中二病パンデミック

文字数 3,035文字

お題コミュで書いた作品です。
 お題は
 1.パンデミック
 2.「そのとき背後で不快な音を立ててドアが開いた。
  恐る恐る振り向き、目をあげると、戦慄した_。」
 3.かまぼこ
 の三つ、1.はタイトルにも使っています、2.はちょっとだけ変えて使いました、3.は入りませんでした。
 あと、『ハートウォーミング』もリクエストされていました。
              


 ちょっと仕事が立て込んで夜中まで仕事をしていた時のことだ。
 背後で不快な音を立ててドアが開いた。 恐る恐る振り向くと……
「おう、びっくりした……修一、なんでそこにいるんだ?」
「便所」

 息子の修一は今年中学二年生、ご多分に漏れず『中二病』の真っ最中だ。
「便所に行ったら電気が付いてるんで、消し忘れかと思ってちょっと開けてみた」
 そう言う説明は面倒らしい……「便所」……それだけでも意味は通じなくもないが、あまり良い感じはしない。
 家の中での修一はまるで幽霊、音もなく歩き回り、家族を見かけても挨拶すらしない、何か話しかけたり聞いたりしても帰ってくる返事はだいたい決まっている。
「別に」
「知らない」
「面倒」
 この三つだ、バリエーションはほぼ、ない。

「修一、最近学校はどうだ?」
「別に」
「母さん、遅くなるとか言ってたか?」
「知らない」
「おう、夕飯は外で食べてくれないかってよ、ちょっと出かけようか」
「面倒……カップ麺で良い」
 万事そんな調子だ、それでも返事が返って来るだけましな方で、返事をするのさえ『面倒』なことすらあるようだ。

 まあ、俺にも少し覚えがある、中学や高校の頃はと言えば親父は何となく疎ましかった。
 そもそも父親世代の男が考えることやすることが時代遅れに見え、腹が出っ張ってきたり髪が薄くなってきたりすれば『ああなりたくねぇな』と思うし、テレビで時代劇やお笑いを見ているのを見れば『どこが面白いんだ?』などと感じていたものだ。
 だから修一が不愛想なのにも寛容でいた、『そのうち治るだろう』くらいに思っていたのだ。
 だが……。
 中三になり、高一になり、高二になってもちっとも治らない。
 その内に娘の理恵が中二になり、同じ病に感染した。

「何か悩みとかあるのか?」
「別に」
「『とりま』ってどういう意味だ?」
「知らない」
「たまには一緒に出掛けようか、服くらい買ってやるぞ」
「面倒」
 
 症状が全く同じだ。
 息子の場合、中二男子なんてそんなもんだったような覚えもあるのであまり深刻に考えなかったが、娘となるといささか心穏やかではない。
 小さい頃は『パパ~』などと抱き着いて来たし、服でも買ってやろうとすれば真剣に選び、会計を済ませてやれば『ありがとう』などとにっこりしてくれていたのが、はっきりと避けられるようになると寂しいことこの上ない。
 勢い、妻の里佳子に愚痴をこぼすようになる。
 妻も最初のうちは真面目に聞いてくれていた、しかし、度重なる内に嫌気がさして来たと見える。
「なあ、最近理恵の様子がおかしくないか?」
「別に」
「学校で何かあったんじゃないのか?」
「知らない」
「気になるな、それとなく聞いてみてやってくれよ」
「面倒」

 妻まで中二病にかかってしまったかのようだ。
 中二病の家庭内パンデミックだ。

 そもそも、俺は自営業だ、自宅の一室を事務所にして小さな会計事務所をやっている、だから三度の飯は大抵家で食うし、仕事を終えればリビングでゴロゴロしていることも多い、それが少々うざったいのはわからないでもない、だが、それは俺の権利ではないのか?
 俺のお得意様はと言えば個人事務所や家族経営の商店、せいぜい社員数名の零細企業だ。
 もっと大きな会社を相手にしようと思うなら所員を雇ってちゃんとした事務所を構えなければいけない、だが、人を使うとなれば気も使うし、事務所を構えればその経費も馬鹿にならない。   
 だが、世に零細事業所はいくらもあるんだ、俺のように小さな会計事務所の需要は間違いなくあるし、それで今までちゃんとやって来た、未来は知らないが俺が現役の内くらいは大丈夫だろう、事務所兼用だがちゃんと子供たちの個室もある家を建てたし、住宅ローンもある中、子供たちの学費は積み立てているし、高級車ではないが車だって持っていて必要とあれば駅まで送り迎えだってしてやってる。
 俺のどこに落ち度がある?

 
 そしてとある土曜日、ジーンズにジャンパー姿、そして軽自動車を転がして顧客の商店に行って来た帰りのことだ。

「あなた、そのジャンパー何年着ているの? 少しは服装に気を使ってよ、あたしが恥ずかしいわ」
「お父さん、足短いんだからジーンズやめなよ、似合わないったらないよ」
「ドアのところががへこんだ軽さぁ、なんか貧乏くさくねぇ? 俺、免許取ってもあんなの乗れないよ」

 揃いも揃って言いたいこと言いやがって……。

 俺はとうとう爆発した。
「そりゃ同じ会計士だって立派な事務所を構えて、大勢の所員を雇い、自分はパリッとしたスーツに身を包んでベンツやBMWを乗りまわしていれば格好良いだろうさ! でもな、人には身の丈ってものもある、俺は慎ましく堅実にやっていければそれで満足なんだ、毎週接待ゴルフに行くより家でゴロゴロしている方が好きなんだ、スーツよりジーンズにシャンパーの方が気楽なんだ! 里佳子、そもそも俺はそう言う男だと知っていて結婚したんじゃないのか? 修一、理恵、お前たちの友達はみんな社長と呼ばれる親父の家に生まているのか? そりゃ贅沢はさせていないかもしれないが、不自由させた覚えはないぞ、それで何か文句でもあるのか、あるならこの家から出て行ってくれ、自分の力で自分の好きなように暮らせば良い、俺は止めやしないぞ!」

 そしてそれから三日間、俺は事務所に布団を持ち込んで寝起きし、朝は牛丼屋で、昼はそば屋で、夜は中華料理屋で済ませ、飲み物をコンビニで買いこみ、下着やシャツは近所のユ〇クロで調達し、風呂も銭湯へ通った。
 つまり家族と一切の接触を絶ったのだ。

 四日目、流石にそんな生活はきついので元通りにしたが、家族の俺に対する態度は変わっていた。
 正直なところを言えば、すっかり気分は直っていたが俺は態度を変えなかった、ここで甘い顔をすると元の木阿弥になりそうだからだ。

「あなた、今夜何か食べたいものある?」
「別に」
「親父、進学のことなんだけどさ、経済学部と商学部、どっちがいいかなぁ」
「知らない」
「パパ、たまには一緒にカラオケでも行かない?」
「面倒」

 何のことはない、今度は俺が中二病だ。
 だが、俺のは本当の中二病じゃない、そのふりをしているだけだ。
 さて、いつ中二病のふりをやめられるだろうか……俺はそのきっかけを待っている。
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           「ごめんなさい」
     「ああ、良いんだ、俺の方こそ大人げなかった」
 
 
             (終)
     
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