幽世の酒で祝う
文字数 1,800文字
家の近所にある古い小さな神社には、昔からこの村を護ってくれている女神様がいる。ただし女神様といっても、大きな二本角が自慢の豪快な鬼の女神様だ。
村の中じゃ女神様はおとぎ話の中の存在らしい。だけど、どういう訳か俺だけはガキの頃から女神様の姿が見えちまった。そのせいで女神様にえらく気に入られちまっている。話し相手がいなくて暇してたんだとさ。
そんな訳で、俺はガキの頃から毎晩のように女神様の晩酌に付き合わされている。女神様が酒を飲む隣で、俺はソーダを飲んで酔ったつもりになっていた。
今日も鳥居を潜ると、いつものように女神様は拝殿前の階段に腰かけて俺を待っていた。
女神様の山吹色の艶やかな髪、鬼灯のように赤い宝石の様な目、初雪のように白い頬が月光と蛍に照らされている。
その浮世離れした美しさに、俺は思わず息を呑んだ。
しかし次の瞬間、女神様は缶ビールを一気飲みして、
「プハァ現世の酒も旨くなったのう!」
と、手の甲で口元を豪快に拭い、かんらかんらと声を上げて笑った。
見た目と性格のギャップがえらいこっちゃだ。
「なんだよ姉御、もう飲んでんのか」
「小僧、来るのが遅すぎるぞ」
そう言って女神様は俺につまみをせびった。俺を舎弟か何かだと思っているんだろう。女神さまがそんな態度だから、いつだったか俺がふざけて姉御って呼んだらそれが定着して、今じゃ姉御と小僧で呼び合っている。
チップスをつまみに二缶目を開ける姉御。プルタブを押し込んでカシュッと音をさせると、結露した缶に唇を添えて缶を傾ける。キンキンに冷えたビールが喉に注ぎ込まれると、姉御の細い首がコクコクと動いた。
やがて缶から唇を離すと、姉御は鬼灯色の目をにんまりとさせた。
舌に広がる苦みと、爽やかなホップの香り、シュワシュワ弾ける泡が喉を刺激するのがたまらないそうだ。
「そんなに旨い?」
「旨いぞ~。ワシのとっておきには劣るがな」
そういや、姉御は一度だけ盃で酒を飲んでいた。祝い事があるときにしか飲まない極上の、幽世の酒だとか。
たしかあの時は、俺と姉御が初めて会った時だったような……。
「ビールにしろ、とっておきの酒にしろ、小僧にはまだ早い話だったかのう。小僧はいつになったら飲めるのやら」
姉御は俺をからかうようにケラケラ笑った。
カシュッ。
聞き慣れた音が響くと、こっちを向いた姉御は奇妙なものを見たとばかりに目をパチクリさせた。
俺は構わず缶を傾けて、中の液体を口の中に注ぎ込む。
舌を刺激して喉に抜ける苦みと香りを味わって、そっと缶から口を離した。
「苦 ぇ。でも、癖になりそう」
俺が笑うと、姉御が不服そうに脇腹をつついてきた。
「小僧、二十歳になるまで酒は飲まんと言っておったろうが。お前が飲まんと言ったから、ワシはとっておきの酒を……」
「飲まずにとっておいてくれたんだろ。さっき思い出した。初めて会った時、俺が酒飲めるようになったら、その酒で一緒に乾杯してくれるとか何とか言ってたなーって」
「覚えておったなら、何故それを……」
怒りなのか動揺なのか、姉御はプルプル震えながら俺の缶ビールを指差した。
「姉御、今日が何の日か知ってる?」
「知らん!」
なんだ、やっぱり気付いてなかったのか。
「今日は俺の、二十回目の誕生日だよ」
「にじゅっ!?」
「そうそう。俺、今日で二十歳。待たせて悪かったな、姉御」
理解が追いつかないのか、姉御は驚愕の表情を浮かべたまま固まってしまった。
だけど俺が二口目のビールを飲もうとすると、姉御は突然動き出して、
「それを早く言わんか!」
と、叫んで俺の缶ビールを奪って飲み干してしまった。
「俺のビール……」
「うるさい! ちょっと待っとれ」
姉御は本殿の方に走ると、すぐに大きな酒瓶を片手に掲げて戻ってきた。もう片方の手には、盃が二つ。
「約束の祝い酒じゃ。現世の安酒なんぞ飲めんようにしてやるわ!」
姉御が持ってきた酒瓶は、記憶の片隅にあったあの時の酒瓶と同じものだった。
初めて会ったあの時、これは幽世でも滅多に手に入らない逸品だと自慢していた、姉御のとっておきの酒……。
味を知らないはずなのに、喉が鳴った。
「本当にいいのか姉御? 俺にそんな旨いもん飲ませたら、毎晩たかりにきちまうぜ」
「そうすればいい」
視線を酒瓶から姉御に戻すと、姉御は満面の笑みを浮かべていた。
「小僧と飲む為にとっておいたんじゃからな」
村の中じゃ女神様はおとぎ話の中の存在らしい。だけど、どういう訳か俺だけはガキの頃から女神様の姿が見えちまった。そのせいで女神様にえらく気に入られちまっている。話し相手がいなくて暇してたんだとさ。
そんな訳で、俺はガキの頃から毎晩のように女神様の晩酌に付き合わされている。女神様が酒を飲む隣で、俺はソーダを飲んで酔ったつもりになっていた。
今日も鳥居を潜ると、いつものように女神様は拝殿前の階段に腰かけて俺を待っていた。
女神様の山吹色の艶やかな髪、鬼灯のように赤い宝石の様な目、初雪のように白い頬が月光と蛍に照らされている。
その浮世離れした美しさに、俺は思わず息を呑んだ。
しかし次の瞬間、女神様は缶ビールを一気飲みして、
「プハァ現世の酒も旨くなったのう!」
と、手の甲で口元を豪快に拭い、かんらかんらと声を上げて笑った。
見た目と性格のギャップがえらいこっちゃだ。
「なんだよ姉御、もう飲んでんのか」
「小僧、来るのが遅すぎるぞ」
そう言って女神様は俺につまみをせびった。俺を舎弟か何かだと思っているんだろう。女神さまがそんな態度だから、いつだったか俺がふざけて姉御って呼んだらそれが定着して、今じゃ姉御と小僧で呼び合っている。
チップスをつまみに二缶目を開ける姉御。プルタブを押し込んでカシュッと音をさせると、結露した缶に唇を添えて缶を傾ける。キンキンに冷えたビールが喉に注ぎ込まれると、姉御の細い首がコクコクと動いた。
やがて缶から唇を離すと、姉御は鬼灯色の目をにんまりとさせた。
舌に広がる苦みと、爽やかなホップの香り、シュワシュワ弾ける泡が喉を刺激するのがたまらないそうだ。
「そんなに旨い?」
「旨いぞ~。ワシのとっておきには劣るがな」
そういや、姉御は一度だけ盃で酒を飲んでいた。祝い事があるときにしか飲まない極上の、幽世の酒だとか。
たしかあの時は、俺と姉御が初めて会った時だったような……。
「ビールにしろ、とっておきの酒にしろ、小僧にはまだ早い話だったかのう。小僧はいつになったら飲めるのやら」
姉御は俺をからかうようにケラケラ笑った。
カシュッ。
聞き慣れた音が響くと、こっちを向いた姉御は奇妙なものを見たとばかりに目をパチクリさせた。
俺は構わず缶を傾けて、中の液体を口の中に注ぎ込む。
舌を刺激して喉に抜ける苦みと香りを味わって、そっと缶から口を離した。
「
俺が笑うと、姉御が不服そうに脇腹をつついてきた。
「小僧、二十歳になるまで酒は飲まんと言っておったろうが。お前が飲まんと言ったから、ワシはとっておきの酒を……」
「飲まずにとっておいてくれたんだろ。さっき思い出した。初めて会った時、俺が酒飲めるようになったら、その酒で一緒に乾杯してくれるとか何とか言ってたなーって」
「覚えておったなら、何故それを……」
怒りなのか動揺なのか、姉御はプルプル震えながら俺の缶ビールを指差した。
「姉御、今日が何の日か知ってる?」
「知らん!」
なんだ、やっぱり気付いてなかったのか。
「今日は俺の、二十回目の誕生日だよ」
「にじゅっ!?」
「そうそう。俺、今日で二十歳。待たせて悪かったな、姉御」
理解が追いつかないのか、姉御は驚愕の表情を浮かべたまま固まってしまった。
だけど俺が二口目のビールを飲もうとすると、姉御は突然動き出して、
「それを早く言わんか!」
と、叫んで俺の缶ビールを奪って飲み干してしまった。
「俺のビール……」
「うるさい! ちょっと待っとれ」
姉御は本殿の方に走ると、すぐに大きな酒瓶を片手に掲げて戻ってきた。もう片方の手には、盃が二つ。
「約束の祝い酒じゃ。現世の安酒なんぞ飲めんようにしてやるわ!」
姉御が持ってきた酒瓶は、記憶の片隅にあったあの時の酒瓶と同じものだった。
初めて会ったあの時、これは幽世でも滅多に手に入らない逸品だと自慢していた、姉御のとっておきの酒……。
味を知らないはずなのに、喉が鳴った。
「本当にいいのか姉御? 俺にそんな旨いもん飲ませたら、毎晩たかりにきちまうぜ」
「そうすればいい」
視線を酒瓶から姉御に戻すと、姉御は満面の笑みを浮かべていた。
「小僧と飲む為にとっておいたんじゃからな」