ドリーム&ペイン

文字数 2,057文字

ピンクの馬「ドリーム」と、スカイブルーの馬「ペイン」。ふたりは双子の兄弟。ドリームが兄でペインが弟。人間で言うところの23歳。主題歌だってある、れっきとした架空のキャラクター。でも、ユニコーンじゃない。
馬は基本的に、足が速ければ速いだけ重宝されるが、ドリーム&ペインは、実のところ、足の速さは馬の中でも、そこそこの方だ。ふたりが他の馬と違うところは色、だけではなく頭の良さだ。人間で言えば、だいたい平均的な国立大学を卒業した23歳くらいの人間の知能指数はある。だから、2匹と数えるにはかしこすぎる。
ふたりの今日の任務は、市役所で馬の手続きをすることだ。コンビニやネットで完了しない手続きが面倒なのは、馬も人間も変わらない。
ペインは緊張とめんどくささが混じった調子で言った。「手続き中にボロが出そうで不安だよ」
ドリームはそれに応えた「でも、代行してもらうのに3万もかかる。ボラれるなら、こっちがボロを出してでも自分で手続きをやったほうがいい」
今日は空が澄んだ晴天。夏の日差しがきつい。ドリームはレイバンの、ペインはオークリーのサングラスをかけて外に出た。ふたりは馬だが、サングラスをかける。それが、いわゆるトレードマーク。だが、人間のマナーを尊重して、室内やフォーマルな状況ではきちんとはずす。
ふたりは二段階右折にイライラしながら市役所に向かった。役所に着くと、真っ直ぐ、動物課がある1階の14番窓口へ行った。近頃は多様性を尊重した社会になってきており、馬もバリアフリー。ふたりは何の問題もなく、受付番号の紙をうけとった。
必要な書類と印鑑を忘れずに揃えたので、待ち時間以外にストレスになるようなところは無かった。ふたりの半日は手続きに費やされたが、ドリーム&ペインは、めんどうなことを一つ片付けられた達成感を感じた。
「終わったな」ドリームは言った。
「思わずボロが出るかどうか、そっちの不安もあったけど」ペインは応えた。
「お前はな。ま、これで、言わないと貰えない金は手に入る。最高だな」
ふたりは蹄をぶつけあった。
帰り道、ふたりは夏の日差をむしろ気持ちよく感じた。途中コンビニでガリガリ君が食べたくなったので、ふたりは人間モードになってセブンイレブンに入った。そして、ガリガリ君を食べ終わると、ふたりともすぐに馬モードに戻った。人間モードは集中しながら、ある程度、力み続ける必要があるから、疲れるのだ。
もっと人間モードでいられるようにトレーニングしたほうがいいのか、ふたりは日頃からよく考える。だが、練習は大変だし、馬でいることゆえのメリットもあるので、必要がない限り、馬モードのままで生活している。多様性が進み過ぎたせいで、動物さえも、何かの奇跡で一定の知能がありさえすれば人間だと認められている世界だから、なんの問題もない。
左側車線を走っていると、歩道に虎がいた。
「おい、小野がいるぞ」ペインが言った。
ドリームは路肩で人間モードになって、ペインの首にカバンのストラップをかけて、手綱を握ってるふうにして、歩道に入った。
「小野さん、こんにちは」ドリームが言った。
「なんや、お前らか」虎の小野は応えた。
「最近は儲かってますか?」
「お前らより能力高いからな」
小野は実際に、ドリーム&ペインより動物としての能力を活かした仕事をしている。害獣の駆除や人間モードになっての要人警護だ。人食い熊を駆除したり、総理大臣の警護を担当した実績もある。
「たしかにね」
「おい、ベイビーブルー。喋らんのかい?」
ペインは応えなかった。
「こら、ツノなしユニコーン、喋らんか」
「そろそろ、そういうのやめにしませんか、小野さん」
「は?」
「せっかく動物同士なんで仲良くなれたら、と思うんですけど」
「はじめに突っかかってきたん、そっちちゃうんかい」
ドリーム&ペインは、初対面だった5年前、小野を舐めきっていた。18歳の頃は、今より人間モードでのアイドル稼業や、キャラクター商売で潤っていたから、小野に対して明らかに不遜な態度をとっていた。色も普通で、そこまでシュッとしてない王子動物園生まれの小野に、まさか、そこまでの野性があるとは思ってなかったのだ。
「それは謝ります」
「おれ、コロコロ態度変えるやつ嫌いやねんな」
「良いふうに考えれば、臨機応変とでもいいましょうかね。そこんとこ許してくださいよ」
「まあ考えとったるわ」
小野は去っていった。ドリームは内心、悔しくてたまらなかった。ふたりで首都高をカスタムしたフェラーリで走りまくっていた、あの頃が懐かしかった。思い上がった振る舞いをした相手が悪過ぎた。小野は今では国際的な人気を誇る動物になった。それに比べると、自分で役所の手続きをしている現状が情けなかった。
「とりあえず帰ろう。おれらにはおれらの任務があるじゃん」ペインは言った。
「ま、いつか見返せる。おれ達は奇跡の動物だからな」
ドリームがそう言うと、ふたりは家へ向かって走った。



ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み