前編

文字数 2,958文字

草木も眠る丑三つ時……

ひと気のない路地をとぼとぼと歩く男が一人

くそっ……俺はどうしてこんな深夜の街を歩いて帰宅しているんだ……
社員の寝泊まり禁止だと? ふざけやがって……終電過ぎまで働かせるんだったら、せめてタクシー代くらい出してくれよ……家まで10kmを歩かせるとかあり得ないだろう……
だめだ……辛すぎて吐き気がしてきた。何だか心臓も痛む……俺はこのままストレスで死ぬのではないか……
……うっ、つーかマジで、ちょっと、ヤバい、かも
心臓の痛みからか、一瞬……目の前が真っ暗になった
……はっ!?

はあっ、はあっ……

やばい……

これ、ほんと……

ぞくっ
くそっ、寒気までしてきやが……った?
あ、え……
目の前に突如、妙な格好をした女が現れた

……同僚が話していた都市伝説が頭に浮かんだ

―回想―
カチャカチャカチャッ……ターン! カチャカチャカチャッ……ターン!

(死に死に死にっ……たーい! 死に死に死にっ……たーい!)

おう岩田。お前、今日も残業か。相変わらず、死人みたいな顔色だなぁ
まあな。いつだって俺は死にたいと願っているからな。カチャカチャカチャッ……ターン!
……どうでもいいけどさ、お前、キーボード叩く音、うっせーんだけど
いやお前、それくらい大目に見てもらえないとお前……いよいよ俺、死ぬぞ?
……どうせ死ぬなら、シロネコサマに殺されでもすれば、ワンチャンあるかもな(笑)
あ? シロネコサマ? なんだそれ
最近、社畜共の間で噂になってる都市伝説だよ。なんだよ知らねーのかよお前、社畜オブ社畜の癖して
都市伝説なんぞにかまけている時点で、社畜の風上にも置けねぇっつーんだよクソボケが……で、何なのよ、そのシロネコサマって
興味津々じゃねーか……まあいいや。俺も知り合いにちらっと聞いた程度なんだけどよぉ。シロネコサマってのは巨乳で金髪の女で、服装は白のスク水、顔にはお面を被っていて、手に持ったナイフでもって、対面したやつに襲い掛かる……らしい
結構具体的だな……つーかなんだよそれ……ただの頭のおかしい女じゃねぇのか?
かもな。でもそのキ〇ガイ女に殺されると、第二の人生を歩めるらしいんだ、これがまた
……話が急にボンヤリとしてきたな。第二の人生ってなんだよ。生まれ変わるってことか?
まあ、そんな感じ? らしい。よく分かんねーけど
はぁ~……。聞いて損したわ。俺のサビ残時間が無駄になった
サビ残自体が、お前の人生にとって無駄でしかないと思うぜ?
お前が言うなよ……
―回想、終わり―

金髪、白のスク水、巨乳、そして顔にはお面……

突如目の前に現れた女は、同僚が話していた都市伝説と、見事なまでに合致していた
あんた、シロネコサマ、か……?
あれ……あたしのこと、知ってんだ?


……まあ、話が早くて良いや。じゃ、リクエストよろ~♡

り、リクエスト……?
だから~

キミは、生まれ変わったらナニになりたいの?

ゾウ? ライオン? ウサギ?

あ、一応、無機物でも受け付けるよ~

……
あのさ、質問してるんだけどさぁ


……無視は良くないよ?

!?
(なんだこの女……急に、雰囲気が……)
もう、キミのリクエストは受け付けませーん

残念でした♡


……ってことで、んじゃまあ、テキトーにやっちゃうねぇ

え、はい……はい?
あ゛っ!!?

目の前に、真っ赤な飛沫のようなものが舞い散った

強烈な痛みが身体中を巡った

女が、イカレた女が、俺の目の先で異常な動きをしている

切ってるのか?

俺の身体を……

そういえば、いつの間にか、腕が見当たらない

そう思った瞬間、視点がぶれた

落下する感覚

スローモーション

地面が見えた

よく分からない塊のようなものが散乱している

……ああそうか

これは俺の、肉塊だ



……俺は、死んだのか
……いや待て。なら、今、思考している、『俺』はなんだ?
…………
……ひょっとして、俺、生きてる?
おわっ!?
あ、起きた?
……俺、あんたにぶっ殺されたんじゃあ?
人聞き悪いなぁ。違うよぉ

……まあ、あえて言うなら「ぶっ生き返した」ってところかな♡

は、はあ……?
ま、いいからとりあえずさ、自分の姿、見てみなよ
女が手鏡を差し出してくる


……そこには『奇妙な物体』が映っていた

なん、だ……これ……岩の化け物?
うーん……やっぱり、いくらなんでもテキトー過ぎたかなぁ

全然可愛くないや。あはは

目の前の岩の化け物と目が合った。

咄嗟に目を逸らすと、化け物も同時に目を逸らした。

……まるで現実感がないが。恐ろしいことに、目の前の化け物は――

俺……なのか……?
まあ、でも、安心しなよ

キミが望む限り、面倒は見てあげるから、さ

……(くそっ、一体なにがどうなってるんだ)
とにかく今は情報を得ることだ

そう思い、周囲をよく見渡してみる

……今いるのは洋室だ。かなり広い

そして、あたりには大量のぬいぐるみが転がっている


さらによく観察すると、それらの一部は『動いて』いることに気づいた

新入りですか? シロネコサマ
(喋った!?)
うん、まあね。ちょっと……いや、かなり失敗しちゃったけど

てへ♡

ボクとは雲泥の差ですね
そりゃ、ぷいぷいはあたしの最高傑作だからね
もったいないお言葉です
……あのさ

ひょっとして、俺のこの姿も、『ぬいぐるみ』なのか?

ん? そだよぉ

キミ、あたしのこと知ってる風だったけど、意外とそうでもなかったんだねぇ

(……なんてこった。何が第二の人生だ。こんな姿にされちまって、人生も糞もねぇじゃねぇかよっ)
それにしても、キミの造形は、見れば見るほどヒドイなぁ

さすがにちょっと反省……ん? あ、ひょっとして

な、なんだよ
ちょっとしつれい♡
え??
シロネコサマ!? なにを??
あ、やっぱり! 思ったとおりだぁ♡
ぼよんっぼよんっ
お、おうっ!?
キミさあ、バランスボールにピッタリだよ!

……最近、ちょっぴりお腹のお肉が気になっててさぁ

ぼよんっぼよんっぼよんっぼよんっ
(これは……尻の感触がダイレクトに……!)
…………
(あのぬいぐるみから物凄く殺気を感じる……)

ああ、いい運動になった♡

ねえねえ、キミさぁ、前世の名前はなんてーの?

え……い、岩田、だけど

(前世……)

ふーん、なるほどぉ

岩のぬいぐるみになるのも必然だったわけだ!

……それじゃ、イワッチョ、キミは今日からバランスボール係ね♡

……
あれ? 不満?
貴様ぁ! シロネコサマの特命だぞっ! 返事はどうしたぁ!!
わかり、ました

精一杯、務めさせていただきます

おや、素直

素直な子は好きだよ♡

死ぬ気で尽くせよ!!
はい……

(ここはとりあえず、従っておこう。そして機を見て……逃げ出すんだ)

(どういう方法を使ったのかは見当もつかないが、俺は『ぬいぐるみ』として新たな生を受けた

まったくもって馬鹿げた話だが、今は現状を受け入れるしかない)

(……だが、声を発することができるのは幸いだった

これで助けを求めることができる

あいつなら――都市伝説を得意げに語っていたあいつだったら、きっと、俺のこの馬鹿げた現状を信じてくれる……はずだっ!)

(そして、この女の悪行を公にし……最終的には、元に戻る方法を吐かせてやるっ!

きっと、あるはずさ)

……あのさ
は、はい?(マズい、沈黙し過ぎて怒らせたか!?)
もっかい、のっていい?
あ……どうぞ
ダイエット、ダイエット♡
ぼよんっぼよんっ
……クソッ
(……ま、しばらくは様子見ってことで(いいケツしてんなぁ……))
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登場人物紹介

シロネコサマ。

彼女に襲われた男は、彼女の元で『ぬいぐるみ』として第二の人生を生きることとなる。

豪邸に住んでおり、大量の『ぬいぐるみ』を従えている。

金髪、巨乳、白いスク水、顔にはお面と、極めて奇妙な格好をしている。

割とあっさりとした性格。


それ以外のことについては全てが謎に包まれている。

岩田。

ブラック企業で日々、身を削り続けている社畜。

疲れ切っている。

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