第1話 2017年11月17日(金)

文字数 10,547文字

第1話
 ●2017年11月17日(金)、夜の公園にて
 ●2017年11月18日(土)、ミノルの部屋 Ⅰ
第2話
 ●2017年11月18日(土)、ミノルの部屋 Ⅱ
第3話
 ●2017年11月18日(土)、ミノルの部屋 Ⅲ
第4話
 ●2017年11月18日(土)、ミノルの部屋 Ⅳ
第5話
 ●2017年11月18日(土)、神社
 ●2017年11月18日(土)、早紀江の部屋 Ⅰ
第6話
 ●2017年11月18日(土)、愛子叔母様
 ●2017年11月18日(土)、早紀江の部屋 Ⅱ
第7話
 ●2017年11月18日(土)、北千住の分銅屋
第8話
 ●2017年11月18日(土)、ミノルの部屋 Ⅴ
 ●2017年11月19日(日)、ミノルの部屋 Ⅵ

登場人物
 遠藤実  :尾崎の部下。防衛省防衛装備庁航空装備研究所技師
 遠藤早紀江:遠藤実の婚約者、高校3年生
 尾崎紀世彦:防衛省防衛装備庁航空装備研究所上級技師、ミノルの上司
 比嘉美香 :尾崎の恋人。石垣島出身の建築設計事務所勤務
 三國優子 :新幹線のパーサー
 小林智子 :新幹線のパーサー

 吉川公美子:小料理屋分銅屋の女将さん
 後藤順子 :高校3年生で傷害事件で中退、分銅屋のアルバイト
 節子   :高校2年生、分銅屋のアルバイト
 田中美久 :北千住の不動産屋の娘、元ヤン。大学1年生
 時任純子 :氷川神社の娘、長女
 時任直子 :氷川神社の娘、次女
●自衛隊南西諸島守備統合部隊
 紺野美千留  :航空自衛隊二等空佐。自衛隊情報保全隊調査第2部、
         内閣情報調査室出向、統合部隊指揮官
 富田     :公安警察、沖縄県の親中国反日本活動の調査担当、
         紺野とチームを組む
 南禅久美子  :航空自衛隊二等空佐、防衛省防衛装備庁航空装備研究所
         所属、尾崎・遠藤の同僚
 羽生健太   :航空自衛隊二等空佐、防衛省防衛装備庁航空装備研究所
         所属、尾崎・遠藤の同僚
 鈴木三佐   :航空自衛隊二等空佐、エレーナ少佐の婚約者
 卜井、藤田、佐々木:佐渡ヶ島作戦からのマスコミクルー
●自衛隊、先島諸島防衛水陸機動団
 広瀬二尉   :東ロシア輸送船団に同乗する陸自水陸機動団の指揮官、
         ソーニャ准尉の婚約者
 畠山三佐   :鈴木の同期、水陸機動団指揮官、広瀬二尉の上司
●中華人民共和国、人民解放軍
 楊欣怡少校:ヤン・シンイー、人民解放軍海軍所属、在日中国大使館武官
 金容洙少尉:キム・ヨンス、人民解放軍海軍所属、日露のスパイ
●中華民国
 蔡英文    :中華民国総統
 陳寶餘陸軍大将:中華民国国防部参謀本部参謀総長
●東ロシア共和国
 エレーナ   :東ロシア共和国、東部軍管区陸軍少佐
 アデルマン  :東ロシア共和国、東部軍管区陸軍大尉
 アナスタシア :東ロシア共和国、東部軍管区陸軍少尉
 アニータ   :東ロシア共和国、東部軍管区陸軍少尉
 スヴェトラーナ:東ロシア共和国、東部軍管区陸軍少尉
 土屋と本間  :佐渡ヶ島島民、アニータとスヴェトラーナの夫
 ソーニャ   :東ロシア共和国、東部軍管区陸軍准尉、
         コリアン族(朝鮮族)のロシア人、
         広瀬二尉の婚約者
 カテリーナ  :東ロシア共和国、東部軍管区陸軍伍長

2017年11月17日(金)、夜の公園にて

 連日の残業でぼくのマンションの最寄り駅の改札をくぐった時には時刻は十一時半を回っていた。今日は終電2本前。まだ早い方だった。外は霧雨。傘を持っていなかったが、霧雨程度なら徒歩十五分だしそれほど濡れないだろう。

 いつもは大通りを抜けていくが、近道の裏道を通っていくことにした。ぼくの住まいは東京の下町。風紀がいいとは言えない。襟を立てて足早に急いだ。

 この道の途中には寂れた公園もある。その公園の前を通り過ぎようとした時、公園の中の街路灯から外れたブランコの当たりで何か揉めている気配がした。目を眇めて見ると、会社員のような男性と制服姿の女子高生らしき人影が見えた。男性が嫌がる女子高生の手を引っ張っている。これは放っておけないよね?ぼくは公園の入り口の鉄製の柵をまたいで彼らの方に歩み寄る。

「ちょっと!何をしているんですか?」とぼくが男性に声をかけた。男性はギョッとしたようだった。暗がりで顔を見るとまだ若そうだった。ぼくと同世代かもしれない。痴話喧嘩で揉めているなら他人のばくは間抜けに見える。その際には謝ってしまえばいいのだ。

「おまえには関係ないことだ!」と男がぼくに怒鳴る。ぼくは女子高生に「この人はお知り合いなんですか?痴話喧嘩か何かでしたらぼくは余計なことをしているんですが?」と聞く。女子高生は顔を激しく左右に振って「違います。知り合いなんかじゃありません!」と答えた。

 ぼくは男性に歩み寄って顔を近づけて「彼女、ああいってますよ?警察に通報しましょうか?ぼくはこの近所のもので交番のおまわりさんとは親しいのですが?どうされますか?」とニヤッと笑って言ってやった。

 彼は女子高生の手を振り放して「この女が暇そうで雨も降ってきたので雨宿りに連れて行ってやろうとしただけだ!バカヤロウ!」と言って駆け去ってしまった。雨宿り?ホテルかカラオケにでも連れ込もうとしてってことか?

 ぼくは振り返って女子高生を見た。薄い通学鞄と肩にはエレキベースのようなものを背負っていた。「行っちゃったな。キミはあいつにナンパでもされちゃってたのか?」と聞いた。「あの、ちょっと考え事をしていて、ブランコを漕いでいたら声をかけられて、急に腕を引っ張られて引きずられたんです。ありがとうございます」と言う。暗がりだからあまり見えないが、髪の毛の長い細身の女の子だった。

「こんな夜遅く薄暗がりの公園にいる方も悪いよ。早く帰りなさい。怖かったら駅まで送ってあげるから」とぼくが言うと「あ!今何時ですか?」と言う。ベースを担いているからスマホとか腕時計が見えにくいのだろう。ぼくは腕時計を見て「11時55分だけど」と言った。

「アチャア、終電を逃した!どうしよう?」と泣きそうな顔で言う。ぼくにそれを言われてもなあ。「タクシーか徒歩で帰れないの?」と聞くと「アパートが大宮なんです。最終がJRの11時52分。お金も持ってません」と涙目でぼくを見上げて言う。北千住から大宮じゃあタクシー代は1万円以上するなあ。深夜割増だとそれ以上か。面倒な子に関わったものだ。

「キミは・・・ぼくは遠藤実。見ての通りの会社員だ」
「私は、早紀江、遠藤です。偶然です。名字同じですね」
「早紀江さんね。早紀江さんはなぜこんな遅くにこんなところに居たの?見たところ高校生みたいだけど?」
「ハイ、高校3年生です。私、この近所の居酒屋でバイトしていて店が立て込んでしまって出るのが遅くなりました。それで悩んでいることの考え事をしていたらフラフラとこの公園に入ってしまって・・・すみません、この通りの有様です」とペコンとお辞儀をする。

「じゃあ、その居酒屋さんでお金を借りるとかできないの?」
「前借りもしているんで・・・そもそももうみんな帰っちゃっています。大宮のアパートも一人暮らしです。家族は静岡にいます」とすがりつくような目でぼくを見る。でかい目だなあ。長い髪の毛からエルフのような耳が出ている。まいったな。

「早紀江さん、これはお互い困ったことだよ。キミは袋小路。ぼくは早紀江さんを知らない。おまけに高校生の未成年。ぼくのマンションはこの近所だけど、まさか早紀江さんを泊めるわけにもいかないじゃないか?犯罪になるよ」
「少なくとも、私、四月生まれなので18歳です!犯罪にはなりません!」

「いや、そういう問題じゃない。ぼくは一人暮らしなんだ。それでぼくがさっきの男みたいによこしまな考えを持って、早紀江さんを襲っちゃうかもしれないんだよ?ぼくはキミの見知らぬ男性なんだよ?」
「いえ、そういうことを言われているなら、私、実さんが信用できます」
「口ではなんとでも言えるよ。ぼくがいいチャンスだ、なんて考えていたらどうするんだ?」
「構いません。自分の部屋まで歩いてビショビショになって帰るよりもマシです!可哀想な子猫でも拾ったと思って、玄関先でいいので泊めていただけませんか?お願いします!実さんなら何をされても構いません!」

「まいったなあ。どうしようか?う~ん、ああ、早紀江さん、スマホあるよね?」
「ありますが?」
「アプリで音声レコーダーある?」
「ええ」
「それスタートさせてよ。ぼくも音声レコーダーをスタートさせる。それでぼくたちの会話をお互い録音すれば証拠になって誤解されないよね?」
「あ!それいい考え!」

「仕方がない。わかった。ぼくの部屋に泊まりなよ。始発で帰るのでいいなら」
「ありがとうございます!助かりました!早紀江、うれしいです」と泣き顔になって抱きついてきた。おいおい。ぼくは彼女の体を離した。
「誰か見たら誤解されるからヤメてくれ」
「だって、この会話、録音してますよぉ?」
「それでもヤメてくれ。これ以上話をややこしくしないように」

 ぼくと早紀江は公園から5分程のぼくのマンションの方角に歩いた。女子高生と何を話していいやら。途中でコンビニがあるので「何か飲むものを買っていこうか?」と聞いたら「ハイ、のどが渇いていました」と言う。「あのさ、パパ活とかと間違われないように、ぼくを『ミノル兄ちゃん』とか呼んでくれないか?」「それ、グッドです。ミノル兄さん!」「やれやれ」

 コンビニに入る。ピンポ~ンとドアチャイムが鳴った。女性店員がいらっしゃいませ、と言う。ぼくは早速店員に聞こえよがしに「早紀江、何を飲みたい?」と聞くと彼女が「ミノル兄さん、早紀江ねえ、ジンジャエールが飲みたいの」と調子を合わせた。

 ぼくらは適当に飲み物をカゴに放り込む。「早紀江、シュークリーム食べるか?」と聞くと「ハイ、兄さん」と言って店員から見えないように舌を出した。ぼくはシュークリームとエクレアもカゴに放り込んだ。傘を2つ買った。

 レジを済ませて外へ出る。傘を渡したが早紀江は腕を広げてエレキベースを見て「兄さん、傘させません」と言う。たしかに学生カバンとベースを肩にかけていたら傘はさしにくい。「相合い傘じゃダメ?」とまた舌を出した。

 女子高生と相合い傘なんて高校時代以来7年ぶりだよ。左手に通勤カバンと買い物袋を持った。右手で傘をさすと早紀江がぼくの腕に腕を絡ませてきた。「兄と妹なんだから自然でしょ?」とぼくを見上げて舌を出す。ティーンの頃の水川あさみに似ている。

「パパ活で引っ掛けた高校生と歩いているみたいだよ」
「じゃあ、そういうことで」
「何がそういうことでなんだ?」
「だから、パパ活で引っ掛けた高校生を連れて自宅に帰る会社員」
「やれやれ」

2017年11月18日(土)、ミノルの部屋 Ⅰ

 ぼくらは築3年のマンションの8階にある部屋にエレベーターであがった。エレベーターの中で早紀江が無口になって下を向いている。

「なんだ?元気がなくなったじゃないか?」
「だって、そうでしょ?今日知り合った見知らぬ男性の部屋にこれから行くって初めてで。何が起こるのかって思っちゃって」
「何も起こらないよ。ただ寝て明日の早朝、早紀江さんは家に帰るだけさ」
「それだけ?」
「パパ活してるんじゃありません!」
「つまんないの」

 部屋に入る。ぼくの部屋は玄関からすぐ廊下もなく1LDKの造りだ。間仕切りもない。ドアからバルコニーの窓まで何もない。浴室とトイレ以外間仕切りなしだ。後から間仕切りも簡単に増設できるようにはなっている。リビングスペースの横は寝室スペースでソファーベッドをおいてある。そこがぼくの寝床なのだ。彼女はベッドでぼくは床にでも寝るか?

「さあ、入って入って。どこ座る?ダイニングでいいよね?」と聞いた。彼女は大事そうにエレキベースを玄関横の壁に立てかけた。彼女のコートはハンガーにかけて玄関のスタンドに吊るした。明日には乾いているだろう。

 彼女はダイニングのテーブル席に座る。バスに行って洗いたてのタオルを2枚持ってきて「髪の毛を拭かないと風邪をひいちまうよ」と1枚を彼女に渡した。彼女は「ありがとうございます」と言って長い髪の毛をトントン叩いて水気を取る。ぼくはジャケットを脱いでクローゼットにしまう。

 彼女があらためてポカンとして部屋を見回している。そりゃそうだろう。浴室とトイレ以外間仕切りも何もない80平米の空間なのだから。

「ミノル兄さん?」と聞かれるので「もう兄さんはおしまいじゃないの?」と言う。
「何か兄さんというのが自然になっちゃって。あのぉ~、お部屋、綺麗で広いですね?それに間仕切りも何もない!どういう部屋?若そうなのにお金持ちなの?」
「ああ、ここはね、オヤジが投資用に買ったマンションなんだよ。後から間仕切りも簡単に増設できるようにはなっている。それでぼくが家賃を払うから使わせろって言って借りているんだ。家賃は値切ったけどね。他人に使わせるよりいいだろう?というので、綺麗に使え!と言われたから掃除は欠かさないのさ。それから、ぼくは早紀江さんよりも・・・」
「さっきみたいに早紀江でいいです」

「じゃあ早紀江、ぼくはキミの7歳上の25歳だよ」
「あ!想像通り!そのくらいだと思ってました!」
「ところで・・・」
「え?なんですか?襲われちゃうの?いいですよ。まな板の上の早紀江です。兄さんなら喜んで襲われます!」

「ち、違う。キミ、お腹が減ってない?」
「なんで分かるんですか!」
「長澤まさみみたいにお腹がグゥグゥなっているのが聞こえたからさ」
「き、聞こえたんですか?恥ずかしい・・・居酒屋のまかないメシを食べましたが忙しくて少しだけしか・・・」
「了解だ。作り置きがあるからすぐ作ってあげるよ」

 ぼくは腕まくりをした。冷凍庫からタッパに保存した豚汁、ご飯を出した。昨日の残り物の豚の生姜焼きも。電子レンジで温め直して、テーブルに並べる。キュウリとナスの漬物。お客さん用の新品の箸。早紀江がポカンと見ている。

「兄さん!あっという間にちゃんとした夕飯がどうやったら出てくるの?」「いつもこうだけどな。土曜日とか1週間分をまとめて作り置きしておいて、冷凍庫、冷蔵庫に入れておくんだ。ジンジャエール飲むか?」「ハイ、頂きます」

 ぼくは買ってきたジンジャエールを開けて、氷を入れたグラスに注ぐ。ライムを半切りにして添えた。自分の分には青いボトルのボンベイサファイアをダブル分入れる。早紀江にグラスを渡してぼくもテーブルに腰掛けた。「変な縁で出会ったけど、ま、出会いに乾杯しておこう」と彼女のグラスにぼくのをカチンと合わせようとした。

「兄さん、その青いボトル、なんです?お酒?」「これはボンベイサファイアというジンだよ」「え~、兄さんだけ飲むなんてずるい!」「早紀江は未成年でしょ!」「お正月なんか小さい頃からお酒を飲んでも誰も止めないよ?」「それはお正月だから。特別だからでしょうに」「今日も特別でしょ?すごい偶然で、知らない女子高生が兄さんの部屋に泊まるんだから!ね?ね?少し頂戴!」「仕方ないなあ」

 ぼくがボトルを少し傾けて注ごうとしたら早紀江がぼくの手をつかんでドボドボ注いてしまう。「おい!ダブル以上入ったよ!ダメだよ!」「兄さんのケチ!お子様じゃないんだから、この位の濃さじゃないと」「酔っ払ってもぼくは知らん!」

 夕食が済んで、シュークリームを皿にとって早紀江に渡す。ぼくは食器を片付け始める。「早紀江も手伝います」「いいって。狭いキッチンで2人は多い!」「やります!」とぼくを押しのけて食器を洗い出す。「居酒屋で食器洗い慣れてるんですよぉ」「じゃあ、頼んだ」

 ソファーベッドのテーブルにスイーツの皿とジンジャエール、ジン、早紀江のグラスを持っていった。ウィスキーでも飲むか?と早紀江が洗い物をしているシンクの下を開こうとした。「兄さん、何してるんですか?スカートの中を覗こうとしてません?言ってくれれば見せてあげるのに」とトンチンカンなことを言う。

「あのね、ぼくはシンクの下のウィスキーを取ろうとしているだけ」「なんだ、つまんないの。ホラ」と言って足を広げた。思わず上を向いてしまった。ブルーだった。「あ!覗いた!兄さん、覗いた!何色でした?」「・・・ブルー・・・」「エッチ!スケベ!」「ホラとか言って足を開くからだ!」

 洗い物が終わって、彼女をソファーに座らせた。ぼくは正面のチェアに座ろうと・・・おい!・・・クローゼットからブランケットを持ってくる。早紀江に渡す。

「兄さん、私、寒くないよ」「そうじゃない。早紀江があぐらをかいて座るからパンツが丸見えじゃないか!スカートの上にかけろ!パンツを隠せ!」「変なの。さっき覗いたでしょ?だったらいくら見ても同じだって」「早紀江、ぼくも男なんだから女子高校生のパンツを見たら何をするかわからんじゃないか!」

 早紀江が両手両足を広げてバンザイをする。「ほら、兄さん、今の早紀江はまな板の上の早紀江。何されても構いませんよぉ~。兄さんだったら許します!」「バ、バカ!」「私、そんなに魅力ないかなあ」「魅力が有りすぎるから困っているんじゃないか!」「あ!それ、うれしい!」

 この子といると頭がおかしくなりそうだ。「う~、なんだ。そう言えば、公園で考え事をしていてって言っていたよね?何か悩み事でもあるの?」と聞くと今度は急に俯いて悲しそうな顔をする。

「実は、私、バンドをしてます。ベース。ベイビイメタルのコピーバンドなんですけど、今度卒業お別れコンサートで今月に最後のコンサートをする予定です。だけど、会場費がかさんでしまって。みんなで手分けしてお金を集めようとしてます。でも、私のバイト代は前借りしちゃってますし、この上、もう前借り無理で・・・お金がないとコンサート開くの無理なんで・・・」「いくら足りないの?」「私の分担、5万円です」「ちょっとまってろ」

 ぼくは本棚からHistry of Artという分厚い原書を持ってきた。「なんです?」とキョトンとする早紀江。ぼくは本を開いて真ん中に挟んである封筒を取り出した。封筒の中に緊急用に現金を隠してあるのだ。そこから1万円札5枚を出した。「ほら、5万円。借してやるよ。ぼくも高校の頃部活で似たような経験をしたことがある。卒業記念なんて一生に一回だもんな。だから催促なしで借してやる」「・・・ちょっと待って。兄さん、見ず知らずの女の子に5万円も借してやるって・・・返す当てなんかありません!」「いいよ、予備費なんだから、返せるようになったら返せばいい。返さなくったっていい」

「ダメです、兄さん!受け取れません!」とお札を握ったぼくの手を押し返そうとする。「いいよ、何かの縁だ。取っておけばいい」と早紀江の華奢な手にお札を押し込む。

「困るなあ・・・どうやって返せばいいんですか?兄さん?・・・そうだ!私の体で返します!」と言って足をガバッと開いてスカートをたくし上げた。「早紀江、止め!止めて!」とスカートを下げた。「あ!私の脚、触ったよ、兄さん!」「バカ!スカートを下げるのに偶然触れただけだ!」

「早紀江、お前なあ、冗談でもひどいぞ!ぼくだって男性なんだから、欲情して襲ったらどうするんだ?自分の体を安売りするもんじゃない!」
「ミノルさん、安売りしてないですよ?私、経験ないもん!」と急に顔が赤くなった。

「え?ないって、キミ、処女なの?」
「そぉですよぉ。早紀江ちゃん、処女です。処女ってそんなに価値ありませんか?」
「ぼくはてっきり」
「てっきり、なんです?」
「つまり、経験豊富かなと。ロックバンドだし・・・」
「あ!あ!偏見です!偏見!ミノルさん!それ偏見!私のバンドだって、5人いるけど私を含めて3人は処女だもん!」

「・・・う~、ごめん。いや、だけどさ、早紀江に5万円渡して、ぼくが早紀江を抱いたら、それこそパパ活じゃないか!売春じゃないか!」
「5万円はコンサート開催費用のカンパ。私の処女をあげるのは、私がミノルさんに奪ってほしいから。抱いて欲しいから。それじゃ、ダメ?」
「ダメです。成り行きの行き当たりばったりで、大事な早紀江の処女をもらいたく有りません」
「チェッ!いい機会だし、ミノルさんは私の好みだし、こういうチャンスは逃したくないのになあ・・・」
「・・・まったく・・・」

「ねえねえ、ミノルさん、大事なことを聞かなかった。もしかして、兄さん、付き合っている人がいるの?」
「今はいません!」
「じゃあ、何がダメなんだろ?私が女子高校生だから?」
「う~、妹みたいだし、それはちょっとあるかな?」
「じゃあさ、じゃあさ、卒業して大学生になったらどう?」

「早紀江、高校生だろうと大学生だろうと、付き合ってもいないのにセックスできないだろう?」
「兄さん、古風なのね。じゃあ、私と今から付き合ってよ!」と両頬をプッと膨らました。その顔は可愛い。
「はぁぁ?」
「ねえねえ、私じゃ不足?」
「ぼくはキミの7歳年上だよ?」
「あら、年齢差を私が気にしなかったら付き合ってくれるのね?私、ぜんぜ~ん、7歳差くらいじゃ気にしません。17歳差だったら気になるけど」

「それ、ぼくをからかってるんじゃないだろうね?」と言うと急にテーブル越しに上体を近づけてくる。

「からかってないもん。真剣だよ、早紀江は。私の顔を見てよ!」と言う。グラスがひっくり返りそうで彼女の肩を支えてやった。そうしたら、急にキスされた。口にチョンっとされただけだが、キスはキスだ。

「やった!私の初キッスを奪ったね?ミノルさん!」
「困った子だよ、キミは。早紀江、キミからしておいて。顔真っ赤だぞ」
「酔っ払っただけです!もぉ、そんな正面に座って私のパンツを覗いてないで、私の横に座ってよ、兄さん」

 仕方がない。早紀江の横に座る。「そぉそぉ、そぉこなくっちゃ」

「あのねえ・・・なんでぼくなの?」
「だってさ、私が困っている時に絡んでくる男性を追っ払ってくれたでしょ?わけのわかんない女の子を泊めてくれるっていってくれた。親切にしてくれて乱暴なんてしなかった。5万円ポンッと差し出して、でも、誘ったのに抱いてくれなかった。私の処女あげます、って言ったのにね。これでどうにかならない女の子はいないよ、兄さん」
「ラブコメの読みすぎだって。そんな小説みたいなことがあるわけが・・・」
「今、その小説みたいなシチュでしょう?もう!」
「う~ん・・・」

「ねえねえ、兄さん、私の読んだラブコメだと、このシチュだと、男性は肩を抱き寄せるはずなんですけど?」
「ぼくが?キミの?肩を?」
「そうそう」

「こ、こうかな?」と早紀江の肩に手を回した。肩口を掴んで抱き寄せようとすると早紀江が飛び上がった。「こ、今度はなんだ?」「い、今ね、兄さん、ミノルさん、肩から背筋を通って電流が走ったの。ズキュンって」「敏感肌か?」「知らないもん。他人に肩を掴まれたのって経験ないもん」「もう一回やってみる?」「うん、お願いします」

 もう一度、肩口を掴んで抱き寄せようとしたら、頭をのげぞらした。ギュッと目をつぶっていて、体が寒気をおぼえたように小刻みに震えている。「どうなったの?」

「あ、あの、兄さん、恥ずかしい・・・」
「何が?」
「・・・ジュンっとなって・・・逝っちゃいました・・・」
「逝っちゃいましたって、あの逝くってこと?」
「うん」
「そんなバカな」
「満員電車とか他人に触れることがあってもこうはならないけど、兄さんに、ミノルさんに触られると感じます。私、どうにかなっちゃたのかしら?」

 それから肩を抱き寄せるとブルブル震え、軽くキスをすると鼻息がフイゴのように荒くなり、大きな目を見開いてぼくを見つめて、腰に腕を回すと体がビクンビクンして・・・早紀江はぐったりしてしまった。

「おい、早紀江、大丈夫か?」
「だ、大丈夫じゃない!自分でするよりすごい!」
「自分で?ああ、自分でね」
「そう。もうね・・・」とぼくの胸に顔を寄せてシャツを捻ってイジイジし始める。ぼくの耳元に口を寄せてくる。こういうのは平気なんだね?

「もうね・・・恥ずかしい・・・」「恥ずかしいの?」「うん、恥ずかしい。もうグッショリ・・・」「はぁぁ?」「濡れていてね、溢れそうなの。だから・・・」「うん、だから?」「シャワーを使っても良い?」「・・・構わないけど、キミの下着がないよ」「ミノルさんの下着ってボクサー?」「ああ、ボクサーパンツもあるけど」「それ貸して欲しい」と彼女はスタスタとお風呂場に行ってしまった。

 これはなんてことなんだろう?今どきの女子高校生ってこうなんだろうか?いや、絶対に違うと思う。ぼくはウィスキーのトリプルを一気にあおった。飲み物を片付けて、テーブルを拭く。配置をずらして、ソファーベッドをベッドに整えた。新しい枕とシーツ、ブランケットを出してメーキングした。それにしても長いシャワーだ。心配になってシャワー室の外から声をかけた。

「早紀江、大丈夫?」と声をかける。「ア、アン・・・だ、大丈夫よ」と答えてくる。大丈夫そうだが何をしているんだ、まったく。「あのさ、タオルと下着とTシャツをここに置いとくよ」「ありがとうございます・・・あ、あの、ミノルさん?」「うん、何?」「一緒にシャワー入りませんか?」「それ、ぼくが大丈夫じゃなくなるだろ?」「いいじゃないですか?ねえ、来て。ミノルさん、来てよ」「・・・」

 もうぼくも酔っているのでヤケになった。自分の着替えを用意してバスの引き戸を開けた。これはさすがにあそこは反応するだろ?多少大きくなっている。だけど酔っているので気にせず隠さず。
 
「え?え?」とシャワーを浴びていた早紀江が驚いて胸を両手で隠す。
「一緒に入れって言うから・・・」
「こ、心の準備が・・・」
「わけわからん子だなあ」
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