ヴィーナスの恋路

文字数 4,980文字

 「これで良し!」
 アイラインを引き、リップグロスを唇にのせ、サラサラのストレートロングヘアが美しく決まった。

 一人暮らしの水沢愛理(みずさわあいり)は、推薦(すいせん)合格した福祉系大学に向かうところだ。
 
 入学式のために(あつら)えた、真新しいスーツで最寄り駅の階段を上り、あらかじめチャージしておいたICカードで改札を通って駅のホームに着いた。

 ホームを見渡すと、同じぐらいの年齢の可愛らしい女性を見かけた。
 顔が、青ざめている。

 (あの人、大丈夫かしら)

 倒れたとしても、介抱(かいほう)してあげられるように、その女性と同じ列に並ぶことにした。

 電車が到着した。青ざめた顔の女性の近くに立って、吊革(つりかわ)につかまる。
 愛理(あいり)は、時々女性の様子を伺いながら乗車した。

◇◇◇

 まもなく、大学の最寄り駅に到着する、とアナウンスが流れた。
 青ざめた顔の女性が、出口の扉付近に移動した。
 (同じ駅で降りるんだわ)

 愛理(あいり)は大学の方向に歩いているが、その女性も同じ方向へ歩いている。
 大学へは駅から7分ほど歩けば着く。
 しばらく歩いていくと、その女性が先にキャンパス内に入った。
 (同じ大学の人だったのね)

 ◇◇◇

 入学式が始まった。
 「ご入学された皆様は、これから医療、福祉分野の知識、技能・・・」
 校長の話は長い。
 愛理(あいり)はさりげなく周囲を見渡したりして、退屈を(まぎ)らわせていた。
 すると、今朝の、青ざめた顔の女性が、愛理(あいり)の斜め前方に見えた。
 後ろ姿だが、髪型、服装、背格好、間違いない。
 (私と同じ、新入生だったのね!)

◇◇◇

 入学式と、教室での担任の紹介などを終え、校内散策などの自由時間となった。
 中庭はサークルの勧誘(かんゆう)で、祭りの様に(にぎ)わっていた。
 (どんなサークルがあるのかしら)

 すると、前方に、今朝の青ざめた女性が居た。
 (また会った!)
 さすがに、愛理(あいり)は縁を感じた。

 女性は『らふいん』というサークルのメンバーと対話しているようだ。
 今朝の青ざめた表情ではなくて、赤みがかった健康的な顔色になっており、表情も(やわ)らかく、時々勧誘(かんゆう)している先輩たちの話を聞いて笑っていた。

 「こんにちは!」
 愛理(あいり)は思い切って、女性に声を掛けた。

 女性はビックリした表情で振り返った。
 今朝ホームで見掛けた時とは打って変わってとても明るい表情だった。
 「こんにちは」
 軽く会釈(えしゃく)をしながら、女性は(こた)えた。

 「実は今朝、ホームであなたを見掛けたんですけど、なんだか青ざめていたようだったから、気になってたら、同じ大学で、しかも同じ一年生だって分かって、なんだか勝手にご縁のようなものを感じてしまったので、声を掛けちゃいましたぁ」 
 愛理(あいり)は半分、お道化(どけ)てみせた。

 「そうだったんですか。…気遣(きづか)ってくださってありがとうございます」

 「今は、大丈夫?」

 「・・・初めてのところに行くときに、一人だとすごく緊張しちゃって・・・」

 「そうなんだ。・・・ところで、このサークルに入るの?」

 愛理(あいり)がこの女性に(たず)ねると同時に、視線を感じたので、その方向を見ると、二人の男子が立っていた。
 二人のうち、ワイルドな感じの男子が、目を見開いて愛理(あいり)を見つめて、真っ赤になっていた。
 もう一人は、ボーっとした感じの男子だった。

 自分を見つめて真っ赤になっている男子を見て、愛理(あいり)がフリーズしてしまうと、真っ赤になった男子が『らふいん』の先輩に声を掛けていた。
 「俺、新入生なんですけど、大学でお笑いやりたくて」
 「それなら是非、我が『らふいん』へ!楽しいぞ~!大歓迎っ!あ、それから、そこの二人の女子も、よかったらどうぞ!」
 愛理(あいり)たちは、とりあえず愛想笑いをした。

 「私ね、笑いには、人を(いや)す力がある、って、信じてて。だから、お笑い系のサークルに入りたくて、探してたの」
 女性が愛理(あいり)に、心の内を打ち明けてきた。

 可愛い、と愛理(あいり)は思った、が、表情に出さないようにした。

 「そうなの。私もお笑いって好き。入ってみる?」
 (さわ)やかキレイ系の愛理(あいり)が、(さわ)やかに言った。

 「え?入ってくれるんですか?・・・あ、まだ名前も聞いてなかった…」
 「私は水沢愛理(みずさわあいり)といいます。あなたは?」
 愛理(あいり)はドキドキした。
 この可愛い女性の名前が聞ける。
 「下條灯(しもじょうあかり)っていいます。水沢(みずさわ)さん、話しかけてくれたから、ホッとして・・・」
 (あかり)が少し、涙ぐみ始めた。
 緊張(きんちょう)の糸が切れたのだろう。
 「じゃあ、このサークル、一緒に入りましょっか?」

 「お、俺もそれ、信条にしてっから!」
 愛理(あいり)を見て真っ赤になった男子が、(あかり)の信条に共感して、(あかり)の目を見て言った。
 「俺は、菊池裕太(きくちゆうた)。あ、こいつは同じクラスで、さっき教室で(しゃべ)っただけなんだけど、なんかヒーロー戦隊の話で盛り上がっちゃって。なあ、加母田(かぼた)、一緒にこのサークル、入らねえか?」
 裕太(ゆうた)は、お笑いをやりたいのだが、愛理(あいり)が目当て、にもなった。
 「えー、俺は、漫才とか、コントとかわかんねえし・・・」
 「いーじゃねーかよ!楽しいよ!一緒にやろうぜぇ!」
 「うーん・・・」
 加母田光彦(かぼたみつひこ)は、眉間(みけん)(しわ)を寄せて下を向き、あまり気乗りしていない様子だ。
 
 (あかり)は、自分の信条に共感してくれて、安心させてくれた裕太(ゆうた)が一瞬気になったが、ボーっとした加母田(かぼた)の雰囲気で、さらにリラックスしてきた。
 結局、四人は、お笑い系サークル『らふいん』に入ることにした。

◇◇◇

 (あかり)は一人暮らしのアパートに帰ると、光彦(みつひこ)の事を回想した。
 猫のガーフィールドを細長くしたような顔に(いや)され、ホッとした。
 (あかり)は、光彦(みつひこ)がどんな人なのか、もっと知りたいと思った。
 (あかり)は、一緒に居て安心できるような彼氏が欲しかった。

◇◇◇

 サークル初日。
 四人は自販機の前で待ち合わせをして、活動場所の304講義室に入った。

 「俺は、お笑い看護師になるっ!」
 菊池裕太(きくちゆうた)が、いきなり言い出した。
 「患者さんを、たくさん笑わせたいんだ」
 「あ、私も」
 下條灯(しもじょうあかり)追随(ついずい)した。
 「私も看護師になりたい。そして、患者さんを笑わせたい」

 加母田光彦(かぼたみつひこ)が、急にガクーンとうなだれた。

 (あかり)は、自分が裕太(ゆうた)の意見に追随(ついずい)したからだったりして!と光彦(みつひこ)(ねら)い始めているがゆえの相思相愛妄想に()られてニヤニヤした。

 愛理(あいり)は、(あかり)の表情を見て、(あかり)光彦(みつひこ)に惹かれていることを感じ取ると、テンションが下がってきた。

 「加母田(かぼた)は、社会福祉士になりたいんだよな」
 菊池裕太(きくちゆうた)が、いきなりうなだれた光彦(みつひこ)に声を掛けた。
 「うん」

 なんで、うん、しか言わないんだろう。
 (あかり)は頭で『光彦観察日記(みつひこかんさつにっき)』を書いていた。

 「私は理学療法士(りがくりょうほうし)になりたいの」
 愛理(あいり)は、テンションが下がっていることを(さと)られないように、普通に会話に入った。
 「そうなんだ!将来有望な美人PTさんか!」
 裕太(ゆうた)愛理(あいり)を景気付けた。

◇◇◇

 サークル活動第一日目を終えた四人の新入生は、(しゃべ)りながら一緒に正門に向かった。
 四人は、横並びして、広い校内の道路をゆっくりと歩いた。

 「これからメシ食いに行かねえ?」
 裕太(ゆうた)が誘った。
 「そうね、いいわね!」
 愛理(あいり)が笑顔で追随(ついずい)した。
 裕太(ゆうた)は真っ赤になって、嬉しそうに笑顔になった。

 四人は大学近くの、広めの定食屋に入ることにした。
 四人座りの席で、女子二人、男子二人が隣に並び、愛理(あいり)裕太(ゆうた)(あかり)光彦(みつひこ)が、それぞれ向かい合う形で座った。

 「腹減ったなー。何定食にしよっかな~」
 メニューを見ながら裕太(ゆうた)がつぶやいた。

 (あかり)は、光彦(みつひこ)と同じ定食にしようと決めていた。

 「俺、何でもいいよ」
 光彦(みつひこ)が言った。

 (あかり)は、少し下を向いて(かた)まった。

 「何でもいい、ってさ~、何か決めろよ」
 何だかんだ、(あかり)の気持ちをフォローするのは、裕太(ゆうた)である。

 「うーん・・・」
 うん、とか、うーんとか、多い。
 (あかり)の『光彦観察日記(みつひこかんさつにっき)』に、文字が足された。

 「俺、焼肉定食ー」
 裕太(ゆうた)が決めた。

 「あー、じゃ俺も」

 「何だよー、俺の真似しやがって~」
 裕太(ゆうた)光彦(みつひこ)を、軽く小突(こづ)いた。

 「あ、じゃあ私・・・」
 (あかり)が言いかけると、すかさず、
 「私も焼肉定食にするわ」
と、(あかり)の心理を読んで(くや)しかった愛理(あいり)が先に言った。

 「私も焼肉定食にする」
 後から、愛理(あいり)に心理を読まれていることに気付かない(あかり)が言った。
 
 「何だー、みんな焼肉定食か。他の定食の味見ができないなー。俺が(おご)るから、野菜サラダも頼もう」
 裕太(ゆうた)は、愛理(あいり)と間接キスがしたかっただけである。
 愛理(あいり)は、野菜サラダが好きそうな女子、という雰囲気(ふんいき)だ。

 愛理(あいり)は少しテンションが下がっていたが、時々不自然でない程度に身体を()らして(あかり)の身体に触れていた。
 愛理(あいり)が触れると、(あかり)は早くも友達が出来た、と安心感に(ひた)れた。
 (あかり)は、愛理(あいり)の自分へのもうひとつの気持ちには、全く気付いていない。

 光彦(みつひこ)は、始終(しじゅう)ボーっとした表情でモソモソと定食を食べていた。
 (あかり)は、マイペースな光彦(みつひこ)に、(いや)されながら食べていた。
 愛理(あいり)(ひじ)で軽く(あかり)(さわ)る、などして、隣に座った役得を満喫(まんきつ)していた。
 裕太(ゆうた)は、美しい愛理(あいり)を目の前にするだけで、テンションが高くなった。

◇◇◇

 「それじゃ、おつかれ!」
 「また明日、サークルで!」
 食事を終えた四人が、自分の家に帰る。
 裕太(ゆうた)光彦(みつひこ)のアパートには、大学から徒歩で帰れる。
 愛理(あいり)(あかり)は、偶然にも同じ駅が最寄り駅となるアパートに住んでいる。
 なので、男子二人組と、女子二人組に分かれた。

 「今日は自己紹介だけだったわね」
 「そうだね」
 「そのうち、先輩が見せてくれた漫才とかコントとか、私たちもやることになるのね」
 「そうだね。何だか緊張してきちゃう!」
 「ねえ、(あかり)、私たちペアで漫才やらない?」
 愛理(あいり)が提案した。
 「え?あ、ああ、え?いいの?愛理(あいり)ちゃん、相方(あいかた)が私なんかで」
 愛理(あいり)が吹き出した。
 「私なんかで、って。私が(あかり)に提案してるのよ。あなたがいいの!」
 食事中のフラストレーションが()まっていた愛理(あいり)が、口を(すべ)らせて言ってしまい、ハッと我に返り、平静を(よそお)った。
 「なんで、私がいいんだろう、不思議ー」
 (あかり)愛理(あいり)の気持ちには、全く気付いていない。
 
◇◇◇

 (あかり)がGWに実家に帰省したので、愛理(あいり)(あかり)が近くに居ないGWを淋しく感じながらひとりで過ごした。

 駅のホームで見掛けた時、自分と(あかり)しか居ない世界が頭の中で展開していた。
 この気持ちは、誰にも(わか)ってもらえなくていい。
 愛理(あいり)は、(あかり)と二人きりで過ごす時間を増やしたいと考えるようになった。

◇◇◇

 「今日は、7月上旬に予定している『七夕フェスティバル』について、話し合いたいと思います。提案したい企画がある人ー」
 『らふいん』のメンバーによる会議が始まった。
 「はい、僕ら三人は、コントをします」
 二年生の先輩が、仲間三人を指さしながら部長に伝えて、書記が黒板に書いた。
 「はい、私たちは夫婦漫才をやりまーす」
 三年生の公認カップルが、夫婦漫才をやるという。
 「はい!」
 横でいきなり手を挙げた愛理(あいり)を、(あかり)はビックリして引き気味で見た。
 「おっ!一年生、水沢(みずさわ)さん」
 「はい。下條(しもじょう)さんと私で漫才をやります」
 (あかり)は目を見開いて愛理(あいり)を見た。
 書記が黒板に書いた。

 「ちょっと、愛理(あいり)ちゃん、どういうこと?」
 「いいじゃない、出てみようよ。・・・患者さんを笑わせたいんでしょ?勉強になるわよ、きっと」
 「・・・緊張するけど・・・愛理(あいり)ちゃんがいるなら・・・」

◇◇◇

 「水沢(みずさわ)さん、これから食事に行かない?今度は二人きりで」
 サークル会議の後、裕太(ゆうた)愛理(あいり)を夕食に誘った。
 「ごめんなさい、これから(あかり)と、『たなフェス』の打ち合わせなの」
 「そっかー!残念。それじゃ、また今度ね。行こう、光彦(みつひこ)
 明るく(あきら)めた裕太(ゆうた)はそう言うと、光彦(みつひこ)と304講義室を出た。

 講義室から出て行く光彦(みつひこ)を、見えなくなるまで目で追う(あかり)眼差(まなざ)しに、愛理(あいり)は、(つら)く、(くや)しくはあるけれども、距離が近いのは断然(だんぜん)自分の方なのだ、と自分に言い聞かせて、(あかり)と二人でいる時間をできるだけ確保したい一心だった。

 「(あかり)、今度の週末、うちでネタ作りしよう。二泊三日で」
 「金曜日から?いいの?愛理(あいり)ちゃんちに泊っても」
 「ネタ作りに行き詰まったら、一緒に食事作ったり、DVD見たりして気分転換しながらやっていこうよ」
 「じゃあ、旅行気分で泊らせてもらいまーす!」
 平静を装っていた愛理(あいり)(ほほ)が少し赤くなったが、(あかり)は気付かなかった。

 (完)
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登場人物紹介

水沢愛理(18)かに座のAB型

キレイ系大人女子。理学療法士を目指している。下條灯を可愛い女性だと思っている。結婚願望はなく、自立した社会人になりたいと思っている。男性より女性をパートナーにしたいと思っている。



下條灯(18)さそり座のA型

可愛い系ミステリアス女子。看護師を目指している。人見知りをするが、受け入れてもらえたと感じるととたんに心を全開にする。結婚願望あり。父方の一人暮らしのお婆さんである下條みつゑを慕っているが、みつゑは現在肝臓がんを患っている。加母田光彦に惹かれていて、付き合いたいと思っている。水沢愛理のことは、何でも話せる友人だと思っている。

菊池裕太(18)いて座のA型

リーダーシップのある肉食系男子。看護師を目指している。下條灯と同じく「笑いは人を癒す」を信条としていて、大学在学中はお笑いサークルで活躍したいと思っている。加母田光彦を振り舞わすが、光彦が居ないと心細い。美しい女子と付き合いたいと思っていて、水沢愛理を狙っている。

加母田光彦(18)うお座のO型

内向的消極的楽天家の癒し系男子。社会福祉士を目指している。厭世的なところもあり、周囲の意見に流され、引っ張る人が居ないと何もしない系。将来は真面目に働きたいと思っている。菊池裕太に無理矢理お笑いサークルに加入させられる。現在は三児の父親となっている兄は元暴走族。兄を心から慕って信頼しているブラコン。下條灯が菊池裕太に惚れている、と思い込んでいる。


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