後編

文字数 2,551文字

サイコ女の手により醜いぬいぐるみに変えられてから、一週間ほどが経過した
あの女は外出することが多い

その間、俺は屋敷の中を好き勝手に動き回り、脱走する手立てを探っていたが、不思議なことに周囲のぬいぐるみから咎められることはなかった

ここに来たばかりのころ、一番うるさかった『ぷいぷい』とかいう奴すら、完全に黙認状態だ

気味が悪いので、少し探りを入れてみたのだが……

ー回想ー
なあ、お前らも元々は俺と同じで人間だったんだろ?

逃げ出したいとか思わないわけ?

思わんな
元の生活に未練はないのか?

……家族とか、いなかったのか?

うるせえなぁ!

毎日シロネコサマの尻に敷かれてるからって、調子乗ってんじゃねぇぞ!

……
ー回想おわりー
こんな感じで全然、会話にならない

他のぬいぐるみも似たようなものだった

……どうかしてやがる

まあいい

それよりも今は脱走だ

一週間探ってみたが、この屋敷には出入口が一つしかないことが分かった。玄関のドアだ

窓などはしっかりと施錠されており、手足のない俺には開錠は不可能……

もちろん、ドアも同じことだが、イチかバチか女が帰宅する一瞬のスキを突けばあるいは……

あいつがドアを開けた一瞬、横をすり抜けそのまま全力で転がり逃げる……

恐ろしいくらい成功率が低そうだが、これしか思いつかないのだから仕方がない

いつもならそろそろ帰宅する時間だ……

玄関の傍に待機するか

……逃げるのか
……邪魔する気か?
いや……俺は意味がないことはしない主義だ
邪魔するまでもなく、失敗するってか……ムカつく野郎だ
……
ガチャリッ

ただいま~

!!(きたっ)
おかえりなさいませ
いやぁ、今日も空振りだったよぉ

最近は平和だねぇ

(今っ)


ごろごろごろごろっ!!

うわぁ?

……ああ、なんだイワッチョかぁ、びっくりしたなぁ

(全力で転がれっ!)


ごろごろごろごろっ!!

そっか、そうだよねぇ

そろそろかなぁって思ってたよ

……いってらっしゃーい♡

(はあ? い、いや、気にするな! 今はただ逃げることだけを考えろっ!)


ごろごろごろごろっ!!

……ふう
ありゃ、ぷんぷんどうしたの? ため息なんかついて
も、申し訳ございません! その……ヤツがこれから受けるであろう衝撃を思うと、つい
まあ、言葉で説明しても中々理解してもらえないからねぇ、経験上

こればっかりは体験してもらわないと……第二の人生を受け入れてもらうためには、さ

岩田の勤めてた某社ビル前
はあ……はあ……

道中、かなりの人たちに奇異な目で見られたな……

無事、ここまでたどり着けたのは奇跡的かもしれない

よし、あとはエレベータに乗るだけだ

もう22時過ぎだが……あいつのことだ、きっとまだ仕事してるだろう

よっ!
飛び上がり、エレベーターのボタンを押す岩田
一週間、ジャンプの練習してた甲斐があったぜ
自らが所属していた部署の階で降りる岩田
カチャカチャカチャ……
(よしっ! いいぞっ! 相変わらず、死んだ目でキーボードを叩いてやがる!)
(……たった一週間ぶりなのに、何だかもう何年も会っていなかった気分だ)
なあ、岩田
え……!?

(こいつ、俺に気づいて?)

ここの表って、このままでいいんだっけか?
は、はあ?
ああ、いや、それは若干数値を変更したから、貼り替えが必要だな
!?
ああ、そうだった、そうだった

サンキュー

いいってことよ
(な、なん、で、お、俺……?)
やっぱ、お前、最近なんか調子いいな

人当たりも良くなったし


そうかもなぁ

なんか、一週間前くらいからやたらとポジティブな気分なんだよ

一週間前っていや、アレか

夜中に道で倒れたっていう……

そうそう

まあ、すぐに目が覚めたんだけどさ。あれ以来、何故だか心身ともに軽いっていうか、重荷が取れた感覚があってな

なんだよそれ

あ、分かった、悪霊でも憑りついてたんじゃねーの?

それが気絶した拍子に出てったとか

ははっまさか

……ああ、でもなんかその表現が意外としっくりくるかも

マジで、余計なモノが取っ払われたって感覚だし


おっと、雑談はここまでにしよう。終電に間に合わなくなっちまう

ビルの屋上

俺がいた。俺が普通に仕事していた

……それじゃあ、『俺』はなんなんだ?

まさか、マジで、悪霊、だったとでもいうのか……?
うーん、まあ、近いっちゃ近い、かなぁ
お、まえ……

どうしてここが……?

こっそりと後をつけてたからねぇ♡


……で、どう? 『自分』が普通に生活しているのを見ちゃった感想は?

……わけがわからねぇ

教えてくれ! 『俺』は一体、何なんだ!?

いいよ

君はねぇ、一言でざっくりと言うと『岩田くんの負の感情が溢れ出した存在』ってところかなぁ

負の……感情?
一般的にはあまり知られてないんだけど、ストレスが限界を超えた人って、たまーに溢れ出ちゃうんだよね

負の感情が、身体から、形を伴って、さ

なんだよ、それ

そんなの聞いたこと……

まあ、大抵は、専門の技術を持った人らで、大事になる前に対処しちゃうからねぇ

なんせ、段々、異形化、狂暴化してって、暴れまわっちゃうから

……
だから、退治するのが基本なんだけど……あたしはね、それじゃ可哀想だから、チャンスを与えることにしてるんだ
ぬいぐるみとしての、第二の人生を、ね♡
……つまり、俺は、最初から人間じゃなかったってことか
いやいや、元々は岩田くんの負の部分だったわけだから……


でもお前がいなけりゃ! 俺は、化け物みたいに暴れまわって!

……いずれは始末されていたってことだろ!?

(ニヤリ)うん、まあ、それはそうだったろうね

でも、安心しなよ。ぬいぐるみになってしまえばもう無害だし、一生あたしが保護してあげるから♡

……ううっ! くそっ! なんだってんだっ! なんで俺がこんな目にっ!!
え、いやいや、ちょっと、落ち着きなよ
うわああああっ!!


ごろごろごろごろっ!!

ちょ!?
ぴょーん!!
すごいジャンプ力……フェンスを飛び越えるなんて


って、感心してる場合じゃないっての! 追いかけなきゃ!

寒さで我に返った

こんな身体でも温度を感じることが不思議だ


雪が降っている。今は6月だったはずだが……


そんなことよりも、どうやら俺は、一晩中正気を失いながらも転がり回っていたらしい

会社から随分と離れたところまで来てしまっていた



俺、これからどうすりゃいいんだ

あの女のところには戻りたくないし……

あれぇ~

なんだか可愛い生き物はっけーん♪

え……?
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登場人物紹介

シロネコサマ。

彼女に襲われた男は、彼女の元で『ぬいぐるみ』として第二の人生を生きることとなる。

豪邸に住んでおり、大量の『ぬいぐるみ』を従えている。

金髪、巨乳、白いスク水、顔にはお面と、極めて奇妙な格好をしている。

割とあっさりとした性格。


それ以外のことについては全てが謎に包まれている。

岩田。

ブラック企業で日々、身を削り続けている社畜。

疲れ切っている。

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