第1話 真理子の独白

文字数 1,102文字

 私が16歳の夏、東京オリンピックがあった。地球の裏側だろうと自分の国だろうと、テレビかネットでしか見ない。それでも、「お祭りがある」という雰囲気は楽しかった。
 横山さんと出会ったのは、そんなお祭りムードのなかだった。
「乙棘派か……」
 ある一言が、耳に心地よく刺さった。振り返ると、同じように振り返りながら私を見ている男性と目が合った。
「えっ、何で?」
 男性はバッグからぶら下がる7個のチャームを指さして言った。「乙棘だけ、同じリングに繋がってるから」
 今まで、どんな友だちにも見抜かれたことのないポイントだった。驚く私に男性……横山さんは同じチャームをポケットから出しながら言った。「でも、俺は五棘派」
「出た。それはない」反射的に口をついた言葉を慌てて補った。「……です」
「そうかな。あっちに棘メインのブースあるけど、行った?」
 すごく自然に、私は横山さんとその日を過ごし連絡先を交換した。2ヶ月のうちに4回会った。渋谷の会員制バーの屋上から、国立競技場の上に浮かぶドローンのショーを見た夜、私は初めてお酒を飲み、初めて異性の裸体に触れた。
 28歳をオジサンとは感じなかった。大学での勉強、サークルの思い出、社会人としてのやりがいと葛藤……アニメの話に絡めて、そういう話を聞かせてくれるのが楽しかった。夜は、私の身体を気遣うように大切に触れ、大人の身体にしてくれるのを感じた。
「結婚したい」
 クリスマスソングを聞きながら、私は横山さんに言った。
「まだ、早いよ」
「早くない。だって、女は16歳から結婚できるんだよ」
「ちょっと前まではね」クリスマスツリーを見上げながら、横山さんは慰めるように私の肩を抱きよせて言った。「成人年齢が18歳になったのに合わせて、女性の成婚年齢も18歳になった。『男は18歳、女は16歳』というのは、女子に高等教育は不要という時代の名残でしかない。真理子」横山さんは私の目を見て言った。「俺も、真理子と結婚したい。でも、今の時代は高校まで出て当たり前、大学にも進んでほしい。学生結婚で学費を安くしてくれるところもある。だから、大学に入るまで、俺は待つ。その時、結婚しよう」
 その3か月後、横山さんは私の前から消えた。高校生活は暗黒のまま過ぎ、気がつけば卒業式も終わった。好きだった推しグッズは部屋の隅で埃をまとっていた。
 卒業式の数日後、居酒屋で友だちに泣きながら愚痴っていたら、「ちょっと失礼」と隣のテーブルから声をかけられた。
「ま、18歳の飲酒もダメなんだが……職業柄、気になってね」父ぐらいの年齢のオッサンがためらいがちに名刺を出して言った。「一矢報いれるかもしれないぞ」
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登場人物紹介

今野真理子、16(~18)歳。東京オリンピックの夏、恋に落ちる。

推しカプは乙棘。

横山大輔(本編ではファーストネームなし)、28歳。中堅商社勤務。

推しカプは五棘…と言うのをネタに女子高生を釣るだけで、本編もちゃんと読んでいない。

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