木戸紗理奈の場合

文字数 1,627文字

彼女は私にとって理想だった。

彼女のことを知ったのは数週間前の委員会活動だった。
新入生が入学し初の顔見せの場で隣に居たのが彼女、木戸紗理奈(きどさりな)。

同じ新入生の私とは比べ物にならないぐらい容姿端麗で成績。老若男女問わず好かれる人望の厚さ、と非の打ち所がない様に私は彼女を同じ人間だとは思えなかった。

……何?さっきから人の顔をジロジロ見て
……紗理奈って本当皆に好かれているな、って。
暇だから、と放課後に私の教室に遊びに来たのだが、彼女はよくモテる。
私と話をしている最中にも次々と声を掛けられ、私よりこのクラスの連中と馴染んでいる。
そんな羨ましそうに見られても……、ねぇ?
紗理奈は凄いよ。コミュ症の私が出来ないことをさらり、と自覚なく行ってるんだから。
……まぁ、これも癖よね。人の前ではいい顔しなきゃいけない、って思い込みがあるのかも。八方美人なのは理解してる。
そんなことないよ。紗理奈は私と違って、人を寄せ付けるだけのものを持ってるんだって。
……幾らそういうのを持っていたとしても、本当に好かれたい子が惹かれなきゃ意味がない。
……。
彼女の物悲しげな表情には見覚えがあった。

私はその表情を見るまで、彼女を特別視していた。
何でも一通りに熟せ、老若男女人望があり、今後充実した日々が約束されているような彼女には苦難は無いものだと。

しかし、そんな浅はかな考えはいとも容易く打ち砕かれることになる。
……アンタ、また人の失恋を思い出してるでしょ?
だって、あんな姿を見るまで紗理奈は私と違ってリア充。何でも上手くいく完璧人間と思っていたから。
……相変わらず視野が狭い。私だって上手くいかないことや報われないことは山程ある。
アンタが思うような完璧人間なんていないの。
だよねぇ。
でも、まぁ……アレを見るまで紗理奈がレズだとは知らなかった訳だし。
……馬鹿にしてるの?
付き合っていた子に振られて号泣する姿を見て、私は紗理奈と仲良くなれると思ったんだけどね。「この子、同じ人間だったんだ」って。
ーー付き合っていた先輩に別れを告げられ、泣き崩れる彼女。


私はあの日、彼女の思いも寄らない姿を目にした。

別れを告げる相手に対し、子供のように喚き縋る彼女の姿。

嫌だ、と感情剥き出しに訴えるものも、相手の女性は視線を逸らし彼女の身体を突き離す。

さよなら、と泣き崩れる彼女の姿には目もくれず相手の女性は去ってしまった。


偶然とはいえ他人の別れ話に遭遇した私は突き放された彼女を無視出来なかった。



……最低。本当、その視野が狭くて偏見の塊なのどうにかならないの?
どうにかしたいとは思っているんだけどね。私も紗理奈みたく振る舞えたら、リア充になれそうなんだけど。
……早く直さないと、また友達居ない変な子に逆戻りよ。
大丈夫だって、まだ結弦には知られてないし。
……あの子は特別でしょうが。
いいの、こんな素で話せるのは紗理奈だけだから。
……アンタみたいな変わり者は初めてよ。
それを言うなら、私もレズの同級生とか初めてだよ。
……レズ、レズって、私はバイセクシャル。男性、女性どっちもイケるだけなの。
知ってるよ。紗理奈、揶揄うと面白くて……つい言いたくなる。
こっちはあの人と別れてから毎日寂しい身なのに。
……慰めなさいよ、絢音。
あの時、付きっ切りで慰めたじゃん?大して話しかけたことのない子を慰めるのってコミュ障にはハードル高かったよ?
……身体で慰めなさいよ。ご無沙汰なの。
……ん、それは無理。紗理奈と仲良くなれたのは嬉しいけど、私はノーマルだから。
コミュ障処女でも優しくリードしてあげるから。
--独りになる。


あの時、泣き崩れる彼女が溢した言葉に私はひどく共感した。

私に交際経験は無い。ただ、好きだった人と離れ孤独になるのがどういうことなのかは理解できた。

理想像であった木戸紗理奈が孤独になることを恐れ、泣いて拒む。

私にとって其れが途轍もなく衝撃的であり、彼女が自身と変わりのない存在だと実感できたのである。


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登場人物紹介

◆朝倉絢音(あさくらあやね)

県内の私立校に通う高一。
中学時代では厨二病を発症し孤立、陰キャラだった。
厨二病発生時は自身のことを『死月の女王』と名乗っていた。
中学卒業間近になって自身の行いに後悔し、今のキャラに至る。
外見は雑誌やネットを参考に整えてみたものも、根はコミュ障な影キャラであることは変わらない。
胸が悲しいほどに絶壁。

◆真山結弦(まやまゆづる)

邪悪な百合っ子、その1。
絢音と同じクラスであり、隣席。
絢音同様コミュ障であり、入学当初はクラスに馴染めなかった。
そんな中、初めて声を掛けたのが絢音であり、それ以降彼女に付き纏い依存してしまう。
気弱なものも執着心、独占欲は強く、絢音には自身だけを見て欲しいと思っている。
優等生に見えるものもトリ頭でぽんこつ。

◆木戸紗理奈(きどさりな)

邪悪な百合っ子、その2。
絢音の隣のクラスの子であり、学級委員。
結弦とは真逆の優等生タイプであり、男女問わず人望が厚い。その姿は絢音の理想像でもある。
ただ、彼女自身バイセクシャルであり性に対し大らかな部分がある。
絢音とは、当時付き合っていた彼女と別れ傷心の際に出会った。その時の絢音の一言が切っ掛けで彼女に興味を抱くことになる。

◆野々村まゆか(ののむらまゆか)

邪悪な百合っ子、その3。
絢音と同校の先輩、二年生。
邪悪な百合っ子の中でも過激派。野獣。
入学式にて絢音を見掛け一目惚れ。本人曰く、「モノクロだった人生が鮮やかに色付いた」とのこと。
好きなものは自身の手が届く所で所有、管理、と支配欲が強く、絢音に関するものを収集する癖がある。
ただ極度の運動音痴な為、実力行使に出ても失敗に終わることが多い。

◆柴田莉里(しばたりり)

邪悪な百合っ子、その4。
絢音と同じクラスであり、同じ中学出身。
唯一、厨二病を患っていた頃の絢音を知っている。
絢音自身は深く関わりは無かったものも、絢音の厨二姿に憧憬しており高校入学後も彼女のことを遠くから眺めていた。
自身と厨二姿の絢音を交えた妄想に耽る癖があり、妄想内容を自作小説にする趣味がある。

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