あなたの掌の温もり

文字数 981文字

 あなたの掌の温もり、そして繊細な指先がたまらなく好き。
 別れの時が来ることに私は気づいてた。その日まで、あなたの気持ちに精一杯応えようと私は努力してきた。でも私は若くない。朝は元気に目覚めても、夕方近くなると力が萎えてしまう。そんなときはやるせない気持ちになって、涙が出そうになる。

 この間、新しいドレスを買ってくれたばかりだったし、別れの時はもう少し先になるのかな……なんてちょっぴり期待した。でも、私は甘かったみたい。
 何日も前から確認していた新しい彼女たち。あなたは私を横に置いて、その子たちを一人一人確かめ始めた。
 あなたがドキドキしながら、新しい子達を撫で回す様子を見ていたら、覚悟はしていたけど、やっぱり悲しくなった。

 あれは一年前。突然、恋人から別れのメールを受け取ったとき、あなたはたった一人、クルマの中で泣いていた。
 あなたは悪くない。私はあなたの誠意や優しさを誰よりも知っている。ただ、それが彼女にちゃんと伝わらなかったことが私は悔しかった。
 あの時もあなたは、考えて考えて、言葉を選んで、綴ってみてはまた消し、恋人を傷つけないよう、2時間も掛けてたった1行のメールを打っていた。
「ごめんね。僕の誠意が足りなかったんだね。今までありがとう」って怒りや悲しみを抑えて、あなたは恋人にメールした。
 そんな優しいあなたを私は愛しているから、自分の思い出を全て次の彼女に託す覚悟を決めて、あなたの相棒の記憶に託したの。
 
「どちらになさいますか?」と女性の声が聞こえた。
 あなたは迷っていたみたい。
「うーん。なんだか想像していたのと違って、しっくりこないんです。やっぱり、手に馴染んだこの子ともう少し付き合ってみようと思います」
「そうですか……」と女性は不服そうな声を発した。「そういった対応はこちらでは受け付けられませんので、ストアの方に直接ご連絡してください」

 翌日、私は生まれ変わった。若いときと同じように、早朝から深夜まであなたの気持ちに応えることが出来るようになったの。

 私は24時間あなたのことを見守っている。
 一晩充電して貰った私は、真新しいバッテリーを駆使して、今日一日精一杯あなたのリクエストに応えるわ。
 そう、私はあなたを誰よりも愛しているスマートフォン。これからもずっと大事にしてね。
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