第15話 源氏名は雅

文字数 2,331文字

 真理子の悲しげな顔を見て、正語(しょうご)はすぐに顔を引き締めた。

 この家の家業をバカにしたような顔つきをしてしまったのかもしれない……。

 真理子が右に顔を背けているせいで、こちらからは悲し気な青灰色の瞳が見えた。

 秀一(しゅういち)を傷つけているようで、更に気がとがめる。

 気まずい空気が流れる中、

「真理ちゃん! どうしたの!」

 と、素っ頓狂な声がした。

 正語は声の主の方を見た。

 ひまわりのエプロンを着けた小太りな中年女が、火のついたタバコを片手に立っていた。

(みやび)さん! ここでタバコはやめて下さい!」

 真理子から雅と呼ばれたその女は、目を丸くして真理子と正語を交互に見た。

「真理ちゃん、彼氏連れてきたの⁈ ヤダあ、いい男じゃない!」

 どうやら雅は、正語と真理子の服装を見て勘違いしたようだ。

「この方は智和(ともかず)さんが呼んだ刑事さんです。こっちの話も聞いてもらおうと思って、来てもらったの」

 真理子の説明に、雅は疑わしげに正語をジロジロ見た。

「うっそー! こんないい男が刑事なわけないじゃん! どっかのモデル事務所から智和さんがレンタルしたんじゃないのお⁈」

 正語は苦笑いを作って見せた。
「警察庁におります。九我正語(くがしょうご)です」と名乗った。

「わあぉ、県警じゃないんだ。智和さん、いよいよ本気出してきたね。
 とにかく上がってもらおうよ。高太郎(こうたろう)も呼ばなきゃ」

 雅に言われて真理子は「はい」と、屋敷に向かった。

「真理ちゃん、『百合(ゆり)()』にお通ししようよ。それからお茶ね」

 真理子は立ち止まり、振り返るとまた「わかりました」と生真面目にうなずいた。

「どうぞ、お構いなく」と、正語は形だけ言った。

「コーヒーがいいや。いい豆あったよね」と雅は続ける。「それからさ、水谷さんとこに電話して、魚のいいのがあったらお造りつくってもらってよ。刑事さんがうちに来てるって言って、おまけしてもらおうよ」

「……いや、本当に構わないで下さい。すぐに失礼します(コーヒーに刺身とか組み合わせおかしいだろ! 刑事が来たからって、なんでオマケしてもらえるんだ⁈)」

 正語は焦った。
 この家に長居するつもりはさらさらない。
 本家の話を聞いたらすぐ分家に行き、昼には公民館に戻って早く秀一と合流したい。

 真理子は正語の言葉に耳も貸さず、ちょこんと会釈すると足早に去っていった。

「本当に結構ですから!」と、正語は真理子を追おうとした。
 が、雅に肘を掴まれた。

「時間稼ぎだよ」

 そう低く言うと、雅は手を放し、新たなタバコを取り出した。
「いいかい?」と正語に断ってタバコに火をつけた。

「あんた、よく来てくれたね。あたしはね、一輝(かずき)さんが亡くなった時に散々言ったんだよ。うちうちで隠していい話じゃないんだから、ちゃんと警察に届けるべきだって。
 高太郎にもそう言ったのに、真理ちゃんが畳に頭こすりつけて頼むもんだから、高太郎も何も言えなくなっちまったんだよ」

「どういうことですか?」

「まずは高太郎と真理ちゃんの言い分を聞いとくれ、それから現場を案内するよ」

「何の現場ですか?」

「一輝さんの遺体が見つかった温室だよ。
 そこに行って、一輝さんが亡くなった日に、あたしが見たもの聞いたもの、全部あんたに話すよ」

「失礼ですが貴女は、鷲宮の家とはどういったご関係の方ですか?」

「あたしは住み込みで、守親じいさんの介護をしてるんだよ。
 ホラ、この町のあっちこっちに銅像が建ってるだろ? あの鷲宮守親。
 三年前、あたしがここに来た時は、まだしっかりしてたんだよ。でも何だかどんどん悪くなっちまって……去年、一輝さんが亡くなったのがよほど応えたのか、今は寝たきりなんだよ」

「雅さんでしたね、一輝さんは熱中症で亡くなったと伺っていますが、違うんですか?」

「それは、あたしの話を聞いた後で、あんたが判断してよ。 
 あっ、それから雅ってのは本名じゃないんだ。
 あたし、ずっと介護の仕事してたんだけど、腰悪くして、スナックで働きだしてね、高太郎とはその店で知り合ったんだよ。
 高太郎は一人でやってきて、何だか暗そうに飲んでたんだけど、あたし達、最初っから気が合っちゃってさ、それであたしの身の上話したら、父親の調子が良くないから、看てくれないかって、高太郎が言ってきたんだよ。
 私も酔っ払い相手の仕事は嫌でしょうがなかったから、ここに来れてホントよかったよ。
 雅っていうのはその店での源氏名。本名より気に入ってるから、刑事さんも雅って呼んでよ」

 雅はそう言って笑い、美味そうにタバコの煙を吐いた。
 タバコを吸い終わった雅は、携帯灰皿に吸い殻をしまい、「暑くなってきたね」とエプロンのポケットからタオルを取り出して汗を拭いた。
 
 その雅の言葉に、正語はハッとなった。
 確かに、いつの間にか夏の暑さが戻っていた。
 周囲の竹も風を受けて揺れている。

 この庭に入った時に感じた違和感は何だったのか。

 正語は振り返り、ついさっき真理子から禁じられた『結界』を見た。

「そろそろ中に入ろうか」

 雅は汗を拭きながら屋敷に向かって歩き出した。

「雅さん」と正語は雅を呼び止めて、竹林の中に積まれた石を指した。

「あれ、結界ですか?」

「そうだよ結界だよ」と、雅は当然のように答えた。

「あれに近づくと、どうなるんですか?」

「あんた、霊感あんの?」

「ありません」

「なら大丈夫。なんも起こんないよ。
 ずいぶん前に、あたしも何が起きんのか気になって、あの石、何個か転がしたんだけどね、なんともなかったよ。真理ちゃんにバレないようにすぐ元にもどしたけどね」

 雅は、いたずらっ子のようにへへっと笑った。

「悪霊を閉じ込めているらしいよ。
 灰色の目をした人間に()りつく、悪い女の霊が閉じ込めてあるんだってさ」



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登場人物紹介

鷲宮秀一、主人公の高校生

九我正語(くがしょうご)、秀一の従兄弟、警察官

九我正思(くがしょうじ)正語の父親。人の恋愛感情を瞬時に見抜く特殊能力を持つ。

九我光子、正語の母親。秀一の伯母。

雅、介護士。雅は熟女スナックにいた時の源氏名。本名は不明

夏穂、秀一の幼馴染。秀一に片思い。

涼音(すずね)、秀一の幼馴染

武尊(たける)、秀一の幼馴染

賢人、秀一の甥っ子

真理子、みずほ中学の教師

コータ、真理子の弟、秀一の幼馴染

野々花、パンケーキ店の女主人

岩田、秀一のテニスの師匠

鷲宮一輝(故人)秀一の兄

鷲宮輝子(故人)秀一の母親。正語の母親、九我光子の妹

水谷凛、夏穂の従姉妹

鷲宮智和、秀一と一輝の父親

鷲宮高太郎、智和の兄

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