真山結弦の場合

文字数 1,828文字

高校入学から早ニカ月。入学当初の堅苦しい緊張感は薄れ、今では肩の力を抜くことが出来るようになっている。
最初は何処か余所余所しかったクラスメイトの子も二ヶ月経てば仲良しグループが出来ており、休み時間では各所から賑やかな会話が飛び交うようになっていた。
華やかな青春に友達は必要不可欠だ。学生時代の友達はこれからの長い人生を豊かにしてくれると聞く。
辛い時は共に泣き、嬉しい時は共に喜ぶーー、そんな人生の宝物になるような友達を私も作る……筈だった。

そう、私は間違えたのだ。この二ヶ月の中で致命的な間違いを犯している
……絢音ちゃん、どうしたの?何か考え事?
か細い声で私の名を呼ぶ隣人。真山結弦は私と似た同類だった。
内向的な性格で人間関係に消極的な彼女がこの二ヶ月、私以外の人間と話をしている所を見たことが無い。
……ねぇ、絢音ちゃん。休憩時間だよ、こっち向いて。
切っ掛けは入学初日。今後の学校生活が潤滑に行けば、とコミュ障を拗らせていた私は隣席の真山結弦に声を掛けた。
それは普通の子なら苦笑いで退いてしまうぐらい、辿々しく酷い言葉だったと思う。

でも、彼女 “真山結弦” の反応は違った。
……絢音ちゃん、絢音ちゃんったら。ねぇ、こっち向いて。
熱の帯びたねっとり、と絡みつくような声は耳の中を擽った。
生温かい吐息が肌を撫で、砂糖を噛んだような甘い声で私の名を呼ぶ。
独り考え事に耽ている間に、私は彼女の接近を許していた。
……結弦、ちゃんと聞こえてるから少し顔から離れて。
これ、前されて心臓止まりそうになった奴でしょ?
……絢音ちゃんって、睫毛長いよね。いいなぁ
それ、前も言ってたから。私、前みたいに声を上げてクラスの注目集めるの嫌だから……少し離れてくれると嬉しいな。
絢音ちゃんが大きな声を上げるから、クラスの皆が一斉に振り向いたよね。
それが原因で頬を互いに真っ赤に染めた女子高生二人が顔合わせに密着する姿を教室内で晒し、誤解を生んだのである。
絢音ちゃんの顔が目と鼻の先で、互いに向き合って。
互いの吐息が触れ合う距離で見つめ合い、その……ドラマみたいだったよね?
私、聞き分けの良い結弦が好きだな。
ほら、次の数学の準備するから離れてくれないかな。
恋愛経験皆無の私でも分かる彼女の火照った視線。
それは、入学初日のやり取りから今に至るまで続いている。
私は真山結弦に懐かれたのだ。
鳥の雛が初めて見たものを親と思うように、彼女は私を特別な相手と思い込んでいる。
それが只の友達なら問題視しなかったのだが、彼女のそれは同性の友達に向けるものではない。
……なら、少し。一回だけで良いから私を見て。
やだ。只でさえそっち系の人と勘違いされているのに、これ以上誤解を生みたくない。
私は気にしないよ。でも、仲良しに見られているなら嬉しいかな。
最近、絢音ちゃんと一緒にいる時間も減ってるし、木戸さんや2年の先輩と居ること多いもんね。
……私が一番絢音ちゃんと付き合い長いのに、急に横から入ってきて絢音ちゃんを取って。
……結弦?別に私は誰のものでもないし、取られてないよ?
紗理奈は選択科目が同じなだけだし、まゆか先輩は一方的に付き纏われているだけだから。
……呼び捨て。絢音ちゃん、私以外の子も呼び捨てなんだ。
そうだよね、絢音ちゃん人気者だもんね。私だけ呼び捨てだと思っていた私の勘違い……。
結弦、次の授業終わったら二人でお昼行かない?ほら、この間結弦が見つけた屋上の階段の所でさ。
私、今日お弁当持ってきてるから……ね?
……お弁当。絢音ちゃんと二人?
……や、やだなぁ。入学してからほぼ毎日結弦と二人でお昼食べているじゃない。
そうだね、お昼はいつも絢音ちゃんと一緒。
最近、絢音ちゃんモテるから不安だったけど、一緒に居る時間は私が一番だよね!
……同性にモテるって何か可笑しい気がするけどね、結弦。
ほら、もう授業始まるから席に戻って。
何も可笑しくないよ。絢音ちゃんが居なきゃ私何も出来ない子だから。
……そ、そんなことないよ?
私はぎこちなく微笑むと、彼女は嬉しそうに席へと戻っていく。
私に対する愛情が度を過ぎなければ、真山結弦はいい友達なのだ。
高校デビューで急造の私と違って女の子しているし、私なんかより素直で聞き分けも良い。
人見知りで損をしているだけで、切っ掛けがあれば可愛がって貰える子なのである。
何故、私に懐いているのか不思議なくらい良い子。
ただ、同性に対し恋愛感情の欠片の無い私には……ほんの少しだけ重たい。
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登場人物紹介

◆朝倉絢音(あさくらあやね)

県内の私立校に通う高一。
中学時代では厨二病を発症し孤立、陰キャラだった。
厨二病発生時は自身のことを『死月の女王』と名乗っていた。
中学卒業間近になって自身の行いに後悔し、今のキャラに至る。
外見は雑誌やネットを参考に整えてみたものも、根はコミュ障な影キャラであることは変わらない。
胸が悲しいほどに絶壁。

◆真山結弦(まやまゆづる)

邪悪な百合っ子、その1。
絢音と同じクラスであり、隣席。
絢音同様コミュ障であり、入学当初はクラスに馴染めなかった。
そんな中、初めて声を掛けたのが絢音であり、それ以降彼女に付き纏い依存してしまう。
気弱なものも執着心、独占欲は強く、絢音には自身だけを見て欲しいと思っている。
優等生に見えるものもトリ頭でぽんこつ。

◆木戸紗理奈(きどさりな)

邪悪な百合っ子、その2。
絢音の隣のクラスの子であり、学級委員。
結弦とは真逆の優等生タイプであり、男女問わず人望が厚い。その姿は絢音の理想像でもある。
ただ、彼女自身バイセクシャルであり性に対し大らかな部分がある。
絢音とは、当時付き合っていた彼女と別れ傷心の際に出会った。その時の絢音の一言が切っ掛けで彼女に興味を抱くことになる。

◆野々村まゆか(ののむらまゆか)

邪悪な百合っ子、その3。
絢音と同校の先輩、二年生。
邪悪な百合っ子の中でも過激派。野獣。
入学式にて絢音を見掛け一目惚れ。本人曰く、「モノクロだった人生が鮮やかに色付いた」とのこと。
好きなものは自身の手が届く所で所有、管理、と支配欲が強く、絢音に関するものを収集する癖がある。
ただ極度の運動音痴な為、実力行使に出ても失敗に終わることが多い。

◆柴田莉里(しばたりり)

邪悪な百合っ子、その4。
絢音と同じクラスであり、同じ中学出身。
唯一、厨二病を患っていた頃の絢音を知っている。
絢音自身は深く関わりは無かったものも、絢音の厨二姿に憧憬しており高校入学後も彼女のことを遠くから眺めていた。
自身と厨二姿の絢音を交えた妄想に耽る癖があり、妄想内容を自作小説にする趣味がある。

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