第4話 怪奇現象解明プロジェクト

文字数 6,941文字

 お姉ちゃんのいない土曜の朝の食卓。家族みんなが朝食を食べ終わってもお姉ちゃんは現れなかった。昨日は夕食も食べずにそのまま寝てしまったから、きっとみんなお姉ちゃんのことを心配していたはずだ。にもかかわらず、誰もお姉ちゃんのことには触れない。誰が最初に言い出すか待っていた時だった。何かを思い出したかのようにお父さんが口を開いた。
「そうだ、リュウタ、ミソラを呼んできてくれ。今日は天気がいいからみんなで家庭菜園やろうって」
「家庭菜園?」
「うん。せっかく空気のいい田舎に移住したんだし、家の中ばかりじゃ、おまえたち二人とも気が滅入ってるだろ」
「え~、いやだよ」
「いや、たまには太陽をあびないとだめだ。家庭菜園が終わったら買い物に行って食事にでも行くか!」
「じゃあゲーム買ってくれる?」
「ぷっ、またゲームか……、わかったから手伝うんだぞ」
 ゲームを買ってくれるなら家庭菜園も悪くないと思い、ウキウキしながらお姉ちゃんを起こしに行った。すると、すでにお姉ちゃんは起きていて、ベッドに寝転びながらニコニコとしながらスマホを見ていた。またあの時みたいに呪われてしまったのだろうかとヒヤっとしたけど、今回はいつもどおりのお姉ちゃんだった。
「なんかよう?」
 きげんよさげにお姉ちゃんはぼくを見た。
「みんな朝ごはん、食べ終わっちゃったよ」
「ふーん」
 そっけなく答えたあと、お姉ちゃんは再びスマホを見始めた。
「ねえ、スマホで何を見てるの?」
「マンガ」
「マンガ? お姉ちゃん、マンガなんかめったに読まないのに珍しいね」
「勝手にダウンロードされてた」
「勝手に? もしかしてっ!」
「もしかしてなによ? ていうかマンガってたまに読むと面白いよね、ウフフ……」
 あのとき、悪霊に憑りつかれたお姉ちゃんはスマホを見て笑っていた。もしかすると悪霊がマンガを読んでいたのかもしれない。そう思ったけど、お姉ちゃんの機嫌が悪くなるとめんどうなので黙っていることにした。
「そ、そうだっ、お姉ちゃん、お父さんが家庭菜園手伝ってほしいって」
「いやだ」
「……でも、手伝ったらほしいもの買ってくれるって」
「じゃやる。かわいい服買ってもらう。マンガ読み終わったら行くって言っといて」
 まるで昨日のことをすっかり忘れているかのようなお姉ちゃんの様子を見て、ちょっとだけほっとした。

 庭に出ると、お父さん、お母さん、そしておじいちゃんが困った顔をして三人並んで突っ立っていた。三人の視線の先には、ぼくの部屋の三倍くらいの広さの家庭菜園があった。昨日お母さんがせっせと植えていた野菜の苗が、めちゃくちゃに踏み荒らされていたみたいだ。
「だれがこんなひどいことをしたの?」
 お父さんにたずねた。
「だれって……、イノシシのしわざだろうな……」
 お母さんは引っこ抜かれてしおれた苗を手に取って悲しそうな顔をした。
「また最初からやり直しね……」
 お父さんは、イノシシやキョンのような野生の動物が畑を荒らしたのだと言う。だけど、誰もその様子を見たわけじゃない。昨日の夕方までずっと荒らされていなかったのに、今日の朝いきなりこんなことになるなんてぜったいに変だ。ぼくは悪霊のにおいを感じた。
「ねえ、本当にイノシシのしわざかな。呪いのせいじゃないの?」
 ぼくの言葉に、お母さんがすぐに反応した。
「また始まった! リュウタは本当に怖がりね!」
 しばらく家庭菜園を前にして呆然と立ちつくしていると、お姉ちゃんがつまらなそうな顔をして庭へやってきた。お父さんが状況を説明すると、お姉ちゃんもきっとぼくと同じように呪いのせいだと思ったのだろう。おびえた顔をして、その場で座り込んでしまった。
「ミソラ、まだ体調が悪いの?」
 お母さんが心配して声をかけたけど、お姉ちゃんはなにも言わずに座り込んだままだった。すると、お父さんがいやな空気を変えようとパンパンと手を叩いた。
「さあさあ、ガッカリしてても始まらないから、みんなで野菜の苗を植えよう!」
 どことなく気持ちがすっきりとしないまま、お父さんの掛け声とともに畑仕事が始まった。
 ずっとしゃがんで苗を植え付ける作業は思ったよりも大変だった。ぼくとお姉ちゃんが苗を1つ植えてるあいだに、お母さんやお父さんは苗を10個くらい植えていた。
「テキパキやれば早く終わるんだからね!」
 そう言ってお母さんはぼくらのおしりを叩くけど、ゆっくりと注意して穴を掘らないと、土の中から出てくるミミズや、白いブヨブヨした幼虫をスコップでつぶしてしまったりする。ぶちゅっという感触がとても気持ち悪いんだ。虫が大嫌いなお姉ちゃんは、石と間違えて幼虫を手に取ってしまって泣きべそをかいていた。
「これも呪いのせいよ……」
「うん、ぜったいに呪いだね……」
 ぼくとお姉ちゃんはうんざりしながら苗を植えた。

 どうにか午前中にすべての苗を植え終わって、お昼ご飯の時間になった。ご飯を食べ終わったらゲームを買いに行って、そのあとは久しぶりの外食だ。お寿司かステーキか焼肉か、何を食べようかと期待に胸を膨らませていると、思い出したようにお母さんがお父さんにたずねた。
「そういえば、いい仕事は見つかった?」
「いやあ、なかなか……。都会みたいに給料の高い仕事は……」
 お父さんは田舎暮らしをすると同時に会社を辞めていた。だから、春休みからずっと家にいる。たまに仕事を探しに町の方まで行くんだけど、浮かない顔をして家に帰ってくることが多かった。
「せっかく田舎に来たんだから田舎にしかない仕事を探したらどう? 農業とか、林業とか……」
「いやあ、そういう仕事は給料が安いんだよ……。リュウタとミソラの学費のことを考えたら不安になるよ」
「だからと言ってずっと仕事を探すわけにはいかないでしょ。貯金だって減るし……」
「それはわかってるよ。オレだって、ちゃんと考えてるんだから……」
 お父さんとお母さんの会話を聞いていたお姉ちゃんが小さな声でつぶやいた。
「もう最悪。そんな話されたら、かわいい服買ってとか言えないよね……」
 それを聞いたお母さんは、気まずそうな顔であわてて言い訳をはじめた。
「大丈夫よ、ウチはお金に困ってるわけじゃないの。十分な貯金があるからこの家も買えたし、少しくらい仕事しなくても暮らしていけるんだから」
 東京で暮らしていた時、お父さんとお母さんがぼくたちの前でお金の話をすることなんてなかった。初めてこんな話を聞いて、さっきまでのワクワクしていた気持ちはどこかへ吹っ飛んでしまった。すると、お姉ちゃんがぼくの耳元でささやいた。
「呪いのせいでウチはどんどん貧乏になるのよ……」
 その時だった。隣の部屋からガタンという大きな音が聞こえた。お姉ちゃんが「キャー」と悲鳴を上げた。こないだ神棚が落っこちた時と同じ音だった。お父さんが慌てて隣の部屋へ行くと、予想通り、お父さんが直したばかりの神棚が落ちて、お札やお供え物が畳の上に散らばっていた。
 あきれ顔のおじいちゃんがお父さんを見て笑った。
「コウタは、昔っから大工仕事向いてねえからなぁ……、あっはっは」
「いやあ、ちゃんと釘で打ち付けたはずなんだよ……。古い家だから柱が腐っていたのかな……」
 家族みんなで隣の部屋に集まって、落ちた神棚を眺めていると、今度はさっきまでいた居間から再びコンコンと窓を叩く音がした。
「キャーッ! もういやだ、絶対この家呪われてるよぉー」
 お姉ちゃんが驚いて大きな声を出すと、今度はお母さんが居間へ戻って窓の外の様子を見た。
「ミソラ、誰もいないわよ、呪いなんてないのよ。ほら、まだ昼間だから外もよく見えるでしょ?」
 お母さんは困った顔をしてお姉ちゃんを説得しようとしたけど、ぼくもそろそろ限界だ。お母さんに言い返した。
「じゃあ、どうして音がしたの?」
 お母さんが答えにつまると、ぼくは、いっきにまくしたてた。
「ね、わからないでしょ? この家はには絶対に悪霊がいるんだよ。どうして信じてくれないの? 引っ越してきてから怖いことや悪いことばっかり起こってるんだよ! ぜったい、ぜったい、ぜったい、ぜったい、この家は呪われてるんだ!」
 ぼくが大きな声で叫んだからか、家族5人みんないっせいに黙ってしまった。
 しばらくして、散らばったお供え物やお札を片付け終わったお父さんが、とつぜんわけの分からないことを言い出した。
「よし、リュウタ、わかった。お父さんが怪奇現象を解明する!」
 お父さんは書斎に向かうと、運動会を撮影するときに使っていたビデオカメラを持って居間に戻って来た。
「これで撮影しよう。この辺に置いておけば、居間のすべての窓が撮影できるだろ?」
 そう言ってビデオカメラの向きを調整して客間の隅っこに置いた。
 続けてお父さんが言うには、窓をコンコンと叩く音は、虫が窓にぶつかった音なんだって。女の子の声も、古民家の隙間だらけの窓に吹いた風が、たまたま話し声のように聞こえただけなんだって。そんなことはあり得ないとぼくが怒ると、撮影すればすべてわかることだとお父さんは笑った。今日はこれから夜の間もずっと撮影して、明日みんなで見てみようということになった。

 次の日、せっかくの日曜日だというのに、朝から恐いビデオの視聴会がはじまった。ぼくは昨日買い物と外食に行けなかったことが悔しくて、もしもオバケが映っていたらゲームを2つ買ってほしいとお父さんにせがんだ。お父さんは笑ってぼくをさとした。
「リュウタ、それはおかしいだろ。オバケがいたらじゃなくて、いなかったら、みんなでお出かけだろ?」
 確かにお父さんの言う通りだ。でも、オバケは絶対にいる。だからぼくは条件を変えなかった。お父さんはあきれたような顔で「わかった」と言って、ビデオカメラをテレビにつないだ。画面にはだれもいない昨日の居間の様子がテレビに映し出された。居間は撮影のために夜中もずっと灯かりをつけっぱなしにしていた。何分もずっと代わり映えのしない居間の様子が映し出された。
「ほら、何も起こらないだろ」
 あまりに何も起こらないので、お父さんは再生スピードを三倍速に切り替えた。
 ところが、映像に映っていた壁かけ時計の針が、夜中の一時半をさそうとする時、何か白いものがサーっと画面を横切ったように見えた。それに気が付いたお姉ちゃんが「キャッ」と声をあげた。お父さんは「きっと虫だ」と笑いながら、白いものが見えたあたりまで映像を巻き戻した。すると、神棚の辺りから居間の方に向かって、小さな白い丸い物体がフワフワと横切って行く様子が映っていた。
「なんだこれは?」
 お父さんが眉間にしわをよせて画面を見かえすと、お姉ちゃんが怯えたような声で言った。
「お父さん、それ、オーブっていうんだよ。テレビで見たことがあるもん。オーブって死んだ人の魂なんだよ……」
 お父さんは苦笑いをしながら、映像を巻き戻してもう一度再生した。そして、それらしい説明をはじめた。
「これはきっと、ほこりが舞ってるだけだな。古民家だからほこりっぽいだろ?」
 お姉ちゃんとぼくは絶対に違うと言ったけど信じてもらえず、いったんお父さんの言う通りだということにして残りの映像を再生した。またしばらく何も変わり映えのしない居間の様子が映し出された。しかし、夜中の二時を過ぎた頃に、窓のあたりに白い人影が一瞬だけ見えた。再び、お姉ちゃんがキャッと悲鳴を上げた。お父さんは眉間にしわを寄せてお姉ちゃんを見た。
「ミ、ミソラ、おまえの声でお父さんがビックリしちゃったよ」
 さっきまでぼくらをばかにしたような笑みを浮かべていたお父さんは真剣な表情に変わった。
「もう一回、ゆっくり見てみようか。猫かもしれないからな……」
 お父さんは窓に白い影が見えたところまで映像を巻き戻した。しかし、映像が再生されると、そこに映し出されたのは猫でも何でもなかった。なんと、窓の向こうには、白い顔をした女の子がこっちを見てさみしげに立っている姿が映っていた。
「キャー!」
 お姉ちゃんとお母さんは悲鳴を上げて部屋から出て行ってしまった。ぼくも怖くなって両目を手でおおった。お父さんはテレビの前にかじりついて、なんどもなんども映像を再生して、映っている人物が本当に女の子の幽霊なのか確かめた。ポカンと口をあけて映像を見ていたおじいちゃんは、なにかに気が付いたのか、テレビに近寄って女の子をまじまじと見つめた。
「ほお、こりゃずいぶんと昔のかっこうだなぁ……」
「昔の?」
 お父さんがおじいちゃんに聞き返した。
「だなぁ、わしが子供の頃のおなごの服装だぁ」
「ねえ、早くその映像とめて!」
 隣の部屋に逃げ出したお姉ちゃんが泣きながら叫ぶと、お父さんはビデオカメラを止めた。ぼくは怖いような嬉しいような複雑な思いでお父さんに言った。
「ほら、やっぱり幽霊はいたでしょ! ゲーム2つ買ってもらうからね!」
 しかし、お父さんは、まるでなにも聞こえなかったかのようにけわしい顔をしてぼくに聞き返した。
「リュウタ、こんな感じの女の子って学校にいるか?」
 思わず吹き出しそうになった。
「そんなっ……、いるわけないじゃん、幽霊だよ! 幽霊! 幽霊! 幽霊!」
 ぼくは何度も大きな声で叫んだ。すると、怖がって隣の客間に逃げ出していたお母さんが居間に戻ってきた。
「近所に似たような女の子がいるかもしれないから、私ちょっとあたってみるわ」
 ぼくは驚いた。誰が見ても幽霊なのに、お父さんもお母さんもまったく信じようとしなかった。それに、近所といっても家の周りにはよその家なんて一軒もない。田舎だから家と家との距離がすごく離れているんだ。ミツナリくんの家だって10分くらい歩いた先にある。
「夜中に近所の女の子が来るわけないよ、ふたりともバカじゃないの! 幽霊だよ! 幽霊! 幽霊! 幽霊!」
 大きな声で叫んだのに、お母さんはまるで何も聞こえなかったかのように外へ出て行ってしまった。
「ねえ、どうして幽霊が映ったのに信じられないの? もういやだよぉー、引っ越そうよー」
 お姉ちゃんは、早く引っ越したいとお父さんに泣きついた。お父さんは、お母さんが帰ってくるまで少し待とうとお姉ちゃんをなだめた。テレビの前であぐらをかいて座っていたおじいちゃんも、めずらしくしかめっ面をして目をつむり何かを考えている様子だった。

 ずいぶんと長い時間お母さんは帰ってこなかったけど、お昼前になってやっと戻って来た。お母さんはとても暗い顔をしていた。お父さんが事情を聞くと、お母さんは何も言わずにただ「どうしよう」と悲しい顔をして座り込んでしまった。ぼくとお姉ちゃん、そしておじいちゃんは三人で顔を見合わせた。とりあえず、お母さんが落ち着くのを待つしかなかった。
 しばらくたって、お母さんはうつむいたままの状態で話し出した。おどろくことに、近所の人はぼくらの住む家のことを幽霊屋敷と呼んでいたそうだ。なぜなら、昔ここに住んでいた人が、家の裏にある森の中で首つり自殺をしたからだ。しかも、子供も巻き込んだ一家心中だったらしい。それ以来、子供の幽霊が出ると近所で噂になって、かれこれ何十年も空き家のままだったみたいだ。事情を知っている近所のお年寄りたちは、「よくも、こんな幽霊屋敷に住む人がいるもんだ」と、ぼくたち家族のことを不思議に思っていたそうだ。
「ねえちょっとー、人が自殺して死んだ家に私たち住んでるってこと? 信じられないよぉー、もう引っ越そうよぉー」
 お姉ちゃんがまた泣き出した。
「酷い事故物件だな。あのとき不動産屋はなんにも言ってなかったじゃないか……」
 お父さんが怒った口調で言うと、お母さんもいつもの調子に戻った。
「本当にそうよ! ねえ、不動産屋に抗議に行きましょう。この家を買い取ってもらいましょうよ!」
 お父さんもお母さんの意見に賛成して、そのまま二人で車に乗って町まで行ってしまった。結局、今日もゲームを買ってもらうことはできなさそうだ。
 しばらくして、お父さんとお母さんは不動産屋から帰って来た。でも、なぜかすごく怒っていた。二人は帰ってくるなり、居間でテレビを見ていたおじいちゃんに愚痴を言い出した。
「あの不動産屋、悪徳だよ! 大昔のことなんか時効だ、知るかってさ」
「しかも、格安でリフォームしてやったんだから感謝しろって逆切れされたのよ! しまいには女のくせにとか言っちゃって、わたし、頭に来ちゃった!」
 おじいちゃんは、テーブルの上の柿ピーをつまみながら、お父さんとお母さんの話を苦笑いしながら聞いていた。
「で、どうすんだこの家。売っぱらうのかい?」
 おじいちゃんがたずねると、ふたりはテーブルをバンバンと叩いて今日一番に怒り出した。
「それがね、お父さん。買い取ってくれって頼んだら、買値の10分の1なら買うっていうのよ!」
「そりゃ、ちと酷いな、あっはっは」
「あっはっはじゃないですよ! どうして不動産屋ってこうも悪徳なのかしら! 私たちどうすれば……」
 三人の会話を横で聞いていたぼくとお姉ちゃんは、がっくりと肩を落として部屋に戻った。
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