第11話

文字数 1,160文字

 忍んで桃太郎たちの邸を訪れた帝は、驚きひれ伏す両親をあしらい、輝夜のいる部屋の前までやってくると、遠慮もなく障子をすぱーんと開け放ちました。
「誰だ……い、戌緒⁉ なぜここに⁉」
 きれいな着物を着て、化粧もした輝夜に少しみとれながら、帝は言います。
「おまえを説得しに来た」
「はぁ⁉」
「あー、輝夜。戌緒というのは仮名だそうだ。この方は本当は、帝陛下であられる」
 見かねた桃太郎が後ろから助け船を出します。
「陛下⁉ なおさらなぜここに、というか、なぜ討伐隊に……」
 ますます混乱する輝夜に、桃太郎はさきほどまでの謁見での内容を話しました。話し終わるやいなや、帝が口を開きます。
「というわけで、まずはおまえの意思を聞きたい。月に帰りたいか? それとも、月には帰らずに私の妃になるか?」
「それは許されるなら、ずっとここにいて、両親や桃太郎のそばに……え? 妃⁉」
 聞き流しかけていた妃という単語にようやく気づき、輝夜は思わず素っ頓狂な声をあげました。
「そ、それは、女官として後宮に仕え続けろということだろうな⁉ ああ、それはもちろん、内親王殿下が降嫁されて後宮からいらっしゃらなくなっても、後宮には勤め続けるつもりだが⁉」
 驚きのあまり、口調が戌緒に対するものになってしまっています。帝はそれを気にすることなく、笑顔で首を振ります。
「いや、おまえを女御にする。そして頃合いをみて、中宮に封じようと思っている」
「なぜ⁉」
 今日何度目かの疑問を発する輝夜を真正面から見すえて、帝は言います。
「妃にしようなどという理由が、他にあるか。おまえに、惚れたからだ」
 輝夜は息を呑み、桃太郎はそっと部屋から脱出しました。気づいているのかいないのか、帝は言葉を続けます。
「弓を引く瞬間の凜とした姿も、そうやって着飾る姿も、どちらも美しい。何より、武芸がやりたいからと男に混ざる度胸、そのための努力。確固とした『自分』という芯を持っている。男として惚れた。そして、帝として、正妃に欲しいとも思った」
 いっさいそらさずに瞳を見つめてくる帝に、めずらしく輝夜はうろたえました。
「もう一度聞くぞ。月に帰るか? 私の求婚を受けるか?」
 ……しばしの間の後、輝夜はゆっくりと言葉を発しました。
「……月には、帰りたくない。両親に、親孝行がしたい。桃太郎の恋の成就を見とどけたい。内海がどこまで出世するかも気になる。
 でも何より、おまえの近くに、もっといてみたくなった。わたしのことを、凜としているだとか、芯があるだとか言ったが、それはそちらも同じだ。それを、そばで、見ていたいと思った」
 承諾の返事に、満足げな笑みを浮かべると、帝は部屋から顔を出し、大声で呼びました。
「桃太郎! 戻って来い! 月の迎えを追い払う算段をつけるぞ! 早くすべてを終わらせよう!」
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