第5話

文字数 1,177文字

「――それではこれより、悪鬼討伐隊の選抜を始める」
 稽古場に、武官長の声がとどろきます。弓を握りしめ、輝夜は静かに気合いを入れています。
 このごろ、都に悪鬼が現れるようになっていました。都の外れの山深くに棲んでいるらしい悪鬼どもは、夜になると山から下りてきて、人を襲い、食料や宝を奪っていくのです。暗い夜道に金色の瞳がうごめき、月明かりに異形の証である角が浮かび上がる様子はおぞましく、運悪く遭遇してしまった者は皆腰を抜かし、失神してしまいます。このまま奴らをのさばらせてはいけないと討伐隊が組まれることになり、勘づかれて都に襲いかかられては元も子もないということで、精鋭が数名のみ選ばれることになったのでした。
 弓手の選抜は、対戦形式でなく的への命中率で競います。自分の番を待ちながら周りの様子を観察しますと、皆やる気に満ちあふれているようです。
(当然か。武官には正義感が強い者が多い。知人や家族が被害に遭った者もいるだろう。なにより、討伐隊に選ばれ、無事に悪鬼を倒すことができれば、陛下から褒賞が与えられるのだから)
 なにを隠そう輝夜の目的も、帝直々に望みを聞いてくださるという褒賞です。輝夜は、鬼を討伐し、その褒賞として、内親王の降嫁を願おうと考えたのでした。任務を成功させれば、たしかな強さを示せると同時に、官位も上がります。
二人の実家の位はあまり高くないため、現状では、面識がないはずの内親王の降嫁を願うなどまず不可能。それでも、手柄を立てた上での褒美という形でなら、可能性はあるとふんだのです。
この計画を話したとき、桃太郎は驚きつつも一筋の希望に喜び、すぐに入れ替わろうと提案してきました。ですが輝夜は、それを断りました。
「なぜだ。私の問題で、私の身勝手な望みのための計画なのだぞ。そのためにおまえを危険にさらすなど、男として、いや人として情けない。私が自分で手柄を上げなければ」
「いや、いいんだ。むしろ、わたしにやらせてほしい。
 入れ替わりはそろそろ破綻するだろう。やはり男と女は、違う生き物なんだ。どうしたって偽れなくなる時が来る。月に一度必ず『持病の発作』で休むわたしを怪しむ人間がきっと出てくる。女にしては声が低くひげの濃いおまえの正体に気づく人間もきっといる。そうなる前に、本来あるべき姿に戻らなければならない。でも、その前に、今までのすべてを証明したいんだ。子どもの頃から武芸が好きだった。力で、体格で男に敵わないと知っても、弓ならとあがいた。諦める前に、すべてを試す機会が欲しい」
 熱い声で語る輝夜を、桃太郎はじっと見つめていました。男である自分よりよほど頼りがいのある、芯のある女性。生まれは違えど、この世で一番信頼する姉貴分。
 深々と頭を下げて、桃太郎は礼を述べました。
「感謝申し上げます。この恩は、いつか必ず返すから――」
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