サバンナすずめvs.バリアーマン

文字数 3,567文字

お会計……0.1クマーダになります……。
レジの女の声には隠しきれない困惑の色があった。兵団から支給された新宿の地域通貨――クマーダをひとつかみ、支払い皿に置くとほとんどそのまま返された。
半額シールを数十枚も貼り付けられた豚バラ肉パックをポリ袋に突っ込み、女はスーパーを出た。彼女の名はサバンナすずめ。
じっとりと汚れた新宿の夜気。肺が真っ黒になりそうな排気ガスの臭い。すずめは参宮橋方面に足を向ける。教えられたアパートの住所だ。
サバンナすずめは動物保護兵団のエージェントである。ある男――「バリアーマン」の抹殺任務のため、この街にやってきた。今日が赴任初日であり、豚バラ購入は彼女が人間社会に順応できることを確認するためのファースト・ミッションであった。
(こんなもの……)
猥雑な町並み。清潔すぎるパック肉。胸が悪くなった。
人気のない路地に足を踏み入れたとき、背後から男の声。
おい、お客さん……その豚肉、ちょっと待ってくれるかい。
なに? レシートならありますよ?
(この男……間違いない、バリアーマンだ!)
人の顔ならだいたい同じに見えるすずめにも見分けられる。丸っこい顔に落書きのような目鼻。頭に突き刺さっているものは髪なのかマチ針なのかわからない。しかし首から下はごく普通のシルエットなので、これは人なのだろう。すごく特徴的な顔の人なのだろう。相手が人ならば呵責はない。
前から困ってるんだ。半額シール勝手に貼っちゃうお客さんがいるみたいでね。ちょっと事務所まで来てもらえるかな。
(然るべきタイミングで闇討ち――無理だ。もう悠長なことは言っていられない。やつの能力の情報はもらってる。ピンチはチャンス)
その頭、ちょっとウニみたいですね……あ、知ってました? ウニの可食部は生殖器なので、味でオスメスを見分けることができるんですよ。
えっ……
ウニパンチ!
瞬間、すずめの右フックが空を削った。凶悪なウニトゲが敵の腹を直撃――していない! 見えない壁が、ウニを食い止めている!
(完全に虚を突いたはずだったのに――!)
すずめはレジ袋を振り回して牽制しつつ飛び下がる。敵との距離、目算で七メートル。
(先制攻撃を外した! でも引き返せない! 一度始めてしまった以上、ここで必ず抹殺する――!)
いいぜ、来いよ。そのシールに関わってる以上、あんたの素性も大方わかるぜ。こうなることも予想済みだった!
カナヘビの名の由来は愛蛇、可愛い蛇(という説がある)!
え……?
にゅるんと伸びたすずめの右腕、右肘から先に長い尻尾が伸び、なめらかなカナヘビの胴体に続いていく。ムチのように振り回す。届かない――いや!
届け! 尻尾切りアタック!
ウッ……! 停止だ!
自切したカナヘビはバリアーマンの眼前で停止。構うものか、一気に距離を詰める!
タカ! トラ! バッタ! バリアーマンに猛然と襲いかかる動物たち! すべて中空で停止!
(おかしい……なぜ「反射」を使わない? いや、これは好機! このバリアーを攻略する!)
だいたい人間には効かないけど! ほとんどのタコには毒があるんですよ! 食らえタコ墨!
墨はバリアーに阻まれる、しかし同じだ、バリアーマンの視界を封じた。逸る心を抑えてタコ足を伸ばし、胸に構えた敵の手首に絡ませる。
(おそらくポージングが発動条件。バリアーは――よし、タコ通過! 条件は? 攻撃と判定されなければいける?)
力任せに手首を引く。全身の体重を使い、ビルの壁にバリアーマンを押し付けた。
教えてあげる。マウンテンゴリラの握力は――!
がん、と音がした。
銃声であった。
すずめは見た。右手側、路地の奥、銃を構える男の姿があった。
銃の音、銃の音、大嫌いな銃の音――
バリアーマンはおそらく左の太股を撃たれていた。体がぐらりと傾ぎ、彼はその場に身を横たえる。
倒れていくゾウを、頭を踏みつけられたニシキヘビを、すずめはそこに見ていた……。
ご足労だったな、サバンナすずめ。兵団所属の五十丸だ。今日からお前の上官になる。
なんで撃ったのよ……私は勝てたのに!
お前はただの陽動。本命は俺だった。今日、お前は半額シールで買い物をし、やつに目をつけられる。お前もミッションを果たそうとして野試合になる――ここまですべて、俺の描いた絵だ。悪く思うなよ。
……弱肉強食です。納得します。でも、ひとつだけわからない……この男は攻撃をしてきませんでした。事前に聞いた情報では、やつのバリアーには反射能力があるはず。それを使わず、防御しかしようとしませんでした。
だから?
だから……この男が、動物に仇なす敵だという確信が、揺らいでしまって……。
今後のために教えてやるよ。NGO団体「動物守護兵団」、その実情は熊田興業の下部組織だ。
え?
今回のミッションの大目標は、すでに野生絶滅した動物の最後の一匹を守ること。その動物は『外道クマ』。これがとんでもないワルで知能も高い。施設の檻を食い破って逃げ出して、どこに流れ着いたと思う?
男は高層ビル街の高みを見上げる。
やつは今じゃ、この魔都の王様だ。熊田興業って言やあ誰でも知ってる。そのシノギに噛み付いたのがこのバリアー男。偽造半額シールとヤフオクを利用したインテリジェントビジネス、別に誰も困りゃあしないと思うんだがね? 調べたところじゃ、女相手には奥の手の「反射」を使わない。根が甘いからな。そこでお前を起用したわけだ。
私は、ヤクザに利用されて……?
外道クマを守ること。どんな手を使ってでも。それが俺たちの仕事だよ。悪徳と虚栄は知的動物の性だ。納得いかないか? それともお前の動物愛は、この程度で揺れちまうようなもんなのか?
私は、動物を守れるなら、手段なんか……手段、なんか……
すずめの拳はすずめだけのものではない。あるときはハチドリの、あるときはクリオネの、あるときはアノマロカリスの力。すずめの愛する生命の力。暴力団の銃と同列に扱われるなど、納得できるはずがなかった。それだけではない。外道クマの話が本当だとするなら、是非がわからなくなる。私のしていることは正しいのか? っていうかそいつは本当にクマなのか? 人間とは、動物とは一体――
悩め悩め。俺も昔は悩んださ。ともあれこれにてミッション完了。これが報酬だ。
次の瞬間、男が動いた。すずめはまともに頬を張られた。
――発動。「半額シール」。
目にも留まらぬ往復ビンタ! すずめの頬には瞬く間に、何百枚もの半額シールが貼られていく!
商品ならば価格! 武器ならば攻撃力! 対象の価値・能力を半減させる! お前の場合は何かなぁ?
ほほう、動物への愛――さすがだ、だが気に食わん! その甘さ、矯正してやる!
半額! 半額! また半額ゥ! 愛の価格を言ってみろォ~!
張り飛ばされた勢いで地に倒れる。地蔵のように整列したポリバケツの群れに受け止められて、すずめは猛獣の眼差しで身を起こす。食らえ――今度はこちらが食らってやる。
フ、フンコロガシは、汚い……。
あれ? メガネザルは、なんか不気味……え? 嘘……。
ときめかない。動物たちを想うとき、胸に去来するあのぬくもりを感じられない! 右手に目を落とす。変化したメガネザルの腕に、グロテスクな嫌悪しか感じない!
受け取れ。報酬の七万ジンバブエドルだ。お前は昔の俺によく似ている。堕ちるところまで堕ちてみろ。この街はとても楽しいぞ……。
しかしそのとき――すずめの体中のシールが剥がれていく。シールは見えない壁に押しやられるように浮き上がり、五十丸を襲う!
後出しバリアーだ。すべての悪影響を反射させる――!
瞬間、すずめの眼前が晴れ渡った。
これは、この胸を照らすのは、遠きあの故郷、サバンナの陽光!
キリンは立ったまま出産するので子どもは生誕直後に高所から落下する!
直後、キリンの後足に変じたすずめの腕がシールまみれの男を襲った。蹴りを受けた男は数メートルを吹き飛び、ボロクズのように車道に転がり、通りがかったトラックに轢かれた。
汚い……人間は……この街は、汚い……。
そう言うなよ。案外楽しいもんだぜ、この街も。
あなたもあいつと同じことを言うのね。
違うぜ。俺はあいつの二百五十六倍楽しい。バリアーマンだ。
バリアーマンは壁に手をついて立ち上がる。
コンクリートジャングルへようこそ。くそったれなこの街で、愛だけはバリアーで守っておけ。そうしたらどんなゴミ溜めでも楽しめるさ。――名前は?
私はサバンナすずめ。人間には興味ない。――あと、きざな男は、嫌い。
ドボン! すずめはバリアーマンの腹に右ストレートを叩き込んだ。バリアーマンは泡を吹いて倒れた。
故郷のサバンナと同じ月が、ふたりを照らしていた。
(とにかくアパートに……参宮橋に帰ろう……)
(汚くても、嫌いでも、今はここが、私のねぐらなんだから)
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登場人物紹介

(本家より転載)

名前:サバンナ すずめ
性別:
特殊能力:ワイルドハンズ
動物の特徴を説明する事で、自身の右腕の肘から先をその動物に変化させる能力。
(例:「チーターは瞬間的に時速70kmで走る事ができる」→右腕がチーターに)

設定:
幼い頃、動物園に置き去りにされ動物たちに育てられた野生児。
人語は理解するが動物達が大好きで人間は好きではない。
動物守護兵団(アニマルガーディアンズ)に所属しており、動物達を守る為ならば手段を選ばない。

相手を倒したい理由:
動物守護兵団の命令によるもの。
それが動物たちを守る事と信じている。

(本家より転載)

名前:バリアーマン
性別:

能力名:『無敵バリアー』
特殊能力:自分の体の近くに無敵のバリアーを張れる能力。
両手を胸の前で交差させることで、あらゆる衝撃・悪影響を反射するバリアを、
片手だけで同じ動きをすることで、あらゆる衝撃・悪影響を停止させるバリアを貼ることができる。
短時間ならば動作から遅延させてのバリアー設置も可能。
バリアは一度にそんな沢山は張れず、力を使うとそのうち消える。


設定:新宿街に住み着く年若き魔人。
バリアーを張れば無敵だという事を証明するため、多くの魔人と戦いを重ねる。
根は善人であり、自らが悪と定めた魔人のみを襲うぞ。
アメリカが嫌いで、いつか核攻撃をバリアーで反射したいと思っている。

相手を倒したい動機:スーパーの半額シールをちょろまかした相手へ制裁を行うため。

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