第2話「新たなる旅立ち」

文字数 2,478文字

レグルシア王国辺境、アルテルフでの決戦から数えて五度目の春を迎えた。
この日は隣国アークエリス連邦で執り行われる

に列席する王女の護衛に就いていた。
七天騎士の末席である星蒼剣は特定の領地を持たず、国中の困難や問題を収集する使命を帯びる座であるが、それ以前にブレイヴィアは王女アーシャ・ラナンキュラス・レグルシアに個人的な忠義があった。
彼女がまだ一介の近衛騎士としてアーシャ王女の側に置かれていた頃、近衛騎士団の紅一点であり比較的歳が近かったことも相まって、彼女の良き理解者となっていた。
アーシャ王女が成人を迎えると同時に、友愛の印として星剣アルクトスが贈られたのだが、この剣とブレイヴィアの得意とする天体魔法の相乗効果により彼女は七天騎士となり、アーシャ王女の元から離れる事となってしまった。

「また貴女とこうして言葉を交わせるなんて、とても嬉しいわ、レイ。」

「ありがとうございます。星蒼剣としての枠を超えた特権を与えられ、ようやくアーシャ様のお側へ戻って来られました。」

馬車の中で言葉を交わす2人は、王族とそれに仕える騎士としての間柄以上に、信頼と友情という絆で結ばれていた。
小鳥のさえずりと暖かな風を見送り、馬車は森の中へと入っていく。
この森を越えれば、アークエリス連邦は目の前であった。
だがその時、咆哮が轟いた。

「何事だ!」

ブレイヴィアはすかさず部下の近衛騎士に状況を確認させる。

「森が騒がしい…レイ、今の咆哮、きっとデュカリオン大瀑布の方からだわ。」

レグルシア王国とアークエリス連邦を隔てるプラエキプア河の中流に位置するデュカリオン大瀑布。
そこに棲まうヌシの存在は昔から提唱されていたが、周囲の魔力環境の不安定さ故にまともな調査が行えず、長年謎とされてきていた。
それも、何かがいる状況証拠はあれど、直接的な観察が行えていないが故のことだ。

「今まで姿だけではなく気配すら潜めていたというのに、何故これほど大きな咆哮を…?」

不可解な現象に思考を巡らせるブレイヴィアだったが、騎士たちの動揺する声によってそれは妨げられた。
アーシャ王女に外に出ないように言って馬車から飛び出すと、1体のドラゴンが飛来し、立ち塞がっていた。

「ドラゴン族が何故!?」

ドラゴン族は古くからこの地に棲まう種族であり、アークエリス連邦の建国においては重要な存在であった。
当初こそ手を取り合いながら共存していたのだが、人類がこの地に築いた国が発展するとドラゴン族は次第にその姿を見せなくなり、役目を終えたかのように人の営みに殆ど干渉しなくなっていった。

「貴様か。英雄ブレイヴィアというのは。」

内に有する膨大な魔力を意志に換えて語り掛けるドラゴンが、その巨肢を踏み出す。
ブレイヴィアは反撃を構える騎士たちを制止すると、相対するドラゴンに対話の意志ありと判断し、剣を握りつつも構えはせず、ゆっくりと歩み寄った。

「如何にも。私がレグルシア王国の七天騎士が一柱、星蒼剣のブレイヴィア・クエルクスだ。王女殿下の御前故、これ以上の無礼は控えていただきたい。」

ドラゴンは馬車を一瞥すると、頭を人の視線の高さまで下げた。

「旅路を妨害した無礼を詫びよう。しかし、事は急を要する。我が主人(あるじ)智竜(ちりゅう)シャルーアの元まで同行願いたい。」

ドラゴンが述べた名に驚く騎士たち。
智竜といえば、アークエリス連邦で語り継がれる勇者姫の伝説に登場するドラゴンである。
ドラゴン族は人よりも遥かに長い命を持つとはいえ、千年前の物語に登場する者が存命であることは衝撃的だった。

「急を要すると言ったな。だがまずは要件を伺おう。」

「我が主人はこの話を広める事を良しとしておられない。故に貴様ひとりで来てもらいたい。」

ドラゴンがブレイヴィアに向ける視線は力強く、その言葉と要求が譲れないものである事を物語っていた。
しかしブレイヴィアも、主君であり最愛の友であるアーシャ王女の側を離れるという事は到底認められるものではなかった。

「ここにいる騎士たちは信頼できる部下たちなのだが仕方ない、彼らは置いていこう。だが、ここでアーシャ様のお側から離れることはできない。」

ブレイヴィアも確固たる意志で応える。
お互いの譲れないものが拮抗し、沈黙だけが流れていく。
その時、馬車からアーシャ王女が飛び出し、ブレイヴィアの元へ駆け寄った。

「どうしてもわたくしの騎士を連れてゆきたいのならば、わたくしの同行も許していただきます。」

アーシャ王女の突然の申し出に反対の意を示すブレイヴィアだが、それを押し除けてドラゴンを見つめる。
ドラゴンは思案するように瞼を動かす。
その時、デュカリオン大瀑布のある方角からまたも咆哮が轟いた。
ドラゴンが頭を上げ、溜息にも似た吐息を漏らすと、再び人の視線に頭を下げる。

「我が主人から、良し、とお許しがあった。王女も連れて行こう。」

「感謝いたします。」

丁寧にお辞儀をするアーシャ王女。
ブレイヴィアは平静を装いつつもアーシャ王女の身を案じた。

「よろしいのですか、アーシャ様。」

「えぇ、ドラゴン族はここ数百年、人の前に積極的に姿を現さなかったのです。余程の大事なのでしょう。」

「しかし一国の王女が失踪したとなれば…」

言いかけるブレイヴィアの口を人差し指で妨げ、悪戯な笑みを浮かべる。
思い返せば幼少からその好奇心故に周りをよく困らせていて、ブレイヴィアがいち早く悪戯を止めに入るといつもこうして笑いかけてきたなと、回想した。
ブレイヴィアはそうしてまだ一介の騎士だった頃を懐かしみつつ、改めてドラゴンと向き合う。

「私とアーシャ様を、そちらの主人の元へ連れて行っていただこう。」

ドラゴンは微笑むように目尻を緩く下げると、その大きな翼を広げた。

「感謝する、英雄よ。さぁ、我が背中に乗りなさい。」

促されるままブレイヴィアとアーシャがドラゴンの背中に跨ると、ドラゴンは大きく翼を羽ばたかせて舞い上がった。
向かうは樹海の奥地、デュカリオン大瀑布。
ブレイヴィアはそこで、失われた真実と、これから巻き起ころうとしている動乱を知ることとなるのであった。
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