詩小説『筆記体の雨』 3分で切なく 大人の女性へ 新感覚

エピソード文字数 1,269文字

筆記体の雨―tomonoura―

雨が降る。雨が降る。言葉が降る。
取り留めもない言葉が降る。

達筆でもなければ、訂正の棒線もない。
ましてやアルファベットを丁寧に並べる余地もない。
勢いで、ペンを走らせた。感情のままに筆圧を込めた。殴り書きの文字は。

筆記体の雨。

空から降るhも、iも、sも、窓の向こうでアスファルトを濡らす。
突然の雨は土砂降りとなり、傘を持ち合わせていなかった私は、坂の上にある純喫茶へと逃げ込んだ。

珈琲を点てる香り。静かに流れるレコード。窓の外には筆記体の雨。
ブレンドの上で湯気が微かに揺れていた。香りを吸い込めば彼を思い出す。

恋をしたのは、低い声。
恋をしたのは、細い指。
恋をしたのは、背伸びしても届かない果実。

私は彼に色んなことを教わった。珈琲も無糖で飲めるようになった。キスも上手になった。フレンチトーストが作れるようになった。そして、許されない恋があることを知った。

ここは、港街。波止場からは、一日五往復の船が出る。
旅立ちを急かされても、私はここに立ち止まったまま。私に宛てた風の便りは今日も届かない。

あのホテルでふたり、何度目かの朝を迎えた。ベットから降りて、裸足のままカーテンを開いて、眺めた朝焼けの中、彼には大事な女性がいることを知らされた。

坂の上にあるこの純喫茶からは、港街を一望することが出来る。
今も尚古い建造物が残るこの街は、時間が止まったままの様。今の私と、とても似ている。

言葉は裏腹だ。「優しくしないで」なんて言ってみた。「頭なんて撫でないで」って言ってみた。そんな台詞を吐いた唇を彼のおでこに寄せていた。

この街にある港は『潮待ちの港』なんて呼ばれている。

どうやら私の波止場には良い潮は来ないらしい。もうどれくらい待ってみただろうか? ここへ立ち止まったまま、今も。

どうしてだろう? 思い出す景色は、後ろから袖をまくってくれる彼。
髪をひとつに結わってくれる彼。
窓から見えるあの小さな港で、彼の身体にもたれる私。

幸せそうな思い出が、企んだ笑顔で心をノックする。私は思い出を追い払うことが出来ない。

「ごめんなさい」

私は思わず泣いてしまった。誤魔化したいのか、平気なフリをしたいのか、大袈裟に笑ってみた。

「どうされました?」

カウンターの奥で白髪のマスターに尋ねられる。

「あぁ、いや、なんでもないんです。あれです。失恋しただけなんです。だから平気です」
 
隠したいのか、吐き出したいのか分からない私。頬を濡らした泪を拭き取ってもう一度笑う。

「泣くなんてズルいですよね」

 マスターはうつむき、ビンに紅茶の葉を詰める。

「好きだった、うん。好きだった。本当に、好きだった」

「どんなに追い越そうとしても、敵いっこないですよ。思い出には」

泪は溢れ返り、テーブルの上に崩れ落ちる。

雨が降る。雨が降る。
言葉が降る。言葉が降る。

筆記体の雨。

あの港から出航を告げる汽笛が鳴り響いた気がした。
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登場人物紹介

主人公はあなたです。それぞれの恋愛模様を『詩小説』で。

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