ではない。夫とは離婚した。よくある価値観の不一致というやつだ。だからといって恋人でもない。ただ、一線は越えている。他人に言わせれば歪な関係。だとしても、恋人にもなり得ない、ましてや夫婦などもってのほか。
 有り得ないのだ。家庭という空間に浩次が混在していることなど。育児をしている姿を何故か見せることなど出来ないと思っている。家庭と浩次のことは全く別の頭で考えているのだ。くっきりと境界線を引き、生活を使い分けているのだ。
「たまごもトラもお日様の匂いがする」
「雨の日なのに不思議ね」
 無邪気を絵に描いたような笑顔で亮平がそう言った時、私はどこか怖くなってしまった。『子供の感性』というものにはつくづく驚かされる。そこには混じり気なしの純粋な何かを感じてしまい、怖くなると同時に哀しくなる私もいる。
 そうこうしていると亮平はウトウトしてしまい、座ったまま寝てしまった。私が持っているこの傘を叩く雨粒の音はやけに眠気を誘う。私も子供の頃、雨を裂く車のワイパーの音で眠くなっていたことを思い出す。
 それにあれだけはしゃげば疲れて眠くもなるだろう。そんなことを思いながら目を閉じてうつむくその横顔を眺めていた。
 ついさっきまで、家に残してきた朝食の洗い物を思い憂鬱になっていたというのに。今だけは子育てというものが何物にも変えがたいほど大事に見えてくる。
 そんなものだ。私もこの子と同じく子供なのだ。都合が良い時は目の前のあなたを受け入れられるが、都合が悪くなると身体があなたを拒絶してしまうことがある。私も目の前の『楽しい』が一番大事な生き物。
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登場人物紹介

主人公はあなたです。それぞれの恋愛模様を『詩小説』で。

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