第三十六章 終わってみれば

エピソード文字数 4,023文字

 彪が、両手を上げて、伸びをした。すべてが終わった合図のようなものだった。
「あーあ」
「大変な夜でしたね、彪様」
「本当にね。……でも、お姫様が無事でよかったよ。俺、それだけが心配だったんだ」
「私は絶対、大丈夫です。先ほども申しあげましたけれど、彪様がご一緒にいてくださったのですから」
 彪は、それを聞いて、照れのあまり再び真っ赤になり、それをごまかすべく、あわてて辺りを見渡して、言った。
「『清白宮』の一角が、ひどく壊れちゃったけど、この『入らずの布陣』を解く前に、修復しないと、まずいね。『修復』の『術』を使うには、今の俺たちには『気』が足りない。どうすればいいかな?」
「『群玉山脈(ぐんぎょくさんみゃく)』の木々から、『(じん)』を借りたらどうだ?」
「ああ、それはいいね……って」
 いい提案だ、と軽くうなずきかけていた彪の動きが、止まった。……今の声は。 
 彪と暎蓮は、ぎょっとして、その声がしたほうを見た。
「…………扇様!」
 冠に、王としての正服姿の扇賢が、『入らずの布陣』の中に、立っていた。彪たちのほうに、瓦礫やら人形の破片やらを、足でのけながら、向かってくる。彼の後ろには、やはり盛装した王音、同じく、西方風の衣服ではあるが、盛装したナイトが立っている。
 どうやら、三人とも、宴の途中で抜けてきたらしかった。しかし、三人とも、ちゃんといつものように、手には愛刀を持っている。
 その三人の突然の登場に、度胆を抜かれた彪は、あせるあまり、どもりながら、言った。
「……さ、三人とも、い、いつから、この布陣の中に!」
「お前がこの布陣を張った時からだよ」
 扇賢が、正服の大きな両袖を邪魔そうにまくり上げ、両腕を組んで、言った。
「扇賢様、ずっと、ご覧になっていたのですか」
 暎蓮が、呆然としたように、言った。扇賢が、鼻の頭をかく。
「まあな。お前たちが、二人だけで、どこまでやれるか、見ておきたかったんだ」
「……扇様!」
 彪が、怒りと恥ずかしさで、顔を真っ赤にして、叫んだ。
「そこにいたなら、なんでお姫様を護ってくれなかったんだよ!俺一人じゃ、危うかったの、見ててわかってただろう!?」
「……彪。私とナイト様は、何度も手を出そうとしたのよ。だけど、扇賢様が、それをお止めになったの。『彪なら絶対、暎蓮を護りきってくれるはずだ』、って、おっしゃってね」
 王音が、彪をなだめるように、言った。……彪は、その言葉に少なからず、驚いた。
 いつもはあれだけ、ほかの男から暎蓮を遠ざけようとしている扇賢が、自分のことをそれだけ買ってくれていたなんて。
「扇様……」
 彪は、口ごもった。なんといえばいいのか、わからなかった。
 ナイトが、言う。
「ですが、まあ、結果は出せたではないですか、彪殿。あなた様は、無事、暎蓮姫をお護り出来て、『敵』も倒せ、『巫覡』としてのお仕事まで完遂できたのですから」
「でも、それは、俺一人の力じゃなくて、お姫様がいたから……」
「だからな、彪」
 扇賢が、少し困ったように、笑った。
「俺は、自分を暎蓮の最大の『鎧』だと自負しているが、『巫覡』としての力はない。こういった事件の時には、俺では役に立てないんだよ。この手のことがあった時に、暎蓮を護る力になってくれるのは、お前じゃないと、無理なんだ。だから、まあ、言ってみれば、お前の『力試し』をさせてもらったわけだ」
「扇賢様のそのご意向はわかりました。……ですが。じゃあ、扇賢様は私たちの、この件を、いつからご存じだったのです」
 暎蓮が、そう言いながら、飛んでいって『合』人形の眉間に刺さりっぱなしだった『破邪の矢』を握ると、いきなり、それこそ『力技』でそれを引き抜いた。矢を持って、彪たちのところまで戻ってくる。……いかに彼女でも、さすがに、少し怒ったような声だった。
 その大きな瞳で、扇賢を見つめる。
 その彼女の迫力ある仕草と、声音、そして強い視線に、今度は扇賢が、どもりながら、言った。
「い、いや、き、昨日、たまたまお前の顔を見に、『雲天宮』に行ったら、応接の間で、お前たちがこの件について話をしていたから、つい……」
「『つい』、『立ち聞き』していたというわけですか」
 暎蓮の迫力に、扇賢がもごもごと、言う。
「……いや……。お前たちが、あまりにもいつも一緒にいるから、……なんというか……」
「……扇様!」
 彪が、あきれたように言った。
 ようは、扇賢は、まだ子供である自分と暎蓮の仲が良すぎることに、少しばかりやきもちを焼いていたらしいのだ。……そんなわけがないのに。
「……馬鹿馬鹿しい!」
 彪は、扇賢に向かって吐き捨てながらも、少しだけ心が弾んでいた。
 扇賢は、半分ばつが悪そうに、しかし、仕切り直すように、言った。
「そ、それはともかく、だ。無事に敵を滅せたし、彪と暎蓮の新しい技もできた。『巫覡』としての仕事も完遂できて、この一件は完了だ。めでたいじゃないか。……ああ、いいから、もう、お前たち、早いところ、ここを修復しろ。彪、お前も布陣を張りっぱなしで、気力がもたなくなるぞ。その前になんとかしろ」
「ああ、はいはい……」
 彪は、投げやりに言うと、手で印を結び、『入らずの布陣』越しに、城の周りにある『群玉山脈』の森の木々から、『精』を集めた。隣で、暎蓮も同じことをして、『精』を集める。……『精』とは、自然物の持つ『気』の一種だ。
 修復に必要な、大体の量が集まったところで、二人は、『清白宮』に向かって、手をかざし、その『精』を発した。
(しゅう)!」
 『言の葉』で術を起動すると、森の木々の『気』の力で、徐々に、壊れていた建物が修復されてきた。
 それを見ている、マイペースなナイトが、のんびりと、
「『巫覡』の方のお力というのは、便利なものなのですね」
 などと言っている。
 『清白宮』が完全に修復されたところで、暎蓮は息をつき、彪が、
「それじゃ、布陣を解くよ」
 と、言った。
「ああ」
 扇賢が答え、彪が布陣を解く。これで、外界と遮断された空間は消え去った。修復された部屋には、もう、『合』という男が住んでいたあとは、なかった。……そして。宮廷にいた人たちの記憶からも、『合』の記憶はもう消えているだろう。
「ところでな、彪」
「なに?扇様」
 扇賢が、小柄な彪を見下ろして、言う。
「お前、見ていたところ、俺の許可を得ずに、散々暎蓮に触っていたな」
「なっ!」
 思いもかけない扇賢の言葉に、彪はあせった。
(……そう言われれば、女の人と、あんなに接触したのは、初めてだ。……だけど……)
「……で、でも、あ、あれは……!」
 彪が、真っ赤になって、口ごもった。それは事実だが、別に不埒な気持ちで触れたわけではない。仕方がないではないか。だが、しかし。……やはり、やってしまったのは確かだ。
 真っ赤な顔のまま、頭の中がぐるぐると混沌の状態に陥っている彪の様子を見て、
「扇賢様。彪様は、私を護ってくださろうとして」
 暎蓮が、必死に言ったが、
「いいや、これは、『罪』だ」
 扇賢は、にやにやしながら、言った。その顔は、いかにも人の悪い笑いを浮かべており、楽しそうだった。
「『罰』を与えるから、覚悟しておけ」
「ええ?」
「扇賢様!」
 暎蓮が、必死に扇賢の袖を引くが、扇賢はもはや、その考えを改める気はないらしく、両手を頭の後ろで組み、上を向いた。
 その様子に、彪が、がっくりと肩を落とす。しかも、その時、彼のおなかが、ぐーっと鳴った。その音に、一同は、そろって、彪を見た。
 恥ずかしさも手伝い、彼が腹部を両手で押さえ、再び顔を赤くする。
「腹が減ったのか」
 扇賢が言い、一同が、笑う。
「それは、そうです。夕方からずっと、働きづめだったんですもの。……私も、空腹です」
 暎蓮も、笑いながら、言った。
「俺たちもだ。宴を途中で抜けたから、ろくに食ってない。……暎蓮」
「はい」
 暎蓮は、笑顔で扇賢にうなずいた。
「皆様、『麗水宮(れいすいきゅう)』の『貴賓の間』へどうぞ。なにか、お夜食を、作ります」
「それでしたら、暎蓮様、わたくしもお手伝いいたしますわ」
 王音も、笑いながら言う。
「王音様、いつもありがとうございます」
 二人の女性は、顔を見合わせて、笑いあった。それを合図に、一同は、『麗水宮』へ向けて、歩き出した。
 歩きながら、今度は彪が扇賢に問う。
「でも扇様、宴のほうはいいの?」
 扇賢は、目の前に垂れる幾本もの鎖が邪魔なのか、その鎖が垂れている冠を外すべく、顎の下の紐をほどきながら答えた。
「本当は、戻ろうと思っていたんだが、気が変わった。宴で出る飯より、暎蓮の手料理のほうがうまいしな。……それに、宴ももう後半だ。大半の連中が酔っぱらっているだろうから、俺たちがいるかいないかなんて、わかりやしないさ。大体、俺は常に御帳台(みちょうだい)の中だしな。なおさら、いるかどうかなんてわからんだろう」
「ふうん」
「しかし、お前、俺の言ったことを忘れてやしないだろうな。『罰』は必ず与えるからな」
 彪が大きくため息をつく。
「……もう、勘弁してくれよ……」
 彪は、心底情けなさそうな顔をして、言った。一同が、それを聞いて、また笑う。

 ……その彼らの後姿を、暗がりから、そっと見ている人物がいた。
その人物は、
「……なるほど。あの『無間邪術』を破るとは、思った以上の腕だ。……面白い」
と言うと、
「あの『二人』には、重要な『役目』がある。……さて。……どこまで、『期待』に応えてくれるかな……?」
と言い、喉の奥で、くくっと低い笑い声を残すと、もう一度、彼らの後姿に目を当て、その直後に、一瞬にして、姿を消した。
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

白点 彪(はくてん ひゅう)

十三歳。『玉雲国』の『宮廷巫覡』で、強力な『術』を使える『術者』でもある。

この国の『斎姫』で初恋の相手、十一も年の違う憧れの『お姫様』である暎蓮を護るのに必死。

温和な性格。

甦 暎蓮(そ えいれん)

二十四歳。しかし、『斎姫』としての不老の力で、まだ少女にしか見えない。『玉雲国』の王である扇賢の妃。『傾国の斎姫』と言われるほどの美女。世間知らず。

彪が大のお気に入りで、いつも一緒にいたがる。しかし、夫の扇賢に一途な愛を注いでいる。

使う武器は、『破邪の懐剣』と『破邪の弩』。

桐 扇賢(とう せんけん)

十七歳。暎蓮の夫にして、『玉雲国』の王。『天帝の御使い』、『五彩の虎』の性を持つ。単純な性格ではあるが、武術や芸術を愛する繊細な面も。

生涯の女性は暎蓮一人と決めている。

彪とはいい兄弟づきあいをしている。愛刀は、『丹水(たんすい)』。

関 王音(せき おういん)

二十代後半。扇賢のもと・武術の師で、宮廷武術指南役。美しく、扇情的だが、『天地界』中にその名と顔が知れ渡っているほどの腕の『武術家』。

暎蓮にとっては、優しい姉のような存在。彪や扇賢にとっては、やや恐れられている?

愛刀は『散華(さんげ)』。

ウルブズ・トリッシュ・ナイト

二十代後半(王音より少し年下?)。扇賢のしもべで、『玉雲国』ただ一人の『騎士』を自称する、人間界の西方が出自の金髪美男。暎蓮に懸想しており、彪や扇賢とは好敵手関係?戦うときは銀の甲冑と大剣を持つ。マイペースな性格。

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み