第2話 横山の贖罪

文字数 894文字

「パパ、いってらっしゃい」
 妻と、その膝の後ろから顔を出す息子に手を振り、俺は家を出た。息子も2歳とちょっとになり、会話が成り立つようになってきた。もうすぐ4月。昇格の内示も受け順風な春だ。
 駅への道、初老の男性がふらっと現れた。
「おっ、横山さん、久しぶり」
 俺は足を止めた。誰だ? 思い出せない。「あ、はい。えっと……?」
「あれ、お忘れですか」男は笑顔を見せながら近寄り、腕を掴んで小さく言った。「今野真理子さんの代理で来ました」
 世の中の色彩が全て変わったように思った。知り合いのような仕草に油断していた。混乱する俺の腕をとって、男は俺を路地に誘導した。男の出した名刺には弁護士と書いてあった。
「端的に。今野真理子さんへの結婚詐欺について、あなたを告訴するつもりです」
「結婚詐欺?」
「恵比寿ガーデンプレイスで結婚の合意をしましたね?」
「いや、待ってください」俺は慌てて言った。「確かに彼女とは親しくしてましたが……その時彼女は16歳だったはずです」
「そうですね」
「じゃぁ婚約が成立しない。まだ結婚できる年じゃないんだから」
「たしかに。成婚年齢前の婚約の妥当性は判例でも分かれます」
「そうでしょ」俺は言い募った。「幼稚園生じゃあるまいし、それで婚約はないでしょう」
「運が、悪い」男は言った。「法改正で女性の成婚年齢は18歳になりました。でもね。2022年4月1日時点で16歳を過ぎている女性に対しては、移行措置として成婚を認めているんですよ」
 俺は、考えた。頭の中で何かを計算しようとしていたが、浮かぶのは真っ白な空間だった。
「あなたが結婚を約した2021年12月24日、彼女は16歳でした。だから彼女は、この特例措置を受ける」男の声が、真っ白な思考の中で虚ろに響いた。「奥さんが里帰り出産していた約1年、最後の火遊びをしたつもりだったんでしょうが、間が悪かったですね。こちら、当方からの示談条件書です。ご同意いただけない場合は、然るべき手段に移行します。その時は、未成年育成条例違反も追加になりますけどね」
 男はそう言って、封筒を俺の胸ポケットに差し込んで、人ごみの中に消えていった。
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登場人物紹介

今野真理子、16(~18)歳。東京オリンピックの夏、恋に落ちる。

推しカプは乙棘。

横山大輔(本編ではファーストネームなし)、28歳。中堅商社勤務。

推しカプは五棘…と言うのをネタに女子高生を釣るだけで、本編もちゃんと読んでいない。

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