第3話(3)どっこい頭部ががら空きじゃい

文字数 3,689文字

「ええ、イフテラム家からのご招待です」

「イフテラム家?」

 わたくしの問いにメアリは少しガクッとなります。

「そ、それまでお忘れに?」

「え、ええ……」

「やはりもう一度お医者さまに診て頂いた方が……」

「そ、それには及びません、そのイフテラム家というのはどちらさまだったかしら?」

「……今現在、この地域の有力な貴族の一つです」

「そうですか……」

「ご令嬢のリリアン様とは仲の良い御学友であらせられましたが、それまでお忘れに?」

 メアリが怪訝そうな顔で見つめてきます。

「あ、ああ、そういえばそうでしたわね」

「当家やお嬢様の事情が変わっても、こうして変わらずにお付き合い頂けるとは……非常にありがたいことですね」

「え、ええ……そうですね……」

 わたくしは考えこみます。有力貴族の娘、リリアン……わたくしとは仲の良い学友だったという……その『仲の良い』というフレーズが少しひっかかります。

「お嬢様?」

「は、はい?」

「もちろん招待をお受けになるということでよろしいですか?」

「え、ええ……参加致しましょう」

「それでは、諸々の手配はしておきます。当日お召しになるドレスはお嬢様ご自身でお選び下さいますようお願いします」

 メアリはそう言って、招待状をわたくしに渡し、屋敷に戻ります。わたくしは招待状を手に考えを巡らします。

(こういったお誘いを断って屋敷に引きこもるのも、今後を考えるとマズいような気がします……そのリリアンというお嬢さんを含め、何人かの方にご挨拶だけして、さっさとお暇すれば、余計なフラグは立たないでしょう……)

「うん、そうと決まればドレス選びですわ」

 わたくしも屋敷へと戻ります。もっともわざわざ選ぶほどドレスは数が残っていないのですが。そこから数日後……。

「行ってらっしゃいませ」

 じいやに送り出され、わたくしはメアリとともに馬車に乗って、イフテラム家へと向かいます。ドレスはベージュ色のものを選びました。小一時間ほど馬車に揺られ、わたくしたちはイフテラム家の屋敷に到着しました。

「ようこそ♪ お久しぶりですね、ティエラさん、来て下さってうれしいです」

 白い清楚なドレスに身を包んだ黒髪の女性がわたくしのもとに歩み寄ってきました。

「……イフテラム家のご令嬢、リリアン様です」

 メアリがわたくしにそっと教えてくれます。わたくしは慌てて挨拶します。

「リリアンさん、本日はお招きいただきありがとうございます」

「あら……?」

 リリアンさんはきょとんとした顔をされます。

「な、なにか……?」

「いえ、わたくしのことはいつもなんと言いますか……尊大かつ傲岸不遜な態度でリリアン!とお呼びになっていたのに……」

 いや、尊大かつ傲岸不遜な態度って……どうやら以前までのわたくしはナチュラルに悪役令嬢の素質を秘めていたようです。というかそんな女とたいへん仲の良かったのですか、この方は。どうやら聖女属性のようです。

「あ、ああ、それは……今は互いの立場も違うことですから……」

「そんな寂しいことをおっしゃらないで下さい。ティエラさんとわたくしの仲ではありませんか。どうぞお変わりなく」

 リリアンさんはわたくしの両手を取り、強く握り締め、目を見つめながら語り掛けてきます。わたくしは若干戸惑いながら答えます。

「あ、ありがとう、リ、リリアン!」

 わたくしの答えにリリアンは満足そうに笑みを浮かべて頷きます。

「本日の主役の一人なのですからどうぞ楽しんでいって下さい」

 リリアンは綺麗な長い黒髪を翻しながら、その場を去っていきました。わたくしは強烈な既視感に襲われました。学友だったというのだから当然といえば当然なのですが、なにかそれとは違う感覚というか……。って、主役?

「……シルヴァン=アフダル殿、ルッカ=ムビラン殿、そして、ティエラ=ガー二嬢、この地域を悩ませていた山賊どもを見事撃退して下さった三名です。今一度盛大な拍手をお願いいたします」

 屋敷のホールに詰め掛けた人々から拍手と称賛を送られ、壇上に上がったわたくしは戸惑いつつ、それに応えながら、傍らに立つルッカさんに小声で尋ねます。

「これはどういうことですの? 家の者にばれると色々と面倒だから、口外しないようにと話したではありませんか」

「俺も分かんねえよ」

「すまない……俺が話してしまった」

 わたくしのもう一方隣に立っていたシルヴァンさんが申し訳なさそうに口を開きます。

「お前かよ!」

「いや、話したのはほんの数十人だけなんだが……」

「ほんのの桁が違うだろ! どうしてくれんだよ!」

「まあ、適当にあしらってくれ」

 わたくしは壇上から降りた後、話しかけてくる皆様に対し、それなりに丁寧に対応した後、中庭に出て、壁にもたれかかり、ため息をこぼしました。

「ふう……」

「お疲れのようだね」

 わたくしに対し、きっちりとセットした金色の短髪で丸眼鏡が印象的な男性が話しかけてきます。わたくしが首を捻ります。

「えっと……?」

「おいおい、まさか忘れてしまったのかい? 確かに最近は会っていなかったけど」

 男性は苦笑を浮かべられます。目鼻立ちの整った品の良いお顔立ちで、大柄でよく引き締まった体をなさっています。

「も、申し訳ありません……何分、このような場にお邪魔するのも久々ですので……」

「ふむ……近頃は色々あっただろうからね、それも無理も無い話か……」

 男性は顎に手をやって呟きます。

「重ね重ね申し訳ありません。よろしければお名前を……」

「僕はエイス=サタア。子供の頃からよく会っていたのだけどね」

「あ、ああ、サタア家の……」

 メアリから事前に聞いていました。サタア家はガー二家とは縁戚関係を結んでいたこともあるほどの近しい貴族だったと。

「思い出してくれたかな? 昔は良く勉強も見てあげたのだけどね。まあ、家庭教師の真似ごとのようなものだけど」

「そ、そのようなこともありましたわね……」

「山賊退治のことは驚いたよ、昔からお転婆ではあったけどね」

「ははっ……それはお騒がせしました……⁉」

 お話もそこそこにして、その場をそれとなく去ろうとしたわたくしの顔の横の壁にエイスさんはドンと右手をつきます。

「君が格闘大会に出ているというのも不安なんだ……」

「エ、エイスさん……?」

「家庭教師と生徒ではなく……僕と家庭を築かっぶぅ⁉」

 やってしまいました……がら空きの顎にアッパーカットを喰らわしてしまいました。突如現れたイケメンの壁ドンなんて危険信号でしかありませんもの……そりゃあアッパーの一つや二つも出てしまいます。ただ、その後が問題です。わたくしは崩れ落ちそうになるエイスさんの体を支え、近くにいた使用人の方に声をかけ、介抱をお願いします。勿論、わたくしの拳が原因であるということは黙っておきました。エイスさんが運ばれるのを確認してわたくしはその場を離れ、中庭の中央にあるベンチに腰掛けます。

「はぁ……」

「兄貴と何を話していたの?」

「きゃっ⁉」

 エイスさんとよく似たお顔立ちの少年が声をかけてきました。

「ああ、いきなりでびっくりさせちゃったね、ごめんごめん」

 少年はそう言って笑います。エイスさんに似ています。髪の毛も綺麗ですが少しボサッとしていて、体もやや小柄です。わたくしよりも小さいかもしれません。

「えっと、貴方は……?」

「ええ、もしかしてオレのこと忘れちゃったの、ティエラ姉ちゃん?」

「ね、姉ちゃん?」

「そうだよ、ブリッツ=サタアだよ! よく遊んでくれたじゃん」

「あ、ああ、ブリッツ……」

 どうやらこのブリッツという少年はエイスさんの弟で、わたくしのことを姉のように慕ってくれていたようです。ブリッツはわたくしの隣に座ると、肩に頭を乗せてきました。

「へへっ」

「⁉」

「子供のころはよくこうやって姉ちゃんの肩で寝ちゃったんだよね」

「そ、そうだったかしらね……」

「そう、それで気が付いたら……いつも姉ちゃんの膝まくらでぇふぉ⁉」

 またやってしまいました……ブリッツの側頭部に膝蹴りをかましてしまったのです。無邪気な笑顔の少年を膝まくらしてあげるのも悪くはないのですが、わたくしの膝と無防備な側頭部が悪いのです。突然現れた美少年との過剰なスキンシップなんて、破滅への道しるべでしかないのですからこれも致し方ありません。わたくしは自分にそう言い聞かせて、ブリッツの介抱をお願いし、その場から離れます。

「メアリ、そろそろお暇しましょう」

「よろしいのですか?」

「よろしいのです」

 サタア兄弟が目覚めたら騒ぎになるかもしれません。無意識的に加減はしたつもりですから、大事には至らないはずですが……あまり目立ってしまってはまた変なフラグを立ててしまうことになります。足早に去ろうとするわたくしにリリアンが声を掛けてきます。

「ティエラさん、もうお帰りですか?」

「え、ええ、今日はお招きありがとう、リリアン」

「テ、ティエラさん!」

「なにか?」

「いいえ、なんでもありません……」

「? それではごきげんよう」

 わたくしはドレスの裾を持ち上げて、リリアンに礼をして、屋敷を後にしました。
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